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ファッションブランドのアートコレクション──パリ、ヴェネツィア、ミラノ

木村浩之

2015年07月01日号

グッチ系

最もアート界に影響のある人物、フランソワ・アンリ・ピノー率いるケリング

 グッチ系とここでしたのは、より正確にはグッチを含む複数のブランドを傘下におさめるケリング(旧PPR)系のことだ。
 フランソワ・アンリ・ピノー率いるケリングはLVMH/アルノーと肩を並べる存在で、こちらはグッチ、ボッテガ・ヴェネタ、イヴ・サン=ローラン、ステラ・マッカートニー、アレキサンダー・マックイーン、バレンシアガ、セルジオ・ロッシ、プーマ等を傘下に置き、英老舗オークション会社クリスティーズの株主でもあるファッション業界最大手企業体だ。その創立者である父フランソワ・ピノー氏は資産額ではアルノーの半分程度だが、アート・レビュー誌の「最もアート界に影響のある人物」にてたびたび第1位とされている重鎮アート・コレクターだ。また2008年以来「高松宮殿下記念世界文化賞」の国際顧問にも就任している。

ヴェネツィアの2つの美術館《パラッツォ・グラッシ》《プンタ・デッラ・ドッガーナ》

 その彼のコレクションを展示しているスペースが、ヴェネツィアの《パラッツォ・グラッシ》と《プンタ・デッラ・ドッガーナ》だ。《パラッツォ・グラッシ》は2006年開館、そこから運河を渡りつつ徒歩でいける距離にある《プンタ・デッラ・ドッガーナ》は2009年にオープンしている。ともに既存の歴史的建築物を安藤忠雄による改修にて展示空間としたものだ。



《パラッツォ・グラッシ》(安藤忠雄改修設計)
カナル・グランデに面する《パラッツォ・グラッシ》(右)は、18世紀建造のクラシシスム様式の雄大なパラッツォで、カナルグランデ沿いのパラッツォとしては割と新しい部類に入る。ピノー所有となる以前から展示スペースとして用いられていた。フランソワ・アンリ・ピノーと女優サルマ・ハエックはここで結婚パーティを行なったという(2009)。

 1999年より、国際設計競技を経て安藤忠雄設計による美術館新築計画がパリ郊外にて進んでいた。しかし「実務上の遅れに耐えかね断念」した末に、ヴェネツィアに居を構える結末となった経緯がある。かなり建築計画が進んでからの決断だったようだが、代替地にフランス国外を選ぶとは、よほどの困難があったと察せられる。財団のため税金は問題ではないが大量の文化財をフランス国外に流出させてしまったということで、上記LVMHのアルノー氏のベルギー国籍スキャンダルと合わせてフランスにとっては政治問題に発展するスキャンダルだった。
 ちなみにルノー工場跡地であったそのセーヌ川中州の元の敷地は、2013年に行なわれた設計競技を経て坂茂案の 『シテ・ミュージカル』として生まれ変わることが決定している。
 ヴェネツィアで展示されているピノー財団コレクションにはジェフ・クーンズ、シグマー・ポルケ、シンディ・シャーマン、リチャード・プリンス、サイ・トゥオンブリー、トーマス・シュッテ、村上隆、杉本博司など、こちらもそうそうたる作品が含まれる。ディレクターは、パリのアートフェアFIACの元総合ディレクターであったマルティン・べトゥノー。



《プンタ・デッラ・ドッガーナ》(安藤忠雄改修設計)
ピノー・コレクションを収める《プンタ・デッラ・ドッガーナ》は手前の三角の建物だ。17世紀建造の建物はもともと税関だったもの。安藤忠雄のコンバージョンにより展示空間へと生まれ変わった。右はサンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会、奥のジュデッカ島にライトアップされているのはパッラーディオ設計のレデントーレ教会。
© Thomas Mayer



《プンタ・デッラ・ドッガーナ》現在の展示「Slip of the Tongue」展の展示風景
左手の方にアンドーコンクリートが見えるが、既存の建築を最大限に生かしたコンバージョンとなっている。
Nairy Baghramian, Slip of the Tongue, 2014
Courtesy Galerie Buchholz, Berlin/Cologne and kurimanzutto, Mexico
Installation view at Punta della Dogana 2015
Photo: © Fulvio Orsenigo

