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フォーカス

ビエンナーレ物語、そしてイスタンブールとテッサロニキへ

市原研太郎(美術批評)2011年11月15日号

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 これまでいくつのビエンナーレを観てきたのだろうか。それらの名前(開催都市名)を列挙してみるなら、まず、私にとってもっとも忘れがたいパリ。現在では開催されていない(最近、パリではトリエンナーレが行なわれている)が、1975年、第9回パリ青年ビエンナーレ(35歳以下が条件の若手アーティストのビエンナーレ)をたまたま鑑賞したことがきっかけで、私は現代アートの世界に引き入れられた。当時、現代アートにまったく門外漢であった私の心に衝撃を走らせたこのパリ・ビエンナーレこそ、私のビエンナーレ経験のそもそもの出発点であり、現代アートにのめりこむ決定的なイニシエーションとなった展覧会である。その展覧会には、いまではすっかり常識になっている表現形式のほぼすべてが揃っていた。絵画、彫刻、写真、オブジェはもちろん、ドローイング、パフォーマンス、インスタレーション、フィルム、ヴィデオの作品が並べられていたのである。参加アーティストは、現在では現代アートのマスターと呼ばれる、若き日のクリスチャン・ボルタンスキー、マリーナ・アブラモヴィッチ、クシシュトフ・ヴォディチコ、ヴァリー・イクスポート、ジョン・アームレーダー、レベッカ・ホーン、ゴードン・マッタ=クラーク(故人)などであり、日本からは、彦坂尚嘉、柏原えつとむ、野村仁などの作品が展示された。

1──ビエンナーレ物語

 ビエンナーレの列挙を続けよう。今年本サイトで展評(2011年7月15日号フォーカス)を書いたヴェネツィア、リバプール、ベルリン、リヨン、マニフェスタ(その都度、ヨーロッパの都市を転々と移動して行なわれる)、モスクワ、アテネ、テッサロニキ、ティラナ(アルバニア)、ヨーテボリ(スウェーデン)、ポズナン(ポーランド)、ビリニュス(リトアニア、ビエンナーレではなくトリエンナーレだが)、プラハ(トリエンナーレ)、イスタンブール、カンジュ、プサン、ソウル、台北、台中、上海、広州(これもトリエンナーレ)、シンガポール、シドニー、オークランド、サンタフェ、サンパウロ、ハバナ(キューバ)、そして最後に、ヴェネツィアと並んで世界最大の規模を誇るカッセル(ドイツ)で開催されるドクメンタ(ただし5年に1度)。
 さて、以上過去に私が鑑賞してきたなかで、一番興味深くまた刺激的なビエンナーレといえば、(アートの世界で、二大権威として定着したヴェネツィアドクメンタは別として)イスタンブールカンジュである。この二つのビエンナーレは、各々すでに5、6回観ているのだが、企画内容は毎回変わっても、その趣旨が時代に先駆けて鋭く、かつ展覧会としてよく組織され、集められた作品はレベルが高く充実した内容となっている。思うに、それぞれのビエンナーレを主催する団体が、ビエンナーレの理念と目的の創出を含めて、有効に機能しているからだろう。それは、私がいつも登録する報道関係者への適切な対応にも現われている。オープニングでの記者会見や報道資料、それにカタログやプログラムの配布などが支障なく行なわれるのである。
 この二つに続くのは、ベルリンと広州だろうか。私の見るところ、ベルリン・ビエンナーレは不思議なことに、2回に1回の割合で見応えのある内容の展覧会を実現し、癖はあるが興味深い作品を打ち出してきた。2010年の6回目のビエンナーレは、現実の多様性をテーマに、グローバル化した世界のローカルな現実を、それぞれの作品に託して表現していた。グローバル資本主義の下でのローカルな社会の実態や、人々の日常生活をドキュメンタリーとして描く作品群は、現実という身も蓋もない事実にとかくまといつく不活発な惰性を上回って、そこから現在のグローバルな世界の矛盾を摘出する身体としての現実に気づかせてくれる。逃避につながる非現実の空想ではなく、まさしくわれわれが生きる現実を注視することの緊急性と、日常、非日常を問わず、現実社会に根を張る問題のグローバルな射程を精査する必要性とを喚起したのである。グローバル/ローカルの単純な対立で、一方が他方を批判する論争の不毛さではなく、グローバル資本主義市場がもたらす不幸や悲惨と、それに抵抗する人々のたくましい姿勢を映し出しつつ、ローカルな世界の独自性に訴えるだけでなく、それが持ちうる普遍的な価値(現実自体を含めて)に目を向けるよううながす。そのような意志に、すべての作品が貫かれていたのである。
 ここで注意すべきは、このようにして出来上がった表現が、まったく新たなグローバルとローカルのハイブリッドを形成するということである。というのも、現在のグローバル(資本主義)優位の状況で選択されるいくつかのタイプの作品、すなわち資本に阿るフェティッシュ=スペクタクルの商品的アートや、ローカルを装ってグローバルに奉仕する多文化主義的アートではなく、また、グローバリズムに対抗して伝統といった排他的な価値を盾に取る保守的アートでもなく、将来普遍的になるべきローカルな価値の発見を、表現行為に探っているからである。その鉱脈が、われわれが生きるそれぞれのローカルな現実にあることは言うまでもない。2010年のベルリン・ビエンナーレは、現実というありふれた事実の集積に隠された変革へのポテンシャルを露わにしてくれたという意味で、非常に重要な企画展だったと言えよう。
 もうひとつの広州トリエンナーレは、残念ながら2008年の1回しか観ていないので、前2回の事情については不案内だが私が訪ねた第3回のトリエンナーレは、中国の反体制派のアーティストの作品を集めて、活動としては目立つマーケット志向の作品ばかりではない、中国の現代アートの幅広さと底力を感じさせた。

