フォーカス

未来に向かって開かれた表現──山城知佳子《土の人》をめぐって

荒木夏実(森美術館キュレーター)

2016年09月15日号

スクリーンに映る他者の体験

 《土の人》では、穴に転げ落ちた男が別の次元の穴から這い出し、戦闘シーンを目撃する場面が出てくる。匍匐前進してくるベトコン兵のような人物、一瞬挿入される沖縄戦の記録映像。やがて男に追いついた他の人たちも、映画のスクリーンを見るような様子で「見物」に加わり、彼らの顔にもまた、映像の光が注がれる。驚き、恐怖、好奇心。人々の表情は様々だ。爆撃か花火か区別のつかない光と音が飛び交い、やがてダンス・ミュージックが流れるシーンとなって、クラブで踊る人たちの姿が浮かびあがる。



山城知佳子《土の人》 2016
© Chikako Yamashiro, Courtesy of Yumiko Chiba Associates

 すべてヒューマンビートボックス(ヒップホップの楽器の音を人の口や息だけで奏でる技法)によって作られたというノリの良いサウンドと、ドラマチックな映像は、エンターテイメントとしての要素が強く、戦争映画やゲーム、さらには1991年にテレビで大々的に放映された湾岸戦争の「花火のような」爆撃シーンを思い出させる。
 スクリーンを通して他者の戦争体験を目撃することを、山城は映像作品《あなたの声は私の喉を通った》(2009)の中で経験している。70代の男性から、目の前で自分の家族がサイパン島の崖から身投げしたという衝撃的な出来事を聞いた時、山城は戦争を経験した当事者とそうでない自分との越えがたい壁を感じて動揺する。★4「わからない」理由のひとつは、究極の場面を思い出す時、証言に空白の部分が生まれることであった。★5男性の言葉を書き起こし、その口の動きに合わせて山城自身が語りを真似るという行為を繰り返した末、空白部分で突如としてある光景が彼女の脳裏に浮かび上がる。それは、少年だった証言者の眼前で母親と姉が海に飛び降りる場面を、彼の背後から山城が目撃しているというヴィジョン幻影だった。その体験を山城は次のように語っている。


山城知佳子《あなたの声は私の喉を通った》 2009
© Chikako Yamashiro, Courtesy of Yumiko Chiba Associates

証言者の記憶の言葉が、私の脳裏に映像を映し出し、私のからだは一瞬スクリーン化し他者の記憶に染まった。私が見たのは証言者の体験そのものではなく、私が証言の言葉から作り出した想像の映像だった。その想像の映像は私にとっては、私の戦争体験となった。★6



 スクリーンという皮膜を通してようやくその一端を想像することができる他者の体験。その理解の不可能性と距離を受け入れつつ、それでも記憶を共有しようと努めることで、新たに映し出される映像が自分自身の「体験」となる。それは痛みと困難を伴う行為だが、他者を知るとはそういうことではないだろうか。実際、山城はこの男性の声を「飲み込んだ」後、身体の中に声が住みつき、とうとう肉まで付いてしまい、それを吐き出したいという思いもあって《肉屋の女》を制作したと語っている。★7自他の境界を超えて、いささか危険な領域にまで踏み込んでしまう山城の体当たりの行為は、誰にでも真似できることではないが、安易な共感や同情で溢れかえっている現代社会において、真摯に他者に向き合おうとする彼女の姿勢は貴重だ。
 「戦争反対」「平和を守ろう」というような使い尽くされた言葉が真意を失い、単なるお題目と化すリスクがある一方で、「わからない」「共感できない」という率直な現実からスタートすることによって、かえって綺麗事ではない他者理解と共生の可能性が見えてくるのではないだろうか。

