2017年05月15日号
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いま知っておくべきアートワード50選

建築の展開2014

市川紘司(中国近現代建築史/『ねもは』編集長)2014年02月15日号

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コミュニティデザイン|超線形設計プロセス論(批判的工学主義)|卒業設計日本一決定戦|《みんなの家》|シェア

 ここ数年のあいだ、建築・都市系の議論のなかで大きなトピックとなっているのは、「コミュニティデザイン」という概念と、その提唱者である山崎亮氏だ。建築物というハードウェアではなく、それをきっかけにして生まれる人間のアクティビティやコミュニティをデザインの対象とする山崎氏が建築系メディアで注目されていることには、社会的にあまり機能しない「ハコモノ」建築をつくり続けてきたことへの反省など、建築内部でさまざまなコンテクストがあるだろう。山崎氏の名前や「コミュニティデザイン」が頻繁に取り上げられるようになったのは、2010〜11年くらいからのことだろうか。東日本大震災以後にはとみに強くなっている印象がある。実際、コミュニティに分け入って、小さな声までを汲み取りながら建築をつくろうとする建築家の活動も目立つようになってきた。伊東豊雄氏らが被災復興のために各地で設計を進めている《みんなの家》は、そうした動向のさいたる事例だろう。建築家が一般社会やコミュニティに貢献してこなかったことを反省し、「建築家」的な「デザイン」や「作品タイトル」を放棄しようとする震災後の伊東氏の姿勢は、彼がその直前の2000年代には《せんだいメディアテーク》(2000)などによって日本の建築デザインをリードする存在であったぶん、近年の動向を象徴する「転向」となっている。
 建築を、一般社会との関係から捉えなおし、さらには社会にコミットし貢献すべき実践=「ソーシャル・エンゲージメント」として位置づけること。簡単に言ってしまえば、震災以後の建築系の議論のなかでは、こうした側面が強調されているように思われる。
 この種の関心の増大は、じつは日本だけに限ったことではない。2010年秋から2011年初頭まで、ニューヨーク近代美術館では「Small Scale Big Change —New Architecture of Social Engagement」という建築系の展覧会★1が開催され、世界各地の都市や村落における社会的問題を解決するために進められている建築プロジェクトが集中的に紹介された。ここで取り上げられたプロジェクトの多くは、日本でも山崎氏による『ソーシャルデザイン・アトラス』のなかで見ることができるが、「建築家」が手がける「建築・都市プロジェクト」ではありながらも、主役は「作品」としての建築物単体ではなく、むしろそうした建築物の建設プロセス、周辺環境、技術、あるいは竣工後の使われ方や使う人間などのほうである。いわゆる建築系メディアが掲載するキマった建築写真だけでは捉えきれないような、建築がコミュニティに存立されるプロセスのなかで不可避的に直面する雑多な要素にこそフォーカスが当てられている。山崎氏の「コミュニティデザイン」や伊東氏の《みんなの家》に代表される建築家の実践は、本来的には日本固有の社会的問題に応答するものであるが、とはいえ、いかにも「作品」然とした建築物だけを志向しない、という点については、現在の世界建築の傾向から見ても十分に理解と共感が可能だろう。


左=Small Scale, Big Change: New Architectures of Social Engagement,
The Museum of Modern Art, New York (October 31, 2010)
右=山崎亮『ソーシャルデザイン・アトラス: 社会が輝くプロジェクトとヒント』(鹿島出版会 、2012)


仙台の仮設住宅団地内に建てられた伊東豊雄《みんなの家》2011年10月27日
撮影=高田三士

 ひるがえって、2000年代の日本建築を振り返ってみて、筆者が注目したいのはアイデアコンペや「せんだい卒業設計日本一決定戦」に代表される卒業設計展の増加によってとくに若い建築学生のあいだで「プレゼンテーション表現」に対する関心が大きくなったこと、そして東京国立近代美術館での「建築はどこにあるの?7つのインスタレーション」展(2010)など、建築家が自身の建築的思考をインスタレーションとして発表する機会が多かったことである。プレゼンテーションとは本来的には作家が作品を世に問うときに生じる形式であるし、インスタレーションは美術館のなかで多数の観覧者に開かれている。しかし両者は、本質的には上で述べたような猥雑な社会にコミットする泥くさい建築的実践とは対照的な、「社会」との関係を限定化することによって抽象的な強度を確保した実践として位置づけられるだろう。昨年の五十嵐太郎氏、藤村龍至氏、天内大樹氏による鼎談のなかの言葉を借りれば、それはやはり「ファインアート」としての建築と呼びうる性質が強固だ ★2


