東日本大震災と岡本太郎生誕100年(1)

すっかり開始が遅くなってしまいましたが、3月のブログ開始の時期に考えていたこととは少し違う書き出しからはじめることにしました。今回は前置きの回です。

「戦前には「検閲」というものがありましたが、それは1947年5月3日に施行された日本国憲法第21条によって禁止されました。」

私はこのように社会科で習い、「きっと戦前はうっかりした発言などしたら大変な目にあったのだろう」などと不用意に想像してしまったことがあります。もしかしたら読者のなかでもそう考える人が多いかもしれません。しかし、明治・大正・昭和初期の、新聞や出版の世界での「言論」というものは、いま私たちの多くが想像するのと少し違った形の「自由」があったようです。検閲や発禁処分、それに伴う罰金や刑事罰はありましたし、「いきすぎた言論」への処分は、必ずしも「横浜事件*」に見られるような恣意的・国家主義的な見地からのみ行われていたとは言えない側面もあります。重要なのは、検閲による伏せ字処分や発禁処分を受けてもなお発言する人は発言するし、それをサポートする意見もあり、異論や反論も堂々と行われていたということです。
*横浜事件の背景と言論統制については、例えばこちらを参照。

その意味で、「検閲」は限定的に機能し、伏せ字化や罰を受けることさえ覚悟すれば、発言自体を控える必要もなかったということです。仮に、日本に、何か「変わった発言」をする人を「おかしなやつ」として社会全体から排除したりセクト化していく風土があったとしても、それにすべて覆われていたわけではなく、自由に表現をする文化もまた存在していたということです。おおざっぱな言い方をすれば、江戸時代の佐倉惣五郎の伝説のように、「義民」を尊重するコードもあり、また明治維新のエネルギーが残っていたといえるでしょう。博多の「にわか」のような風刺劇を持つ土地から川上音次郎が生まれてくるのもまたこうした系譜であったかもしれません。

しかし、特に私のように1970年代以降の豊かな時代に生まれ育った世代にとっては、発言そのもので罰を受けるということがなくても、発言をしてはいけないこと、表現をしてはいけないことということを見つけ出して、それをあえて発言しないことをおもしろがるような趣味を共有している気がします。言い換えれば「やってはいけないこと」というコードを共有することがコミュニケーションの前提となってきて、そのコードをあえて踏み越えてみせたり、時としてわざとらしくそのコードを避けたり、コードに違反した者を仲間はずれにしてみせることによって、安心感を共有するという趣味が、いつのまにか文化と言える程度に広げてしまったということでしょう。一時期は、それを「笑い」にできればOK、という空気もありましたが、それに対する倫理的反発から「いかなることでも、法に触れたらNG」という新たなコードが生まれたと思います。ネットでは伏せ字や隠語が日々生み出され、逆に不用意な発言を見れば、それを揶揄したり、よってたかってあげつらう風土ができています。そうした状況のなかで個人のユーザーは、何かまとまった意見を言うことや、異論や反論をすることを自ら避けているともいえます。ある意味で、「検閲」が「自主規制」に取って代わられた後の世界を生きている、ともいえるでしょう。

こうした二つの時代を無理矢理つなげて見ると、「時代を経て言論制約圧力はだんだんと変わってきた」といえます**。アメリカの憲法学者ローレンス・レッシグは、著書「CODE」のなかで、人の行動を規制する条件を「法・規範・市場・アーキテクチャ」に区分しました。これに従えば、発禁や罰を覚悟してでも発言していた私たちの言葉や表現が、法や法治行政という威嚇的・国家的な規制手段から、規範や市場による自主的な規制へと移り変わり、さらに人間の快感原則を巧みに用いた「アーキテクチャ」による見えない規制手段が拡大していったともいえるでしょう。これをさらに単純化してしまえば、法(規則)よりも規範(内面)、規範(内面)よりも市場(経済行動)、市場(経済行動)よりもアーキテクチャ(快感原則)という、よりソフトで見えない手段で規制が実現できれば、規制の目的はよりスムーズに達成されるようになった、といえるのかもしれません。(続く)
**もっとも戦前の検閲と現在の間に、GHQによる「検閲の秘密化」とマスコミの掌握という時代があったことも見逃せません。本稿では深入りしませんが、こうした点に関心のある方は佐藤卓己さんの著書等を読まれるとよいかもしれません。

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ブロガー:作田知樹
2011年5月11日 / 22:55

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