私がメキシコのアート状況をリサーチする上で、アーティストのはぎのみほさん(在墨通算15年)、建築家のソリージャ・タロウさん(日墨ハーフのメキシコ生まれ、メキシコ育ち)には常に多くのアドバイスや視座をいただいています。
2人はそれぞれ単独で作品を発表する一方で、2009年に非営利団体ソーシャルランドスケープ基金(Fundación Paisaje Social A.C./フンダシオン・パイサヘ・ソシアル)を、2010年に日本メキシコ芸術建築制作研究所(TALLA/タジャ=Taller de Arte y Arquitectura, México-Japón)を設立しました。
Fundación Paisaje Social A.C.(以下、パイサヘ・ソシアル)は、「アートの力を使って人と人、人と社会の繋がりを強くし、そのために必要な社会環境を確立すること」を目的に福祉施設でのアートワークショップや公共スペースの改造プロジェクトなどを行っています。そしてTALLAでは、メキシコの公的美術館などでの展覧会の企画、運営や、来墨する日本人アーティストや建築家のアテンド、講演のスペイン語通訳、翻訳などを多く引き受けています。今回は、これらのなかからパイサヘ・ソシアルの活動について紹介します。
パイサヘ・ソシアルのはじまり、メキシコの文化芸術をとりまく状況
パイサヘ・ソシアルの活動はもちろん一昼夜にして設立されたわけではなく、2人が長年メキシコで積み重ねてきた活動のうえに成り立っているものです。基本的にはプロジェクトごとにアーティストや各分野のクリエイターや専門家たちとコラボレーションが組まれます。
パイサヘ・ソシアルの活動は、日本でいう公共文化施設の文化振興プログラムやアートプロジェクトのようにも見えます。日本にもアーティストが発起人となる多くのプロジェクトが存在しますが、でも誰からの依頼も受けずに地域のプロデュースを担い、運営と事務作業に追われている2人のステイトメントに、最初は不思議な違和感を感じていました。そして、2人の話を聞きながら、それがメキシコと日本の文化芸術をとりまく状況の違いなのだということがわかってきました。
つまり、2人がプロデュースしている「地域の資源を活かした文化プログラム」は、例えば日本の公共文化施設では、自治体からの文化振興事業のミッションを受けて→各施設でキュレーターやアートマネージャー等がアートプロジェクトや教育普及プログラム等を企画し→アーティストに依頼する、というように発端から実現までにいくつかのセクションに分かれているというのが一般的であるということ。この構造のなかでは、そもそも最初のミッションについてアーティストの視点は問われていません。
日本の公共文化施設でしばしば起こる、文化行政側のミッションを遂行しようとする自治体職員と、アーティストのアイデアを活かそうとする企画制作側の現場スタッフの対立の原因のひとつは、この構造のためだと思われます。
一方メキシコには、地域と一体になって継続できる文化プログラムを発想し、コーディネートする公共のセクションがないか、もしくは機能していません。2人は独自のリソース、つまり日本/メキシコという二つの国を往来する2人の属性とアート/建築という専門性、そしてネットワーク、つまりメキシコで活動するキュレーター、クリエイター、社会活動家などさまざまな人たちとのクリエイティブな信頼関係を駆使して自治体に提案し、いくつかの公共事業を手がけ始めています。
ネットワークがあるのでプログラムのオーガナイズのスピードがすばらしく早く、共同作業に長けているので、フレキシブルに問題を解決していきます。アーティストのアイデアと技術がこれほど直接的に公共事業に反映されている例を、日本では思いつくことができません。
資金面で言うと、プロジェクトを具現化するまでコラボレーターはすべてボランティアです。メキシコで金銭的な支援を受けるためには、まずプロトタイプとなるものを実現して見せることが必要で、プロトタイプを示しながら助成金などを得て、プロジェクトを最終目標まで持っていきます。コラボレーターたちもプロトタイプの時点で機能しないと感じればリタイヤするか、違うやり方を試みる。これはメキシコ人のおおらかでスポンタネオスなクリエイションへの姿勢もおおいに関係している気がします。
パイサヘ・ソシアルのコンセプト──アートの力を使って、人と人、人と社会の繋がりを強化する
ソリージャさんは、活動の趣旨を「政府からサポートされているはずの市民の側から、足りないと思うものを見つけて埋めること、市民の側からその姿勢を示すこと」と言います。そしてはぎのさんにとっては、自身のアート活動のコンセプト──「疎外されている個人」へまなざしを向け、アートの力で支えること──の延長線上にあります。
