2018年01月15日号
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フォーカス

あいまいさがもつ力

多田麻美

2015年01月15日号

 実際に住んでいると、じつは青空が見える日も少なくないものの、とかく最近の北京に関しては、空気の悪さばかりが話題になる。しかも「霧がかって」見えるのは、けっして物質としての空気だけではない。人権派弁護士、市民運動家、および香港のデモを支持したアーティストなどの不当な拘束が相次いでいながら、なぜそうせねばならないかの公式な説明は極めて乏しく、仮にあっても、明快さ、説得力に欠けている。つまり、社会全体を覆う「不透明感」は、実際の空気以上に、何かを主張したり表現したりしている人々を息苦しくしている。
 だがそんな社会においては、不透明さ、あいまいさ、ファジーさ、ぼかしは、表現したい何かを持っている者にとっての強力な武器にもなる。境界が不明で、さまざまに解釈されうる、ということは、作品の芸術性だけでなく、表現そのものを守る手段にもなる。そして時に、その性質を最大限かつ大胆に活かした、奥行きに富んだ表現を生み出す。

灰色で無機質な風景

 2014年の秋から冬にかけて開かれた数々の展覧会のうち、現在の若手アーティストたちの心象風景の一端が垣間見え、印象深かったのはARTMIAで開かれた「精神風景」展だ。幾何学的でガランとした建物や階段を描いた李易紋(リー・イーウェン)の絵画、周棟(ジョウ・ドン)が描く冬の街の色褪せ、雑然とした雪景色、樹木と身体が一体化し、ともに腐食していくかのような耿雪(ゴン・シュエ)のオブジェ、および張小迪(ジャン・シャオディー)のやや夢魔的なビデオ作品。その大半は、明るさや透明感とは無縁で、どこか閉塞感を伴い、とりとめがない。虚無感を漂わせた作品さえあった。
 当然、企画者の嗜好も反映しているのだろうが、いずれの心象風景も、かつての現代中国アートにおいて顕著だった、単純明快な比喩や記号化とは無縁だった。時間の概念も希薄で、希望、好奇心などの未来志向の概念はもちろん、追憶や内省といった要素さえ見つけることができなかった。


「精神風景」展より 李易紋《Gear Effect III》(2014)[撮影:張全]


同上、周棟《壁から遠方までの距離》(2012-2013)[撮影:張全]


同上、耿雪《三本の木》(2014)[撮影:張全]

モチーフは監獄

 まるで、その現象そのものが何かを象徴しているかのように、秋から冬にかけては、「監獄」と関わる展覧会も目立った。
そのひとつは楊画廊の「不明真相」展だ。「解明されざる真相」という、いかにも意味深なタイトルだが、展示品はアーティストの張玥(ジャン・ユエ)が約4年間の収監中に描いた絵や、収容中の体験をもとに、出獄後に完成させた作品が中心だった。
 監獄には刀類は持ち込めないため、鉛筆で絵を描いていたあいだは、コンクリートで鉛筆を削らねばならなかったという。作品は、家族との面会時に、少しずつ家に持ち帰られた。


「不明真相」展より 臨時に入手した紙に描かれた監獄の壁[撮影:張全]


同上、服役中に創作された作品[撮影:張全]

 最初は「労働改造を妨げるもの」として禁じられていた創作だが、その後はある程度認められるようになり、やがては収監者の行動規範を55枚分、「生き生きと」、「まじめに」、「獄中の実際の情況と結びつけて」描くことで、刑が軽減されたという。


同上、受刑者の行動規範をイラスト化したもの[撮影:張全]

 禁制品が並んだ一角には、実際に所有が禁じられた本として、『紅楼夢』や『シンドラーのリスト』などが並んでいた。村上春樹の小説を手書きで写したものなども没収されたという。
 このように、どの作品も、監獄の管理の厳しさや、収監者に求められる行動、および彼らのそこからの逸脱ぶりなど、普段触れられない情報とリンクしていて、興味深かった。もちろん、厳しい環境にあっても創作意欲を失わなかった作家の態度自体にも、豊富なメッセージが含まれていたことは、言を俟たない。

あいまいさへのこだわり

 出獄後の作品のうちのひとつは、身辺の白い色を集め、パントンの国際基準の色見本と照らし合わせてデータ化した『張玥の白色全書』だ。

同上、『張玥の白色全書』[撮影:張全]