 ヴェネツィア以後のビエンナーレは、どこに向かうのだろうか? アート・マーケットが、世界的な悪循環の景気後退で、もはやアートを牽引する力を失っているなか、ビエンナーレに代表される定期的な国際展が、先端的なアートの実験の貴重な拠り所であり、未来に希望を抱かせる数少ない選択肢のひとつになっている。このような時代にあって、ヴェネツィアやイスタンブールなど現代アートのイニシアティヴを握っているビエンナーレの動向に注目が集まるのも当然だろう。今回、イスタンブールに到着する前の私の興味は、2011年のヴェネツィアが示した現代アートの新機軸に注がれたままだった(詳しくは、前述のフォーカスを参照されたい)。しかし、まだヴェネツィアのビエンナーレは長い会期中であって、イスタンブールテッサロニキでヴェネツィア以後を語るには、まったくもって時期早尚である。したがって、それらのビエンナーレに、たとえヴェネツィアと同じような傾向の作品が展示されていたとしても、直接の影響関係はなく、偶然の一致にすぎない。とはいえ、もし三つのビエンナーレのあいだに共通の特徴を有する作品が広く見受けられるなら、同時代のアートをめぐる大きな流れのなかに、それらのビエンナーレが位置づけられると考えてよい。イスタンブールとテッサロニキのビエンナーレに、どのような作品が出展されるのだろうか? 私は、2010年代のアートの行く末を確かめるべく、イスタンブールに足を踏み入れた。はたして結果は、ヴェネツィア・ビエンナーレと特徴を共にする多くの作品に出会ったのだが、私の事前の予想を越えて、そこには新たな要素が加わっていた。イスタンブールとテッサロニキの展覧会全体を鑑賞した感想を言えば、ヴェネツィアが総論(基本的アイデアやモデルの提示)で、イスタンブールとテッサロニキは各論(その具体的な適用)、そんな印象を抱かせる三者の関係だったのである。その予想外の非常に興味深い要素を中心に、以下の文章で、二つのビエンナーレを詳細に分析してみたい。

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市原研太郎

美術評論家。著書=『マイク・ケリー“過剰の反美学と疎外の至高性”』『ゲルハルト・リヒター/光と仮象の絵画』ほか。

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