Dialogue Tour 2010

第6回:MAC交流会@前島アートセンター[プレゼンテーション]

服部浩之/宮城潤2011年02月15日号

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プレゼンテーションディスカッションレビュー開催概要

プライベートスペースだからできること

服部──スペースを借りられることになって、ホテル山上はそもそもホテルだし、滞在制作プロジェクトからはじめてみることが一番おもしろいなと思って、とにかく企画を一本やってみようと思いました。はじめにお誘いしたのは狩野哲郎さんというアーティストです。狩野さんは、2009年に山口現代芸術研究所(YICA)というNPOが、山口で「山口盆地午前五時」という展覧会を企画したときに招へいしたアーティストで、僕もその企画にコーディネーターとして関わっていたのに2009年の9月に青森に来ることになってしまって、結局うまく一緒に仕事ができなかったことがありました。その年の12月にたまたま彼が別件で青森に来ることが決まっていたので、「青森でスペースをつくるので、そこで滞在制作ベースの展覧会をやりませんか」と声を掛けて、オープニングプロジェクトを実現しました。それが、12月の1カ月間くらいですね(狩野哲郎 滞在制作展 「自然の設計 / Naturplan」)。
 彼は植物など時間の経過とともに変化していくものを用いてインスタレーションをする作家で、青森ではそこにチャボという彼自身にもまったく予期できない生き物を彼が形成する空間に投入することで、その空間の変容を観察するプロジェクトを行ないました。穀物やリンゴ、ホームセンターで売っている農業用グッズとか、鳥よけなどで空間を構成しています。彼が滞在している1カ月間は小型のチャボがMACで生活をしていて、設置されたリンゴを啄んだり穀物をまき散らしたりと、インスタレーションをどんどん変化させていました。そのたびに狩野さんは空間を少しずつ変化させていきます。公共の美術館だと動物を連れてくることは、匂いとか糞の問題があったり、他の作品に影響するから避けられるのですが、こういう実践はプライベートな場所だからこそできることで面白いと思い、空間の実験としても意義のあるプロジェクトとなりました。MACの近所には空間実験室という地元のアマチュアの作家の方々に向けて貸し出しているスペースがあって、このプロジェクト期間はそこも空いていたので、ご好意で使わせていただきました。ふたつの場所でインスタレーションをやったら全然違う人も関わってくれるのではないかということで、空間実験室ではドローイングをメインに構成した安定したインスタレーションをつくって、MACではもうちょっと実験的なその場でどんなことが起こるか観察するようなことをしました。これが1本目で、2009年の12月です[図2]


2──狩野哲郎 滞在制作展 「自然の設計 / Naturplan」展示風景

 二本目は、下道基行さんという写真を用いた作品をよく制作しているアーティストをお呼びしたプロジェクトをやりました(下道基行 個展「RIDER HOUSE」)。彼は全国に散らばる戦争の遺構を撮っていて、2005年にリトルモアから『戦争のかたち』という本を出しています。当時、彼はバイクで日本全国をめぐって、そういった遺構を撮り歩く旅行をしていて、そのときに主に北海道で泊まっていた場所が、ライダー・ハウスと呼ばれる場所でした。旅行者のための安宿で、来た人/泊まる人たちがルールをつくっていくような場所です。そこがおもしろいと思って彼はライダー・ハウスのスナップショットをいっぱい撮っていたんですね。自分の作品をつくるための取材と、その傍らで、制作の裏側の生活の部分で見えてくるものをスナップとして撮っていた。その写真がおもしろくて、『戦争のかたち』のB面みたいなものをみせる展覧会をしようということになりました。ライダー・ハウスはおもに北海道にあって、ライダーたちは青森の港からフェリーで北海道を目指します。北海道に行くライダーたちが最後に立ち寄る青森で、しかもホテル山上という宿泊施設の一部にあるMACで、海の向こうの興味深い宿泊場所を中心としたライダーたちの生活の状況を博物的に見せる写真展を1カ月ほど開きました[図3]


3──下道基行 個展「RIDER HOUSE」展示風景

 下道さんの次が、多田友充さんという広島在住のペインターです。彼は今年(2010年)の8月31日に来青しましたが、12月のいまもまだ青森にいます。2カ月くらい滞在制作をして、展示もしようという話でしたが、展示も始まりそろそろ帰るのかなと思ったらまだ帰らなくて、「多田くんどうすんの?」と聞いたら、「年越ししようかな」なんて言い出して……(笑)。まわりの人たちとすごく仲良くなってしまって、彼も「次の展覧会が来年までなくて暇だし」みたいな感じで、青森にずっといる状況が起きています。MACのスペース自体を制作スタジオとして使って、最後はそこをそのまま展示空間に変容させました。扉がガラス戸で、なかの様子が伺えるので、近所の人もたびたび入ってきたりします。
 多田君の作品は、絵画ですがペインティングというよりはその制作態度はドローイング的です。今回は白亜地というチタニウムホワイトと胡粉を膠(ニカワ)で溶いてつくる下地を自分でつくっています。なぜそれを使っているかというと、ペンキなどの下地は塗ったらそれで完成で簡単なのですが表面はざらざらと荒いものになります。今回、彼は陶器のような平滑で硬質な下地を実現し、その上に絵付けのように色彩豊かなドローイングを即興的に描きつけるという実験的な試みをやりたかったため、白亜地という研磨することができる下地を採用したわけです。削って磨くと、ほんとうに鏡面のような下地が出来上がりました。その鏡面的なものの上に水彩の色鉛筆で描いたりしています。写真ではわかりにくいですが、触るととてもツルツルします。顔料を混ぜた白亜地を磨いただけの、色彩と素材を前面に押し出すようなミニマルな作品も制作しました。
 まわりの人たちとの関係のつくられかたということで言うと、MACに滞在している作家は、よくホテル山上にご飯をごちそうになっているのですが、やはり今回の多田君もまるで猫のように自然に毎日ご飯をごちそうになっていました。それで、そのお礼に「ごちそうさま」と描いた小さなドローイングを描いて渡していたのですが、展示が始まる日になって、ホテル山上のお母さんが、食べ終わった食器と一緒に渡された20枚くらいのドローイングを残していて、それらをひとつの額に入れて貸してくれたので、それも作品として展示しました。そんなふうに、食事を介してコミュニケーションができたりとか、ちょっとした関係が築かれていくのはすごくおもしろいと思っています[図4]