 「潔白」、「明白」、黒と対置しての「白」など、疑いやあいまいさを許さない色の象徴としてよく使われる「白」だが、実際にはいろいろな「白」が身辺には溢れている。集めた色の数は目下、8,136色分に上るという。
 作品《無題》も興味深かった。観衆は各自、リスクの自己負担に関する誓約書にサインしたうえで、タイマーを設定し、音と光のさえぎられた部屋に自主的に閉じ込められる。入獄とはそもそも、自分の行為に起因するはずのものだが、その「入る」、「入らない」の基準はどこにあるのか、じつは時に、きわめてあいまいで恣意的なものではないか、と考えずにはいられない。
 作品のいくつかは、ウィットや寓意といった言葉ではくくりきれない、いたずらめいた冒険的行為によっても構成されていた。例えば監獄に7回通い、あれこれ話を聞いた張玥はやがて、ポルノ摘発部門に担当者の資格試験があることを知る。だが、その試験内容は画像や映像、文字に関するものだけで、「声」に関するものは皆無だ。そこで張玥は、ぜひ当局に採用して欲しいという「一方的な願い」を抱き、「声」の試験問題を作成する。冗談めいてはいるが、作品の一部である「音声」は、なかなかきわどい。とかくその売買が不当な拘束や処罰の口実とされやすい、「商品としての性」の基準を問うているという意味で、作品《高潮档案》は、今の日本においても十分に魅力的に違いない。
 このほか、国境を越えた問題を反映した作品には、インターネット上の検閲を巧みにかいくぐり、米国打倒を意図したソ連時代の極秘計画の文書を世界各地に電子メールで送りつけた《The Empire Plan》などもあった。
 こういったタイムリーで鋭敏な問題意識を感じる作品が並んでいるにも関わらず、いやだからこそ、企画をした崔燦燦(ツイ・ツァンツァン)による張玥作品の概括は、実にとらえどころのないものだった。その説明によれば、張玥は「無用」であることに偏執的なまでにこだわる作家であり、彼にとって芸術とはあるひとつの作品ではなく、「人と幻想、意志、行動、現実とが相互に作用するプロセス」なのだそうだ。

路地に出現する獄舎

 一方、より直接的かつ直観的に監獄の環境を再現していたのは、Arrow Factoryで行なわれた李岳陽(リー・ユエヤン)の「度」展だ。細い路地に直接面したガラス張りの狭い空間には、注意して見なければ展示準備中と思われてしまいそうなほど無造作に、ひとつのベッドが置かれていた。
 タイトルの「度」には計量の単位という意味以外に、「過ごす」という意味もある。李は8年半(求刑は13年)にわたる服役中に毎日繰り返し使ったベッドを、かつて服役をともにした友人とともに復元し、庶民の生活感が濃厚なエリアにあるこのスペースに展示したのだった。いや、「突如、さりげなく出現させた」と言った方がふさわしいかもしれない。

李岳陽《度》(2014)[撮影:張全]

 復元にあたっては、ベッドだけでなく、囚人服や使用していた生活用品なども忠実に再現された。もともと美術制作とは直接の関わりをもっていなかった李だが、アーティストの李景湖と同郷で幼馴染だったことから、その要請に応じて某アーティストの作品制作を手伝っているうちに、創作のインスピレーションを得たという。
 受刑者の単調な日常が痛々しいほど感じられる物が、ごく通常の庶民生活が営まれている路地に現われるというのは、本来なら背筋が凍りつくような現象だ。だが、「日常」のなかに何気なくはめ込まれた「非日常」は、その境界の「あいまいさ」ゆえに、付近の住民の多くに見落とされたに違いない。そしてまさに、その「あいまいさ」そのものが、これまた観る者の恐怖を増幅する。つまり作品《度》は、あいまいさが時に、それ自体でとてつもない表現力をもつということを証明していた。

 最後に断っておくと、張玥や李岳陽の作品、および展覧会は、いずれも政治的な主張や意図を掲げて展示されたものではなく、作者らが収監に至った経緯も、表現の自由と直接関係があったわけではない。また、監獄をテーマにした作品の制作も、艾未未が近年発表したいくつかの作品に代表されるように、中国においてはとくに新しい試みではない。
 だが先述のように、現在の中国の現代アート界において監獄は、どうしても無視できない存在だ。法的タブーや監禁という事象が、時代と逆行するかのように存在感を増すなかで、北京のアーティストたちはこれまで以上に注意深く、自分なりの自由を確保し、表現行為を続けねばならない。その結果、彼らが今後、外国メディアがステレオタイプ的に報じるような「不自由」で「抑圧された」存在、あるいは「自己規制の檻に囚われた」存在になるのか、あるいはこれまでにも増して、強靭で巧みな表現力を身につけていくのかは、気になるところだ。もっとも、現在のアーティストにはジャンルにこだわらない人が多く、また同様の課題は、映画、音楽、マスメディア、出版、学術関係などを含めた、表現と関わる領域全体で共有されているだけに、現代アート関係だけで単純に割り切って論じるのは難しいだろう。

「精神風景(Landscape of Mind)」展

会場:ARTMIA
会期:2014年9月20日〜12月21日
詳細:http://artmia.net/view/exhibitionDetails.ac?id=40

張玥(ジャン・ユエ)「不明真相(You Miss the Truth)」展

会場:楊画廊 Gallery Yang
会期:2014年10月18日〜2014年11月23日
詳細:http://www.galleryyang.com/enexhibitiondetails.aspx?id=54&url=enindex.aspx

李岳陽(リー・ユエヤン)「度(Time Spent)」展

会場:Arrow Factory(箭廠空間)
会期:2014年10月05日〜11月25日
詳細:http://www.arrowfactory.org.cn/?page=liyueyang

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