フィレンツェに現代アートをもたらした《グッチ美術館》

 グッチは、本社のあるフィレンツェにグッチ美術館を擁している。フィレンツェ・ルネサンスの雄大なパラッツォに居を構え、現代アート企画展部門だけでなく、グッチの歴史や技術を紹介・展示する部門の二本立てになったムゼオ(美術館・博物館)だ。2011年にビル・ヴィオラ展でオープンしたばかりの比較的新しいスペースだが、現代アート部門は基本的にピノー財団コレクションを中心とした展示となっており、現代アートがほぼ不在だったフィレンツェに大きなインパクトをもたらしている。
 ちなみに、2004年まで10年間グッチのクリエイティブ・ディレクターであったトム・フォードもアートコレクターとして知られている。彼が2010年にオークションに出したウォーホルの作品が3,200万米ドルで落札されて話題になったが、彼はほかにも複数のウォーホル作品を所有するほか、アレクサンダー・カルダーやエルズワース・ケリーなど、モダンアート作家の作品も持っているとされる。
 ケリング傘下の他ブランドでは、アレキサンダー・マックイーンによるダミアン・ハーストの骸骨柄のスカーフなどがある。

プラダ系



文化複合施設《プラダ財団 ミラノ》(OMA/レム・コールハース設計)
《プラダ財団》は、蒸留所だった一角の新築・改修によりなっている。既存部を生かしつつも、いわゆる保存対象の歴史的建造部ではないため、自由な改修を行なっている。奥の金色に塗られた建物もそういったものだ。「新しい、古い、水平、垂直、幅広い、狭い、白い、黒い、開かれた、閉じた」バラエティーに富んだ空間が提供されている。[筆者撮影]



展示手法においても、コンベンショナルな型をやぶるような試みがなされている。「イントロダクション」という展示では、もっとも狭い空間(階段室)にぎりぎり収まるバーネット・ニューマンの大きな作品を展示したり、あるいは別の部屋では、あたかも18世紀パリのサロン(官展)のように作品を隙間なく展示している。[筆者撮影]

 プラダは、2011年にヴェネツィアの歴史的建造物「カ・コルネール・デッラ・レジーナ」に財団の展示スペースを、2015年にはミラノにOMA/レム・コールハース設計による展示スペースをオープンしている。ミウッチャ・プラダは、既出の「トップコレクター」ランキングで15位以内に入っているコレクターだ。上記のLVMHとケリングでは、親会社の経営者がコレクターであったが、ミウッチャ・プラダは創業者一族かつデザイナーでありながらここまで上位にランクインできた点は特記に値しよう。資産額ではアルノー氏の1割程度にしかならないが、コレクションや展示ではデザイナーならではと思わせるものもある。
 コレクションとしては、ジェフ・クーンズ、トーマス・デマンド、マイケル・ハイザー、ダミアン・ハースト、ルイーズ・ブルジョワ、ブルース・ナウマン、ドナルド・ジャッドなどの作品を蔵している。スペース内には映画的インスタレーション・スペースがあるのが特徴で、ヴェネツィアには高名な映画評論家であるマルコ・ジュスティが手がけた部屋があり、ミラノには『ダージリン急行』や『グランド・ブダペスト・ホテル』などを手がけた映画監督ウェス・アンダーソンがデザインしたバーが併設されている。
 財団のアーティスティック・ディレクターはジェルマーノ・チェラント。元グッゲンハイム・ニューヨークのキュレーターである彼は「ファッション/アート」展(1996、フィレンツェ)をキュレーションしており、そこでミウッチャ・プラダとダミアン・ハーストをカップリングさせた人物だ。プラダとダミアン・ハーストのコラボレーションは2013年にドーハで行なわれたダミアン・ハースト個展での《ポップアップ・ジュースバー》という作品でも再度実現している。
 プラダは、1999年にヘルムート・ラング(現リンク・セオリー・ジャパン傘下)やジル・サンダー(現オンワード傘下)、フェンディ(現LVMH傘下)を買収し、グループブランド化していた。
 ヘルムート・ラングは上記の「アート/ファッション」展でジェニー・ホルツァーとコラボして以来、ショップデザインでのコラボというかたちで継続されている。
 「ジル・サンダー」のデザイナー(2005-2012)であり、自身の名を冠したブランドのほか、「クリスチャン・ディオール」(2012-)のデザイナーも務めるラフ・シモンズは、マイク・ケリーの作品を所有。マイク・ケリーと言えば、MoMA PS1での大回顧展や、グッゲンハイム、テート・モダンなどにもコレクションされている作家だ。

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