2018年05月15日号
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フォーカス

アートと空間の自由で多様な関係

多田麻美

2014年08月01日号

ウォッカの醸す時間

 さまざまな外的要因を考えず、あくまで表現者と観客との関係で言うなら、人と人の交流に重きを置いたインタラクティブなアートは、中国の美術ファンとの相性がとてもいいように見える。年代や地域によって差はあり、最近は家にこもりがちの若い人も増えているとはいえ、少なくとも北京などの大都市では、「交流の場」への参加に積極的な人が多いように見えるからだ。多くの人の前で、臆さずに自己の主張やアイディアを表現できる人も目立つ。
 盛り上がりが予想できれば、当然アーティスト自身も大胆な発想を試しやすくなる。つまり、少なくとも当局からの制限などがない場合においては、北京におけるインタラクティブな作品と観客は、わりといい循環のなかにあると言えるだろう。
 北京の東北郊外にある銭竜主催の非営利芸術空間「Action Space」は、近年、実験的なアート空間が徐々に増えつつある黒橋に位置している。オープンから1年間、いろいろなプロジェクトに場を提供してきたこの空間で、今年の5月17日から6月30日にかけて、自家製ウォッカを介したアート・プロジェクト「Yubogong Vodka」が実施された。
 企画をしたのは、インスタレーション作品なども数多く手掛けてきたアーティストの于伯公(ユー・ボーゴン)。実施にあたっては、北京在住の日本人アーティスト、清水恵美を筆頭に、多くのアーティストが援助の手を差し伸べた。

「Yubogong Vodka」プロジェクトの風景[提供:于伯公]

 于はまず、米やもち米、トウモロコシなどで自らウォッカを醸造。1カ月半にわたる開催期間中は、Action Spaceにおいて、訪れた客に次々とこのウォッカをふるまった。「酒が醸造されていく過程と、人と人の関係が育っていく過程は似ている」と于。つまり、酒が醸造されていくように、人と人の関係も時間をかけて、深まり、練り上げられていく、という仕掛けだ。

「Yubogong Vodka」プロジェクトに集った人々[提供:于伯公]

場がもつ無限大の可能性

 だが、ここまでは通常の酒場的空間を芸術的に再現したという範囲に留まる。このプロジェクトが面白いのはむしろ、客に振舞うホストがどんどんと外部から介入してきた点だろう。

「Yubogong Vodka」プロジェクトにはめ込まれたイベント[提供:于伯公]

 開催中、頻繁に「シェフの夜」と称する時間が設けられ、アーティストたちが、得意の料理をふるまったり、音楽やダンスを披露したり、卓球をしたり、映画の鑑賞会を開いたりと、さまざまなイベントを企画。
 「多いときは1日に4人がメインシェフをした」と于。「参加者に制限はなく、プロセス全体において、もっとも理想的としたのは、互いにコミュニケーションをとりながら作品を実現させるという状態。つまり、自然にプロジェクトが始まり、そのなかにいろんな人が徐々にシェフとして参与していく、というような状態です。今回はそれが実現されました」。
 その「作品を実現させる」過程は、マイクロブログや中国版LINE「微信」などを介して、次々と公開。最終的にメインシェフの数は39組に上った。
 この関係が面白いのは、個人のプロジェクトのなかに、別のアーティストのイベントが次々と盛り込まれることで、プロジェクトがある意味、独特の自由さを獲得していたことだ。一見、何の変哲もない枠組みとしての空間に、個と個が小規模な範囲で繋がり、自由に語らい合い、刺激し合っていく。それは、中国における比較的自由なディスカッションや芸術性の追求が、しばしば商業性や公益性などの一般的でタブーに触れないものによってコーティングされていることを想起させる。
 つまり于のプロジェクトは、一応の枠こそあれ、そのなかで得られる自由を最大限活かそうとする個人の動き、それが生む無限で豊かな多様性を感じさせるものだった。
 そもそも、今回のプロジェクトで象徴的に用いられたロゴは「∞」、つまり「無限大マーク」。メビウスの環とも呼ばれる図案を選んだ理由について、于はこう語る。「無限大マークは、循環する構造であり、持続的に展開する状態にあります。それは良質のエコロジックな構造であって、私たちにより多くの想像の余地を残すのです」。

ウォッカの材料は米、もち米、コーリャン、とうもろこしなど。ハッカやトウガラシ入りも[提供:于伯公]



于伯公とプロジェクトを手伝った清水恵美[提供:于伯公]

描かれ続ける落書き

 ひとつのプロジェクトのなかに複数の個の創造性を包み込み、それらを一種の関係のなかに置く、という意味では、パヴェル・アルタメルが、ユーレンス現代アートセンター(UCCA)において開いた個展における公衆参加型の試み、「作図者の集まり」も興味深かった。パヴェル・アルタメルは彫塑作品を中心に創作活動を続けているポーランド出身の作家。「作図者の集まり」とは、開幕から3カ月以上にわたり、会場を訪れた者たちに、壁や床に自由に落書きをさせる、という試み。オープニングでは、チェロの生演奏がその場の祝祭的雰囲気を盛り上げていた。







UCCAで進行中の「作図者の集まり」プロジェクト[撮影:張全]

 壁に次々と描かれていく文字や絵は、共存したり反発し合ったり、互いを消し合ったりしながら、つねに変わり続ける関係のなかにある。過程も結果もすべて予測不可能だ。その野放図で無法な空間は、いわば現在、破産したゴーストタウンにあるような、資産的価値や機能を失って放置され、落書き天国となった廃屋を彷彿させるものだ。つまり、本作はアート空間に人が無意識のうちに付与してきた役割の限界に挑んでいるわけだが、これが世界屈指の中国現代アート作品のコレクションを誇るユーレンス財団ゆかりの空間で再現されたことに、大胆で強烈な風刺を感じるのは私だけだろうか。
 そもそも現代アートとそれが表現される空間との関係は、国や地域によってだいぶ異なる。近年、急速に増加しつつあるとはいえ、これまで現代アートの美術館がほとんどなかった中国では、現代アート作品、とりわけ実験的な作品の展示は主に画廊や実験的なアート・スペースなどの空間によって担われてきた。
 そしていま、中国における現代アート作品と空間との関係は、ホワイト・キューブとしての美術館の役割が定着する前に、あるいは定着の過程と並行して、より自由で多様な時代に突入したのだと言えるかもしれない。その関係は、これからも一部の野心あるアーティストたちによってどんどんと発展、拡大していく可能性があり、目が離せない。

厲檳源(リー・ビンユアン)「誰の夢」展

会場:今日美術館
会期:2014年4月22日〜2014年4月28日
詳細:http://www.todayartmuseum.com/cnexhdetails.aspx?type=reviewexh&id=466

于伯公(ユー・ボーゴン)「Yubogong Vodka」

会場:Action Space
会期:2014年5月17日〜2014年6月30日
詳細:http://www.yubogongvodka.com/

パヴェル・アルタメル展

会場:ユーレンス現代アートセンター
会期:2014年5月24日〜2014年8月29日
詳細:http://ucca.org.cn/en/exhibition/pawel-althamer/

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