「建築はどこにあるの?──7つのインスタレーション」展ポスター

 こうして見てみると、2000年代から東日本大震災を切断線とした現在(2010年代)までの建築状況の変化は、「ファインアート→ソーシャル・エンゲージメント」というふうに想定できるようにも思われる。しかし筆者は、むしろ、そのどちらもが建築物それ自体ではなく、建築物がつくられる「前」や「後」といった「時間の幅」に着目している点で共通することのほうが興味深い。本来、プレゼンテーションを考えるのは建築が設計された「後」の出来事であり、インスタレーションは、環境的諸条件が限定化された展示室のなかで建築家の思考の「原型」を示せるという意味で「前」である。SSBCが紹介するようなプロジェクトが建設プロセスや竣工後の使われ方を重視することは上で述べたとおりだ。そのほかにも、藤村氏の「超線形設計プロセス論」や小野田泰明氏の「プレ・デザイン」など、建築物がつくられる土台そのものをいま一度問いなおす議論への関心は高い。あるいは建築物の利用の仕方に焦点を当てる「シェア」という概念への注目の高まりも、そうした傾向のひとつとして位置づけられるかもしれない。いずれにせよ、建築物をひとつのオブジェクトとして形式的に論じるよりも、その前後の時間にまで思考を拡張させることが、現在とくに筆者を含め若い世代の議論のなかではひとつの傾向として現れているように思われる。
 現在の建築と都市の状況を捉えるうえで、「1995年以後」と「レム・コールハース」は最重要のフレームワークであろう。近年の建築系の傾向を俯瞰するとき、筆者がとくに注目したいのは、コールハースが1995年に発表した大著『S,M,L,XL』の冒頭のテキストである。コールハースはこのように述べている。「建築とは全能と不能の危険な化合物である(Architecture is a hazardous mixture of omnipotence and impotence)」。「世界そのもの」を思うままにデザインしうるデミウルゴス(造物主)としての建築家は、その反面、敷地や〆切やコストやクライアントやイデオロギーといった種々の「社会」的な制約にがんじがらめにされた存在でもある。そうした「全能感」と「不能感」という相反する感覚を内面に抱えこむことが建築家の本質である、というわけだ。いかにもコールハースらしいアイロニカルな職能定義である。
 建築家における「全能」と「不能」。コールハースの活動が、建築設計組織としてのOMAと、設計の周辺に位置づけられる種々の社会的条件をリサーチするAMOという組織に分離されていることは、よく知られているところだろう。これはまさに全能/不能という矛盾する感覚を調停するために導き出された戦略であったはずだ。そして逆に、この全能/不能という股裂きの性質に対して個別に応答することが、近年の日本建築から取り出される特徴ではないだろうかと筆者は考える。美術館やプレゼンテーションボード(平面)といった建築にまつわる諸制約が縮小化された環境下での実践と、建築がこれまで果たしてこなかった「社会」的役割について、極端なまでに反省的に応対しようとする実践。1995年以後、2000年代と2010年代における傾向をこのようにまとめるとするならば、それはちょうど、建築家が擬似的にではあれ「全能」的に振る舞える領域での実践(=ファインアート)と、逆に、えてして「不能」化してしまう領域での実践(=ソーシャル・エンゲージメント)として考えられないだろうか。
 もちろん、全能/不能という対立があったとして、それをコールハース的に大がかりに調停しようとすることだけが是ではあるまい。たとえば、建築家でありながらもアートやインスタレーションを数多く制作している中村竜治氏は、おそらく「ファインアーティスト」としての建築家の代表と言えるだろうが、五十嵐氏が評するとおり、彼の《とうもろこし畑》では構造的な検討が為されていることなどから十分に「建築的な」思考が見出される★3。美術館のなかのインスタレーションであっても「建築」として捉え、重力といったきわめて建築的な制約を意識しながら操作すること。それは、いわば「ファインアート」のなかにあえて建築的不能を持ち込んでしまうことである。全能/不能といったコールハース的対立をある種無効にしてしまう感覚の先鋭化が、中村氏の作品には体現されているかもしれない。
