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NEW CAT ON THE BLOCK

松原慈

2013年12月01日号

アーティスト・イン・レジデンスというのが、アーティストに制作環境と眠る場所を提供するものだと考えると、どこで眠るかは何をつくるかに大きく影響する。自発的に自分の縄張り以外の場所で眠るのなら、環境の変化に対してどう自分を位置づけて眠るか、そこでどんな夢を見るかは、ネコがどこにでも小さな陽だまりを見つけるのと同じように、自由だ。

旧フランス領であるモロッコには、首都ラバト、カサブランカ、マラケシュをはじめ各都市に13のInstitut Françaisがあり、その半分以上にアーティストのためのレジデンスと展示の施設が併設されている。しかし、そのほかにも、上述したものを含むプライベート・ランのアーティスト・イン・レジデンスも多数存在する。主宰する人物の国籍もさまざまだし、そのロケーションも各都市やランドスケープの多様性を反映して、ラバトの国会議事堂前に位置するL'appartement22、カサブランカのHassan Darsiのスタジオの一角に設けられたLa source du lion、テトゥアンの古いメディナに立地するTrankat Street、イムリル山中のリサーチセンターMountain Propreなどさまざまだ。

モロッコだけでなく、北アフリカ・アラブ諸国にはかなりの数のレジデンスがある。こうしたなかには、アーティストが始めた場所も多い。砂漠にレジデンスをスタートしたブリティッシュ・オーストラリアンのKaren Hadfieldは、メルボルンのシアターカンパニーに属していて、モロッコには何の縁もなかったのに、初めて訪れたアルジェリア国境に近いモロッコの砂漠の土地で、一晩のうちにレジデンスのアイデアが降ってきてそのまま2年で立ち上げてしまった。ほかも、制度からスタートするのではなく、パーソナルな必然性や特徴のある環境自体がモチベーションになって始まった例が目立つ。


Cafe Tissardmine


近隣、エジプト・カイロには、Moataz Nasrによって設立されたアートセンターDarb1718があり、ここは展示施設を持ち、レジデンス施設も準備中だ。常に数名のスタッフが大小のアートイベントや展示の準備に携わりながら、定期的なトークやワークショップもオーガナイズする。公的なファンドが存在しないことに不満があるといっても、その一方で、ファンドに頼って不安定になるより、表現の自由度が高く、人が集まり、活気があることを大切にしているという。昨年、わたしはマラケシュに引き続いて盲学生との彫刻ワークショップをカイロで行なったのだが、これは陶芸の工房が並ぶエリアに隣接しているDarb1718の柔軟で適切な協力があって実現した。


“It is a boat(盲学生による彫刻), ”Darb1718, Cairo


マラケシュやカイロの盲学生との対話を通して考えたことは、その直後、フランスのアートスペースLe Moulinでの滞在制作・展示に展開し、翌年に、アラブ首長国連邦シャルジャ・ファウンデーションが主催するMarch Meetingというシンポジウムで発表したり、その後つづく活動の源にもなっている。そのように、アイデアが大陸を飛び越えて発展することで、アーティストやその制作活動を通して、アラブとヨーロッパやアフリカに分かれて点で存在している場が、次第に線でつながっていく。わたしは日本人だから、ほんとうにささやかだとしても、当然そこからアジアへも補助線が引かれることになる。


"A room for the colour blind"(サイト・スペシフィック・インスタレーション), Le Moulin, Boissy-le-Châtel


アーティストという個がどこで寝て制作して移動していくのかによって、その夢語りが少しずつズレていき、結果的に意外なことがつながって新しい領域をつくっていく。用意されるレジデンス施設に限らず、眠る場所を積極的に選び、習慣から自分を解放することは、儀式のようにそのズレをつくっていくことでもある。居場所がズレると、たいがいのことへの周りの見方や価値観は一緒にズレる。そうやってズレたままでは自分の収まりがつかなくなってくることもあって、言葉や環境や宗教が変わってもズレないものがあるのだろうかとか、あるとしたらそれはなんだろうか、と考えるようにもなる。


“Une Chambre Rouge”(《赤色》を記録するために眠った寝室), Palais Mokri, Fès



Fès Medina


縄張りをもたずに育ったネコが、怖じ気づかずに、どこでも心地よく寝ようとするのを眺めるとき、ふと、わたしたちはあと何回どんな場所で眠るだろうか、と思う。
その数の単位は、所詮、十とか百とか千なのだ。太陽は一日に何回も昇ったりしないし、満月は月に一度である。
星の数ほど寝室はあるけれど、わたしたちの眠りには限りがあって、毎日夢を見る約束もない。
何をつくるかが何を夢見るかとほとんど同じことなら、もう幾晩かは、視界をさえぎる天井のない寝室で眠りたいと思うのである。


Palais Mokri, Fes

写真:筆者撮影


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