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その建物に物申す!──レファレンダムとイニシアチヴの行使による都市建築計画への直接参加

木村浩之

2014年09月01日号

表──バーゼル市民投票の10年(2014年8月現在)

赤=レファレンダム 青=イニシアチヴ

投票日 概要/参考URL 結果
2014年
9月28日
(予定)
市街地開発地区「東端」と「南端」の用途地域変更に関する市議会議決の是非
BÄUMLIHOFPARK
バーゼルは現在住居難だ。1割以上が空家の日本の状況と異なり、バーゼルの現在の空室率は0.3%しかない。現市街地を高密化するには限度があり、新たな開発が必要なためバーゼル市の東端と南端の2地区(現在用途未指定の緑地)を宅地として開発する案が議会で承認された。東端区に関してはヘルツォーク&ド・ムーロン、モルガー&デッテリ、ディーナー&ディーナーの3設計事務所によるマスタープラン・スタディを経て(2007年)、ディーナー&ディーナーが3案を統合し、地区詳細計画の下地づくりをしている(2008年)。高層化を許可することで、地面の緑地を最大限残すだけでなく、現在「用途地域未制定」の地区の大半を緑地に制定するという計画だ。1カ月後の投票に向けてメディアやイベントなどで熱い議論が始まっている。あるシンポジウムでは、観客として来ていたジャック・ヘルツォークが質問や意見というかたちでマイクを握り、賛成派の擁護をしていた。「南端」や、当レファレンダムの該当ではないが「北端」など他の地区においても、複数の建築事務所によるマスタープラン・スタディを経て、地区詳細計画が制定されている。
2014年
5月18日
「ライン川沿いプロムナード」建設を求めるイニシアチヴ 否決
JA zum Rheinuferweg(イニシアチヴ委員会サイト)
断続している川沿いのプロムナードを延長する提案だったが、バーゼルの聖域とされる大聖堂のある岩盤のふもとに木製デッキを渡すことに違和感のある市民が多数を占めた。
同上 路面電車延長に関する市議会議決の是非 議決否認
旧貨物倉庫地帯の再開発で人口が急増している地区へ路面電車を延長させる計画だった。90億円規模。
2013年
11月24日
「クララタワー」高層ビルを含む地区詳細計画承認の市議会議決の是非 議決容認
Claraturm Basel
バーゼルのモルガー&デッテリ設計事務所設計による高さ96メートル29階建ての高層集合住宅を含む再開発計画のための地区詳細計画だった。プライベートのプロジェクトのため、バーゼル市の支出はない。異議申し立て理由は、高層化でもなく、支出でもなく、「1860年代建造の建物と、そこに根付いたコミュニティを破壊し、高給取りのよそ者が陣取ることは許しがたい」ということであった。一方、議会側は「この計画を退けたとしても、個人所有となっている現在の建物が今後も残される保証はない。無計画に個々所有者が改修建替えを行なった場合、時代に即した都市の発展が望めないだけでなく、高層化により開かれた緑地が提供される機会を永久に失うことになる」と反論していた。現在実施設計中。
2013年
9月22日
「セントラル・パーク・バーゼル」建設を要求するイニシアチヴ 否決
CentralParkBasel
駅コンコース上部に人工地盤を建設し公園化する提案。それにより価値が上がる休眠地区にオフィスビル等を建設し、その収入等により100億の公園建設費を捻出できるというシナリオだったが、そもそも土地所有者であるスイス国鉄が反対していた。
2011年
6月19日
「エリザベテン通りのリニューアル」計画を承認する市議会議決の是非 議決容認
鉄道駅と街の中心部を結ぶ通りを車両通行止めにして歩行者や自転車、商業に開かれたものにする、約4億円規模の計画案。反対派は「他の道が渋滞を起こす。費用が高い」などと批判していた。日本ではあまり考えられないが、西洋の都市は鉄道駅周辺が都市中心と離れており、商業的に未開発のことが多い。バーゼルも同様だった。現在工事中。
2010年
3月7日
「ランドホフを緑地ゾーンに」イニシアチヴ 可決
WWF Region Basel(イニシアチヴ委員会サイト)