 しかしそれでも、大局的に見れば、2000年代的なファインアートとしての建築と、2010年代的なソーシャル・エンゲージメントとしての建築とが、実践的にも関心的にも分離していることは言えると思う。プレゼンテーション表現への過度な注目が、結果的にプレゼンするはずの建築物を置き去りにしてそれ自体が「生態系」のように自律的な平面表現の領域と化し(てしまっ)たことは、筆者らが編集製作した『ねもは02+ 素晴らしいプレゼンテーションの世界』(2011)でまとめたとおりである。また逆に、《みんなの家》での伊東氏からは、社会へのコミットメントに対する反省を強調するあまり、2000年代の日本で進められたデザインや空間に対する試行を「作品主義」の一言で一蹴してしまいかねない印象を受ける。《みんなの家》に関するギャラリー・間での展覧会「ここに、建築は、可能か」のシンポジウム★4では、たとえば「グリッドをずらす」といった建築的操作は建築家の自意識の発露や単なる形式的な操作でしかなかったのではないかと、伊東氏は自己批判を含めて疑問を投げかけている。しかし、この「グリッドをずらす」ことは、藤本壮介氏が反論していたように、それが人間の生活やアクションをより豊かにするものであったがゆえに採用されたものではなかったか? そして、それこそが、伊東氏が達成してきた建築空間の新たな豊かさであったはずなのである。率直に言って、伊東氏は「社会性」への反省を重視するあまり、みずからが達成してきた建築の魅力をあまりにやすやすと放棄してしまっているように、(2000年代という「伊東豊雄の時代」に建築を学びはじめた)筆者には感じられる。
 《みんなの家》が提起している問題は、建築家がコミュニティに携わることが現在、そして今後も重要であることを鑑みれば、もっと議論されてよい。ここでは、いわゆる「作品主義」と、ソーシャル・エンゲージメントとしての被災地での建築的実践が断絶され過ぎてしまっている。この断絶が危険なのは、被災地では「作品主義を投げ打つ」と振る舞いながら、別の場所ではこれまでどおりの建築デザインを展開するといったような、ダブルスタンダードに陥らざるをえなくなってしまうからだ。建築はさまざまな条件で、ある特定の場所に時間をかけて建てられる「不純」な表現であり、「作品」や「作家」を捨てるといったあまりにラディカルな転覆は似合わない(筆者が専門とする中国の現代建築は当初「資本主義建築」を大がかりに転覆しようとした末に目ぼしい成果を残すことができなかった)。当たり前のことだが、本来であれば、「ファインアート」としての建築が達成してきた空間の豊かさを「ソーシャル・エンゲージメント」にも活かすような中庸の回路が粛々と探られるべきなのだ。もちろん、逆の方向性もまた同様である。
 そうした新しい建築の枠組みは、たとえばフランスのラカトン&ヴァッサルなどを見ると全然ありうることのように思われる。ラカトン&ヴァッサルは、既存の内装を引き剥がすことでデザインとした、パリの《パレ・ド・トーキョー》(2002)の建築家ユニットとして日本でもよく知られている。《パレ・ド・トーキョー》の引き算の建築美学は、日本でもスキーマ建築計画の《狭山フラット》(2007)や403architecutreの《海老塚の段差》(2012)など、アパートメントのリノベーション作品において着実に影響を及ぼしている。他方、彼らは上述のSSBCでも取り上げられているとおり、フランスの公共アパートの再生などにとりくむ「社会」的な建築家である。そして、筆者が魅力を感じるのは、こうした2つの側面の実践において、建築に対するスタンスやデザイン手法がとても一貫しているように見える点だ。