4──多田友充 展「僕、秋の終わりに豹になる。」展示風景

出来事の受け皿としてのMAC

服部──MACの展覧会の鑑賞は予約制で、お客さんにはいつも予約して展示を見てもらっています。僕が普段は仕事をしているし、作家が常にいるわけでもないので、そういうかたちをとっています。そうすると来てもらえる人数は限られますが、すごくいいのは、来てくれた人と必ず話ができることです。なぜ来てくれたのか、見てどう思うか、なにを考えているのかなどを、わりとダイレクトに知ることができておもしろい。そうやって実際にコミュニケーションを取ると、次に繋がります。ただオープンしているだけとは違う、もう一歩踏み込んだ関係ができる。次のお知らせをくださいと言って直接連絡先を教えてくれたりする人もいます。僕自身は青森とは縁もゆかりもなかった人間なので、こういう場所を展開して直接はまったく知らない人と対話をできる機会を得ることで、手っ取り早くその地域や人を知ることができます。知らない土地と関わっていくために自分からアクションを起こしていくことは、逆に受け入れてもらいやすいあり方なのかなと思います。作品を介して話をすることは、知らない人とのコミュニケーション手段としてはとてもいいものです。予約制にしていてももちろんふらっと訪れる人もいるので、そういうときは、ホテル山上の方がMACを開けてくれることもあります。ホテルのお父さんとかが自分の視点でその作品を解説してしまうこともあったりして、そういう能動的な鑑賞や解釈も面白いと思っています。こういう状況はほんとにいいなと思っています。アーティストのほうも、1カ月以上滞在すると、地元の人たちと仲良くなって勝手にいろいろ展開して、僕も知らないところで、作品展示の話が進んだりすることもあります。実際、多田くんは2011年中に弘前や秋田で展覧会を実施することになりそうです。アーティストに対して金銭的な支援はそんなにできないけれど、僕が個人で作品を購入したり、東北での人のつながりをつくったりする手助けをすることで、その先の展開をなにかしら応援できればなと思っています。なのでMACに招へいする作家はなるべく個人的につながりがあったり、思い入れがある人がいいなと思っています。
 展示のオープンは、なるべく青森県立美術館や国際芸術センター青森のオープニングやクロージングとタイミングをあわせるようにしています。他の展示にぶつけることで、それを見に来た人がMACにも来てくれるとか、こちらを見た人がほかも見に行くとか、相互関係が生まれるといいなというのと、県外からわざわざ来てくれた人にとっても、一度にいろいろ見られる場所や、人と出会える場所があったら楽しいだろうなと思ってそうしています。それから、ホテル山上には、展示のオープンのときにだいたい宴会開催をお願いするんですね。いわゆる旅館の宴会場みたいな部屋があって、いつもそこでご飯をつくってもらって、オープニングパーティではなくて、オープニング宴会みたいな感じでやってます。パーティだとだいたい立食で話しにくいことも多いのですが、あぐらをかくともうゆっくりするしかないこともあって、わりと深い議論に発展することも多くて、そういう状況が自然につくれる宴会の利点を意識しています[図5]。またホテル山上にはいろいろ助けてもらってばかりなので、こちらからも少しだけでもお金を落としたりできるといいなと思って、あえて宴会はホテル山上でお願いすることにしています。まあ、これによって迷惑をおかけすることも多々あるのですが……。
 こんなことをやっているモチベーションてなんだろうといつも考えるんですが、なるべくおもしろい体験をしたいというのがまず根本にあって、それは大きな資本がなくても可能ではないのかと思っています。受け皿になるちょっとした場所を用意することで、予期しないような多様な出来事が発生する状況をつくっておきたい。家賃を払って名前を付けることにより最低限のフレームを用意するだけで、どんな刺激的な関係をつくり出せるかを探求していきたいです。名前を付けることでその場は意味を持つわけで、そのことで起きる出来事とその生成プロセスにすごく興味があります。そういうさまざまな関係が能動的にどんどん生まれる状況をつくっていきたいと思っています。あとは、その土地やものが持っている歴史的に備えてきた文脈にすごく興味があって、ホテル山上やその周辺の環境が築いてきた面白いコンテクスト対して、自分がアクションを起こすことによりどのような新たなコンテクストを築いていけるか考えています。そして、そういう出来事が生成していく過程をいかに記述していくかにも関心があるので、今後は記述やアーカイブについてももう少し意識的に展開していきたいと思っています。いずれにしても、日常生活とそこある誰もが持つクリエイティビティを拡張していけるように、MACの活動を今後ものんびりと試行錯誤しながら継続的に展開していきたいです。


5──ホテル山上での宴会

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  • Dialogue Tour 2010とは

服部浩之

インディペンデント・キュレーター。1978年生まれ。2006年早稲田大学大学院修了(建築学)。2009年-2016年青森公立大学国際芸術セン...

宮城潤

1972年生まれ。前島アートセンター理事、アートNPOリンク理事。沖縄県立芸術大学院修了(彫刻)。2000年「前島3丁目ストリートミュージア...