like a candlelight ④wah documentの場合(後半)

前回のエントリーで紹介した、wah documentの過去のワークショップを見ると、そこには必ず「そんなバカバカしいこと、非現実的なことに何の意味があるのか」という、ある種の障壁となる見方が必ず存在してきたことでしょう。しかし、バカバカしいからこそ楽しいわけで、その楽しさを味わいたいがために、多くの人がプロセスに巻き込まれ、巻き込まれた人々の情熱や熱狂が、非現実を現実化する。同時に、日常生活において、いかに社会常識や目的意識に縛られて、硬直し、閉塞した社会に私たちは生きているのか、ということにも気がつくのです。
しかし京都芸術センターでのワウは、これまでに彼らが向き合ってきたそうした障壁とは異なる側面があるような気がしていました。というのは、多くのアーティストやアート関係者が、3月11日の東日本大震災に直面した「この状況でアートに何ができるのか」という、より大きな障壁に彼らなりに向き合ったのだと思うのです。それは京都芸術センターの「つなわたり」に端を発して「wah in 東北」につながっています。

彼らのブログの「wah in 東北 レポート」と題したエントリーに、震災後(4月18日から21日)に東北に向かい、福島、気仙沼、陸前高田、石巻と現地の状況を視察した報告があります。地震と津波の生々しい傷跡を伝える写真と気持ちが綴られていますが、その帰りの車内で彼らが考えたことを引用させていただきます。

僕は地震があった直後「活動の可否を問う」ということが自分のひとつの使命だと思っていた。恥ずかしながらこの場では全く不要であった。しかし、自分はここに立ちたいと思った。アーティストに何ができるかとか、、うまく仕掛けて少しでも役にたてたら、、そんな消極的な気持ちはない。「可」に決まっている。何かできる気がしてしかたがないし、また、そうありたい。

この言葉は、京都芸術センターで彼らが自問自答した次の言葉と響き合います。

ここが仮に被災地だったとしたら俺たちは何をやるべきか?」と考えた。二人とも結論は「つなわたり」だった。

ワウは、自分のアイデアを形や行為にするのではなく、自分以外の誰かのアイデアを形や行為にする。ゆえに「なぜ俺はそれをやるのか」という自問自答に向き合わざるを得ないわけですが、「それでも俺はやる」という結論に至るのは、突き詰めれば論理的な理屈ではなく、直感的な確信でしかない。それも、多くの人々の生死を目の当たりにした震災直後においては、自分たちの直感をどれだけ確信できるか、ということが試されるわけです。その「確信の強さ」こそが、アートと社会との接点に風穴を開けるのでしょう。
視察を踏まえてワークショップを受け入れる避難所が決定し、6月8日から9日間、石巻市でプロジェクトが実施されました。現地の子どもたちの『子ども映画館をつくる』というアイデアが採用されて、子どもたちと一緒に段ボールを素材に映画館を作り上げます。その様子は「wah in 東北 9日間の活動レポート」に書かれている通りで、ぜひご一読ください。
私が彼らの石巻での活動で着目するのは、現地で被災した大人たちや、ボランティアの大人たちがワウとどのように向き合ったのかということです。それは、子どもたちと一緒に何かを作るプロセスよりも、切実な状況を映し出していると思います。とくに私が心を打たれたのは、ワウのワークショップを石巻で受け入れた遠藤さんという方に、ワウが「ここに居て良いこと悪いこと」を質問したところ、「良いこと」について、以下のような答えが返ってきたそうです。

一番嬉しかったのは、街中にずっと電気がなくて(今は避難所と一部の家に通っている)にローソクが必要という要望を受け、東京の知り合いなどに連絡をしまくって2800個かき集めた。その後、家の修理などでこの地域の住居を回る度に、どのお宅でもそのローソクが灯っていた。それを観て、「ああ、よかった。」と思う、と。

このローソクの明かりように、アートが社会に対して役割を果たすことができれば、どんなに嬉しいことでしょうか。

ブロガー:大澤寅雄
2011年8月25日 / 07:44

コメントはまだありません

コメントはまだありません。

現在、コメントフォームは閉鎖中です。