403architecture《海老塚の段差》(2011)
写真=kentahasegawa

 既存の建築や環境を最大限尊重しながら、低コストな材料や構法を採用することで、同じ予算内で2倍、3倍もの面積を獲得するラカトン&ヴァッサルの建築は、ある意味ではきわめてベタな「レス・イズ・モア」である。しかし、そうした合理的なプロセスを経てアウトプットされる建築には、彼ら自身は「美しさ」について重きを置いていないことを明言しているが、たしかに独特の美学と空間性が宿っている。異質な材料がクリアーに衝突ながら組みたてられた空間に、半透明のポリカーボネイトを介して光が満ちる。そこには、仮設建築が持つような、独特のラフ★5でリラックスした雰囲気がある。こうした建築的性格が、《ナント建築学校》(2009)といった比較的自由度の高いプログラムの建築にも、《ミュールーズの公営住宅》(2005)といった公営住宅プロジェクトにも、また低所得者用の高層アパートのリノベーションである《ボワ・ル・プレートル高層住宅改修》(2011)にも一貫して提示されているだろう。近作の《FLAC/AP2》(2013)では、埠頭に残された倉庫を美術館に建て替えるというプログラムに対して、既存建築物には簡単な改修だけをほどこすにとどめて、同じ形状のポリカーボネイトによる透明な新築を増築している。既存の建築物が象徴する土地の記憶を尊重し、もともとのプログラムを読み替えることで、低コストのまま空間を多様化かつ最大化させ、同時にラフで透明な美学を達成すること。《FRAC/AP2》にはラカトン&ヴァッサルらしいとても柔軟な建築の思考が見出される。
 『a+u』のラカトン&ヴァッサル特集号(2012年3月号)を編集した和田隆介氏との議論のなかで、彼が、ラカトン&ヴァッサルは日本では、2000年代初頭と東日本大震災後の現在、時期を違えて2度受容されているという指摘をしていて興味深かった。2000年代初頭には軽やかで透明なデザインの文脈において、そして現在では、SSBCに連なる社会的問題に応答するプロジェクトの文脈において、であり、つまり「ファインアート」としての文脈と「ソーシャル・エンゲージメント」としての文脈である。彼らの活動自体はこの間一貫したものであったようだから、評価の時期と文脈が異なっていることがそのまま日本建築の動向の変化を端的に示しているのだろう。
 「ファインアート」としても「ソーシャル・エンゲージメント」としても評価しうるラカトン&ヴァッサルは、現在における健全な建築家像のひとつであると筆者は考える。建築は何らかの社会的問題を解決するためだけには存在しないが、社会と完璧に切り離された地点に存在する建築もそもそもありえない。アートとソーシャルのあいだで股裂きになることのない建築家にこそ、今後はより注目が集まるべきだろう。それはたとえば、先の鼎談で藤村氏が「多様な圧縮された表現」として指摘した新居千秋氏や乾久美子氏であるかもしれないし、浜松というひとつの地方都市に根付いて作品をネットワーク状に展開する若手建築家ユニット403architectureであるかもしれない。いずれにせよ、両者を貫通する建築は可能が望まれる。そしてそれは、可能である。

★1──「Small Scale, Big Change: New Architectures of Social EngagementOctober」(3, 2010–January 3, 2011)
★2──五十嵐太郎+藤村龍至+天内大樹「“1995”以降の都市・建築を俯瞰する」(『artscape』2013年10月15日号)
★3──五十嵐太郎「接近する建築と美術──「建築はどこにあるの──7つのインスタレーション展」レヴュー」(『10+1web site』2010年6月号)
★4──シンポジウムの様子はustreamでも配信されており、現在もYoutubeにて公開されている。
★5──建築家の岩元真明氏によれば、近代に入って工業化がすすむことによって一般的に建築物は「仕上げ」がほどこされる「スムーズ」な特徴を強めたが、他方で、建築家はそうした「仕上げ」を拒否してきた。ラカトン&ヴァッサルの《パレ・ド・トーキョー》は、フランク・ゲーリーの《自邸》(1978)にはじまる、「仕上げ」をあえて引き剥がす「脱仕上」の建築として位置づけられており、こうした「ラフ」の美学は「おそらく自由の表現である」と指摘される(岩元真明「仕上、無仕上、未仕上、脱仕上」『ねもは003 建築のメタリアル』2012)。

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