あたかもルッカのローマ時代競技場跡のように住宅ブロックの中庭にあったサッカー場跡地を緑地ゾーンに制定することで将来建物が建つことを禁じる提案。ランドホフという名称のサッカー場は、プロチームが別のスタジアムを設けて出ていった後も、近年までアマチュア用のサッカー場として機能していた。住居不足のため建設地を求めているバーゼル市だが、緑の党などを中心とする緑地保護系が勝利したかたちだ。
2009年
11月29日
全国規模イニシアチヴ「ミナレット建設禁止」法案 可決
Kein Minarett, kein Muezzin, keine Scharia - Ja zum Minarett-Verbot(イニシアチヴ委員会サイト)
外国人移民反対保守派によるミナレット(イスラム教寺院の塔)建設を禁止する市民立法法案。可決されたことが諸外国にても物議をかもした。スイスは旧ユーゴ圏などからの移民が多く、保守派による移民制限運動の一環だ。ただ「アラブの春」(2010年以降)によるイスラム系移民の増加前だった。
2009年
9月27日
ルツェルナー環状路/ヴァスゲン環状路の補修およびデザイン変更を承認する市議会議決の是非 議決容認
交差点などの安全性、視認性を高め、渋滞を減らす計画(約50億円)。工事中。
2008年
6月1日
メッセバーゼル増築計画を承認する市議会議決の是非 議決容認
MCH Group Global Live Marketing(メッセ・バーゼルの建築紹介ページ)
ヘルツォーク&ド・ムーロンの設計による増築で、建設費400億円のうち100億円を税金でまかなう案だった。順調に建設が進み、予定通り2012年にこけら落としとして世界時計市が開催された。
2007年
6月17日
「新シュタット・カジノ」計画を承認する市議会議決の是非 否認
Casino-Gesellschaft Basel(シュタット・カジノの建築の歴史を紹介するページ)
ザハ・ハディド設計によるコンサートホールの増改築案。建設費約140億円のうち50億円を税金でまかなう予定だった。反対は、大きすぎる、高すぎる、収支計算に無理があるなどの論点で異議を唱えていた。6割強の反対で否認となった。ちなみに名称にカジノとあるが、賭博施設は入っていない。
2006年
9月24日
旧シュトゥッキ染色工場地帯の用途変更案を承認する市議会議決の是非 議決容認
旧工業地域区を商業・住居住系地域への変更案。それにより、ディーナー&ディーナー設計による商業コンプレックス等が建てられた。
2006年
2月12日
バーゼル市周縁部の緑地帯を居住地区へ用途変更する2案を承認する市議会議決の是非 議決否認
(両案)
緑地の住居系地域への変更には、根強い反対があり、ここでも議決が否認された。
2005年
11月27日
エリザベテン公園のリニューアル計画を承認する市議会議決の是非 議決容認
Stadtgärtnerei des Kantons Basel-Stadt(バーゼル市造園局のエリザベテン公園を紹介するページ。下部のPDFリンクに図面などがある)
薄暗く物騒だったバーゼル駅前のエリザベテン公園をチューリヒのランドスケープデザイナーのギュンター・フォクトのデザインで明るく通行に適したものにリニューアルする案。工事費4億円。竣工。
2005年
2月27日
エルレンマット地区の用途変更計画を承認する市議会議決の是非 議決容認
バーゼル市建築課のサイト(エルレンマット地区紹介のページ)下部に地区詳細計画図面Bebauungplanや写真がある
1998年にドイツ国鉄の貨物駅が撤退するのを受けて、1996年にマスタープランのコンペが行なわれた。それをもとに地区詳細計画が制定され、2004年に議会の承認を受けた。しかしレファレンダムにかけられることとなり、上記の日程で議決容認となる。700戸の住居と2,000人相当の事務所スペースが建設される計画だ。バーゼルでは近年最大の再開発地区計画で、現在部分的に工事中で、2018年頃竣工予定。
2003年
11月16日
映画館コンプレックス計画を承認する市議会議決の是非 議決否認
ヘルツォーク&ド・ムーロンのプロジェクト紹介ページ
ヘルツォーク&ド・ムーロンの設計による建築だった。市民からはすでに映画館があるという反論が出た。その後同じ敷地に水族館計画が持ち上がったが、それは市民投票には掛けられず議決確定している。

