2017年07月15日号
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ドキュメンタリー

Documentary

撮影された事実を再構成することによって制作された、劇映画(フィクション)ではない記録的な映画・映像を指す。いわゆる「記録映画」とほぼ同義である。映画の誕生期における、リュミエール兄弟による『工場の出口』(1895)などのフィルムを顧みても明らかなように、映画はその始まりの時点から演出の有無にかかわらず記録としての性質を持っていた。リュミエールは世界各国に撮影隊を派遣し、歴史的出来事や風俗を記録した。その延長線上にある科学映画・ニュース映画を含む記録映画は、早い段階から映画の重要な側面となってゆく。1920年代に入るとアメリカで、最初のドキュメンタリー映画といえる、イヌイットの生活を題材としたロバート・フラハティの『極北のナヌーク』(1922)が制作される。ドキュメンタリーという概念は、20年代末-40年代のイギリス・ドキュメンタリー運動を牽引したジョン・グリアスンによって定義された。ロシアではジガ・ヴェルトフによって、ニュース映画シリーズである『キノ・プラウダ』(1922-25)や、アヴァンギャルド映画の代表作でもある『カメラを持った男』(1929)といった作品が制作される。このような社会的・政治的背景と記録映画の関係が、プロパガンダとして帰結した例としては、ドイツにおけるレニ・リーフェンシュタールの『意志の勝利』(1934)などの作品がある。また、アヴァンギャルド映画に接近した同時代の記録映画の例としては、ジャン・ヴィゴやヨリス・イヴェンスの作品がある。やがて戦後になって、フランスにおいてジャン・ルーシュなどのシネマ・ヴェリテ、アメリカではフレデリック・ワイズマンなどのダイレクト・シネマと呼ばれる手法が現われ、意図的な演出の排除というドキュメンタリーの新しい展開が試みられるようになる。日本においては、29年に設立されたプロレタリア映画同盟(プロキノ)が、左翼思想に基づく組織的な映画運動を試みていたが、当局の弾圧により壊滅させられる。戦時中には戦意高揚のためのニュース映画や文化映画が制作された(そのなかで亀井文夫は戦争批判を含意する『戦ふ兵隊』(1939)を制作した)。戦争後、50−60年代には戦争責任論を背景として、羽仁進、土本典昭、野田真吉、松本俊夫、小川紳介などによる新しい記録映画の運動が展開された。

著者: 阪本裕文

参考文献

  • 『ドキュメンタリィ映画』, ポール・ローサ(厚木たか訳), 未来社, 1976
  • 『日本ドキュメンタリー映画全史』, 野田真吉, 社会思想社, 1984
  • 『ドキュメンタリー映画の地平 上・下』, 佐藤真, 凱風社, 2001
  • 『シリーズ日本のドキュメンタリー』, 佐藤忠男編, 岩波書店, 2009-10

参考資料

  • 『極北のナヌーク』, ロバート・フラハティ, IVC, DVD, 2003
  • 『カメラを持った男』, ジガ・ヴェルトフ, アスミック, DVD, 2004
  • 『岩波DVDシリーズ 日本のドキュメンタリー政治・社会編』, V.A., 岩波書店, DVD, 2010
  • 『岩波DVDシリーズ 日本のドキュメンタリー生活・文化編』, V.A., 岩波書店, DVD, 2010
  • 『岩波DVDシリーズ 日本のドキュメンタリー産業・科学編』, V.A., 岩波書店, DVD, 2010

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