パイサヘ・ソシアルの活動はアートであることを表明することよりも、社会に介入し機能することを優先するし、そのなかでアートを提供するという手法も使う。でも彼らの活動で注目すべきは、社会に必要なことを知り、発明するという技術。それは逆説的に、あるものを介入させることによって不可視に見える社会の課題を可視化するという、アートの技術を思い出させてくれます。さらに彼らがプロジェクトごとに作るコラボレーションは、社会の制度や経済的な利害関係から成る結びつきではないコミュニティ、共同体のポジティブモデルであると言えるのではないでしょうか。
次回は、私も関わっているパイサヘ・ソシアルのプロジェクト「ルイス・ニシザワ・アーカイブ」について書きたいと思います。
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パイサヘ・ソシアルのプロジェクト例
1──老人ホームでのワークショップ「Taller JARDINCITO(ワークショップ・小庭)」
多数のアーティストとともに、メキシコシティのある老人ホームへ約2年間通ってアウトリーチ・ワークショップを行っている。ワークショップを通して老人ホームの人たちへ日常のスペースをよりよくする提案をしながら、いずれ彼らが主体となって少しずつ改善できるようになることが目標。現在、メキシコ国立自治大学教授カルロス・ロホ氏の協力を得て社会心理面からの研究が始まり、アートワークショップの手法と効果を客観的に考察するステップへ進展している。また、パイサヘ・ソシアルにとってはアーティストが作品を発表するだけでなく、その活動をワークショップとして社会生活へ還元し、アーティストとしての社会生活への関わり方を提案していくプログラムでもある。
その他に老人ホームの人たちとの美術館訪問、そして鑑賞後のアートワークショップも行っているが、これは、メキシコの美術館が多様な鑑賞者を積極的に受け入れる仕組みを整えていないという状況、さらに、老人ホームの利用者が、運営側の事情からほとんど外出できないことを受けて始まっている。今後は、美術館スタッフと老人ホーム側の双方の理解を深めて、継続的に訪問できるよう環境を整えている。写真はアーティストのヘナロ・ロペスによるワークショップ(メキシコシティの老人ホーム)。
2──ワークショップ素材のリサイクルの試み「RE-ARTE(再芸術)」
「ワークショップ・小庭」に使う材料は、各家庭にある不要品をリサイクルして使うため、2週間に1度、ローマ地区のリオデハネイロ公園に出るオーガニック市場“MERCADO EL 100”にブースを置いて募っている。コストをかけずにワークショップを継続できる仕組みを作るのも、パイサヘ・ソシアルの活動のひとつ(ローマ地区、リオデジャネイロ公園, メキシコシティ)。
3──自転車道路プロジェクト「Rodando x la Ruta de la Amistad(友情の道のために走ろう)」
1968年のメキシコオリンピック時に作られたメキシコ市南部の巨大彫刻群を、高架道路建設による取り壊しから守るために、Patronato de la Ruta de la Amistadという団体が設立され、現在10作品を移動している最中である。パイサヘ・ソシアルでは彫刻を移動した場所に自転車道路をデザインし、新しい景観・交通手段を作るプロジェクトを進めている(メキシコシティ)。
4──東日本大震災遺児のためのチャリティーアートバザール「¡Amor a Japón!(愛を日本へ!)」
この企画に賛同するメキシコ在住アーティストからアート作品のドネーションを募り、格安で販売。売上の100%が東日本大地震・ 津波で被災した震災遺児のためにあしなが育英会に送金された。現在は、2作品目以降の売上のうち、30%を制作費として作家に還元、パイサヘ・ソシアルが3%を運営費として計上、残りの67%を継続して寄付している(コネホブランコ・ブックギャラリー、メキシコシティ)。
Photo:すべてFundación Paisaje Social A.C.
[...] investigator, presents about The Social Landscape Foundation/Fundación Paisaje Social A.C. in the artscape magazine (in Japanese). Share this:ShareFacebookTwitterPrintLike this:LikeBe the first to like this post. [...]
ピンバック by Social Landscape Foundation at artscape magazine | MIHO HAGINO — 2012年1月27日 @ 07:01
[...] presents about The Social Landscape Foundation/Fundación Paisaje Social A.C. in the artscape magazine (in [...]
ピンバック by Fundación Paisaje Social A.C. en artscape magazine (japanese) | TARO ZORRILLA — 2012年1月27日 @ 07:08