境界を超える力


 《土の人》にはこれまでの山城の作品に通底するテーマが存在することは明らかだが、同時に、大きな変化(というより進化と呼ぶ方がふさわしいかもしれない)を感じさせる作品であることも確かである。その理由として、彼女が最近商業映画やドキュメンタリーの手法を意識的に学んだことの影響は大きいだろう。将来本格的な劇場用の映画の制作に挑戦したいと語る山城は、沖縄の観光プロモーションビデオの制作など、自身のオリジナル作品とは全く異なる仕事にこの2年ほど携わっていたという。その経験が、深刻なテーマに言及しながらもエンターテイメント性を備え、より広い層のオーディエンスに訴えかける強さをもつ表現に生かされたのだと思う。
 このような彼女の潔い姿勢を筆者は賞賛したい。いわゆる「現代美術」の世界で活動するアーティストたちが、商業的、大衆的アプローチを殊更に嫌い、表現の範囲を狭めてしまうケースは少なくない。評論家やキュレーターの「マイナー志向」もまたこの傾向に拍車をかけているだろう。小さなサークルの枠内でのみ評価される「美術内美術」から脱するためにも、アーティストには飛躍をめざしてなりふり構わずあらゆる手段を試す勇気を持ってほしい。


 《土の人》のクライマックスは、満開の百合畑で無数の人の手が空へと伸び、拍手の音が高らかに響く劇的なシーンである。それは土の人の覚醒を祝う場面であると同時に、死者との交歓を示唆している。山城はこれまでにも《OKINAWA墓庭クラブ》(2004)や「墓庭」シリーズ(2005-2007)において、沖縄式の墓を舞台にパフォーマンスを行なっている。山城が墓の前で踊り続ける姿を映した《墓庭クラブ》について彼女は「死というものを強烈に感じているからこそ、その前で強烈に生きたかったんです」★8と述べている。


左:山城知佳子《OKINAWA墓庭クラブ》 2004 右:山城知佳子「墓庭」シリーズ 2005-2007
© Chikako Yamashiro, Courtesy of Yumiko Chiba Associates

 強い太陽の光と青い空の下で百合の花々が揺れる世界は、もはやこの世とあの世の区別もつかない場所だ。死者も生者も一緒になって生命讃歌を歌っているように筆者には見えた。戦争や虐殺の犠牲者の魂も漂っているかもしれない。しかし、強烈な死と強烈な生が混じり合い、圧倒的な肯定感が醸し出されている。他者の経験を理解することは叶わないけれど、それでもそこに許しと希望があるように思えてくる。
 沖縄から出発して済州島とつながり、自己と他者、生者と死者の境界すら超えて、あらゆる手法を試しながら作品を開いていく山城の決然とした態度に、未来へと向かう可能性を強く感じた。



山城知佳子《土の人》 2016
© Chikako Yamashiro, Courtesy of Yumiko Chiba Associates

★4──「山城知佳子 自作を語る」『循環する世界:山城知佳子の芸術』(ユミコチバアソシエイツ、2016)p.69
★5──《あなたの声は私の喉を通った》(2009年)に関する山城知佳子の文章(2015年4月8日)
★6──同上
★7──レクチャー「ル・ラボ vol.12」
★8──「山城知佳子 自作を語る」『循環する世界:山城知佳子の芸術』p.47

あいちトリエンナーレ2016

会期:2016年8月11日(木・祝)- 10月23日(日)
会場:旧明治屋栄ビル(栄会場)
名古屋市中区栄3-2-9

山城知佳子 個展「創造の発端─アブダクション / 子供─」

2016年に制作発表された「創造の発端─アブダクション / 子供─」は、ダンサー川口隆夫が大野一雄の舞踏作品を完全コピーして再現するプロセスを山城知佳子が記録した映像作品。本編と関連する映像作品や写真作品も公開されます。

会期:2016年9月9日(金)〜 10月15日(土)(休廊:日曜日・月曜日・祝日)
会場:Yumiko Chiba Associates viewing room shinjuku
東京都新宿区西新宿 4-32-6 パークグレース新宿#206 / Tel. 03-6276-6731

フォーカス /relation/e_00036099.json l 10126987
  • 未来に向かって開かれた表現──山城知佳子《土の人》をめぐって