Dialogue Tour 2010

第1回:梅香堂のはなしを聞く@Midori Art Center(MAC)[レビュー]

真武真喜子(フリーランスキュレーター/アーキビスト)2010年08月15日号

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プレゼンテーションディスカッションレビュー開催概要

  7月18日、青森市Midori Art Center(MAC)。4-5人がたたずんでも「いっぱい」と言えるほどのそのスペースが、その日30人以上が座りひしめく真夏のイベント会場となった。
 artscape主催Dialogue Tour 2010の第1回目「梅香堂のはなしを聞く夕べ」のために集まった人々は、このテーマに関心を持っていたというより、プログラムの最後に盛り込まれたNadegata Instant Party(NIP)作品《学芸員Aの最後の仕事》上映会を目当てにしてきた部分も多いと最初は思われた。NIPによる青森市中を巻き込んだプロジェクト《24 OUR TELEVISION》が前月末に大成功したばかりで、そのドキュメント展覧会がプロジェクトの拠点となった国際芸術センター青森・ACACでは開催中だったからだ。おそらく24時間TVの番組作りに関わったから、この日MACを初めて訪れる人も多いはずだ。ところがトークの後の質問コーナーや、さらに続いた懇親会で判明したことは、青森市内だけでなく、県内各地、また東京や他の地域からこの夕べと翌日のACACでのクロージングイベント「24 OUR TELEVISION 閉局式」のために駆けつけた人も多かったということだ。artscapeがwebを媒体としていることと、《24 OUR TELEVISION》もUSTREAM経由で現場のみならず世界中に放映されたことによるものか。同時にtwitterやemailによるコメントが各地から寄せられてもいたから参加者も地域限定ではない。語られる内容もさることながら、この夕、MACからは地域特定の場所感覚は失われ、どこでもない場所からどこにでも同期する場所に変貌していた。


Midori Art Center(MAC)、外観

 秋吉台国際芸術村の学芸員から転任、ACAC学芸員として青森に着いたわずか2カ月後に服部浩之は専任のACACの外に、個人で運営するMACを立ち上げた。軽やかなその行為は鮮烈な印象で世代を超えた対象への好奇心をわたしにもたらしてくれた。ちなみにこの軽やかさを本人は“ゆるさ”と称しているようだけど。Midori Art Center(MAC)は格別青森らしくもなくさりげない商店街に隣接する住宅地内にあり、ACACからあふれ出したアーティストや関係者が時折利用する旅館の一角にある。使われてなかった裏玄関を借りて簡単なギャラリー仕立てにしたもので、看板の大きさはさすが旅館に負けるが(しっかり「看板屋なかざき」製)、実際の玄関よりも表の通りに面している。近くにはおもに若手アーティスト予備軍の発表の場となっている「空間実験室」もある。
 そしてちょうど同じころ、大阪に梅香堂が出現していた。名古屋の批評誌『REAR』で紹介され、何人かの口コミにもあがっていたのでわたしも訪れてみた。MACもそうだが(Midori Art Centerは青森市緑町にある)、梅香堂というゆかしき名称は此花区梅香という地名に拠っている。「此花」や「梅香」から連想する馨しさとはちょっと違っていて、水路に沿ってほとんど廃墟のような産業倉庫が並ぶ区域に梅香堂はある。
 地図で見ると川の上に地点が示されるので、川に迫り出したように見えるその倉庫群は、錆びたグレーのトタン壁で統一されている。そのひとつが梅香堂なのであるから川の表側からみるとアートスペースがその並びに潜んでいるとは想像しがたい。ところが廃棄物の溜まり場などを横目にしながら内部に足を踏み入れると一瞬緊張するほどアートの雰囲気が張りつめている。まるで天水桶に龍である。外装のトタンに合わせて真新しいグレーのトタン壁で囲われているスペースは、写真やペインティングをかけると、ホワイトキューブとはほど遠いのに展示空間にぴったりなのである。
 後々田寿徳は、公立美術館やICCの学芸員、大学教員を経て、大阪に辿り着き梅香堂を開設した。学芸員からオルタナティヴ・スペースの運営へという路線はMACの服部と近いものもあるようだが、運営の姿勢はずいぶんと違う。その要因は、専任か、あるいはメインの仕事の外でやっているかの違いにある。梅香堂は非営利を謳っているわけではないので、作品販売につながることも対象にしている。しかしマーケット志向を臆面もなく振りかざす若年アーティストや美大生には嫌悪を剥き出しにする後々田の姿勢は、商業主義に対しては戦闘的ですらある。そのためかいまのところ助成金なども受けず、よりインディーズ傾向の濃いオルタナティヴ・スペースとしてやっていくことになる。
 一方、MACは収入を得る必要はないが、運営資金は調達しなければならない。ちなみに開設1年目の今年は青森市学術文化振興財団の助成を受けている。さらに企画も、ACACが招へいしたアーティストの活動に付随させるイベントであったりして、この場合には予算の都合で生じる、納得のいくプログラムを組む限界がMACによって解消されることもあるだろう。公的機関と民間プロジェクトの相互補完が可能な緩やかな関係がここにはある。

 梅香堂とMACの共通点は、企画で招かれるアーティストが一部重なっていることである。自ら明言するように、後々田の関心はロストジェネレーション世代にあるという。服部はまさにそのロスジェネ世代なので、自分の友人知人を軸としたネットワークにのったアーティストを集めるとまさに同世代の連鎖となる。こうして梅香堂で出会ったアーティストとの再会を求めてMACを訪れ、MACで得た情報をもとに関西に行けば梅香堂に立ち寄る人もいる。キュレーション2.0という主旨でキュレーター/アーティスト/観客の役割が流動化していることに目を向けるならば、特定の場(スペース)もまた流動化しているといえないだろうか。これが00年代末に出現したオルタナティヴ・スペースの特質でもある。
 90年代に先行するオルタナティヴ・スペースもアーティストと地域のコミュニティをつなぐ役割を担い、スペース間のネットワークを形成して、アーティストの交換や企画の交差を展開していた。00年代にはここにさらに観客層のネットワークが連結され、情報の流動にとどまらず、フィジカルな移動をともう交通形態が発生してきている。
 服部はMACの基調報告で、webの役割が増大するほど、紙媒体などの古いメディアも重視するようになると言った。webで仕入れた情報や関係をオフ・ラインでも確認したくなるのはそのまた延長なのかもしれない。

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  • Dialogue Tour 2010とは

真武真喜子

フリーランスキュレーター/アーキビスト。2003年まで北九州市立美術館学芸員、2007年まで国際芸術センター青森学芸員、2008-2009年...