シュタット・カジノ、その後

 さて、2007年にザハ・ハディド設計の増改築計画案がレファレンダムにより否認されたシュタット・カジノ(表「バーゼル市民投票の10年」参照)だが、既存コンサートホールだけでなく、基壇部に入っているレストラン内装なども改修が急を要しており、新たな計画案が必要とされていた。レファレンダムにて否認されたのは、このプロジェクトに対してであって、必ずしも永遠に増改築プロジェクトを禁じるものではない。もちろん50億円の税金を費やすことに対して民意はネガティブだったとも解釈できるが、文化都市を誇り、裕福な財政のバーゼルにおいて金額が真の問題だったとは考え難い。
 レファレンダム翌年の2008年には内部プロジェクトチームが更新され、2010年バーゼル市との合意のもとで新たなプロジェクトが始まっていた。2012年にヘルツォーク&ド・ムーロンがスタディに指名され、2014年にその結果が発表された。
 それは当初のザハ・ハディド案のプログラムを大幅に縮小し、解体対象だった既存建築のほとんどを残す計画となっている。増築部も、当初のホール等の大きなヴォリュームから、ホワイエだけの小さなものとなり、またその位置も既存の広場を狭めずむしろ隙間を埋めて輪郭を明瞭にするような配置となっている。建設費は当初の140億円に対し90億円と大幅に減ったわけではない。90億円のうち、寄付とシュタット・カジノで51%を賄うとしており、45億円が税金での負担となる。つまり、公的資金の投入額にはほとんど変化がない。
 新プロジェクトを見た第一印象は、「ヘルツォーク&ド・ムーロンらしくない!?」だ。何と言っても彼らのきらびやかなファサードデザインが不在だ。増築部に既存建築のファサードをまったくそのまま反復適用したデザインは、現況をしらない人にとってはどの部分が増築かわからないだろう。増築部がバランス的に小さく、また近接する後期ロマネスク様式の教会(現在は歴史博物館)との距離感からも、そこに現代建築のデザインを収めるには無理があるととらえたのかもしれないが、「ザハ・ハディド対ヘルツォーク&ド・ムーロン」という建築デザイン対決という構図となることを意図的に避けたとも想像できる。この新プロジェクトを紹介するウェブサイト(下図)でも、ザハ・ハディド案について、またそのレファレンダムについて一切触れていない。建築デザインではなくヴォリューム配置にポイントをおいた点(「アーバンデザイン」)や既存部の有効利用といった点(「持続可能性」)などを訴える新プログラムを見ると、旧プログラムを再検討し反省点をわきまえたうえで作成されたことが明らかだ。しかし、戦略的に、アンチ・ザハ・ハディドとしてではなく、独自のパラダイムとして訴える方法をとったのだろう。
 2015年にはこのプロジェクトのための地区詳細計画が市議会の審議にかけられ、2016年には建築確認申請、2017年は増築部敷地の考古学調査が行なわれ、2018年より工事開始、2019年竣工、こけら落とし、と計画されている。しかし再度レファレンダムにかけられることとなれば遅延はさけられない。ただ否認となり再度振り出しに戻ることにならないよう願うばかりだ。

「シュタット・カジノ」新案のパース。中央に見えているルネサンス様式風の窓2スパン分がヘルツォーク&ド・ムーロンによる増築だ。ザハ・ハディドの計画では、右の建物を取り壊し、そこにより大きなヴォリュームの建築が置かれる予定だった。左の教会は19世紀から歴史博物館として利用されている、コンバージョン建築の早期の例だ。copyright by Herzog & de Meuron
下記は「シュタット・カジノ・バーゼル──時代に即した文化音楽建築のために」と謳っている、コンサートホール新案をアピールするウエブサイト。
http://www.erweiterung-stadtcasino.ch/

 都市とは文化であり使い捨ての商品ではない。計画にじっくり時間をかけ、時には振り出しに戻り、納得と合意のもとで持続可能な発展を推し進めていく。都市とその構成要素である建築の計画プロセスとはそうであってほしい。そして、そのためには市民・住民の声をしっかりと反映することのツールが整っていることが不可欠だ──彼らのために都市はあるのだから。

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