フォーカス

過去と現代社会が写し出す不透明な未来。ニューヨーク秋季話題の写真展から。

梁瀬薫

2016年10月01日号

 ニューヨークのアートシーズンが開幕し、画廊や主要な美術館の力の入った企画展が次々にオープンしている。今シーズンは、これまでとまったく異なるビジョンの写真展から提示されるビジュアル・ヴォイス──とらえられた瞬間の心像に秘められたストーリーやメッセージ──を聴いてみたい。

「パブリック、プライベート、シークレット」展
PUBLIC, PRIVATE, SECRET

国際写真美術館(ICP Museum)
2016年6月23日〜2017年1月8日
http://www.publicprivatesecret.org


展示風景[筆者撮影]

 1974年にコーネル・キャパによって設立されたICP写真美術館が、オフィス街のミッドタウンから、ニューミュージアムもあるローワーイーストサイドに移転。最先端アートタウンに舞台を移してからの初企画展が話題を集めた。キュレーションを手がけたシャルロット・コットンのコンセプトは、現代の視覚的文化におけるプライバシーの探求。ソーシャルネットワークという公共の場において「自己=セルフアイデンティティ」はどう認識されていくのか、というタイムリーな問いに挑戦する。歴史的な写真から、現代作家シンディー・シャーマン、ナン・ゴールディン、アンディー・ウォーホル、そして少数思考派の政治とテクノロジーを研究する大学教授で美術家のザック・ブラス、パフォーマンスとマルチメディア作品で注目されている黒人女性作家マーティン・シムズなど先鋭若手作家を含む、およそ50名のバラエティー溢れるアーティストが選ばれ、約150点の作品が3つの展示室に披露された。


Natalie Bookchin, “My Meds from Testament, 2009-16”

 展示は、まず鏡貼りの壁に設置されたナタリー・ブックシンのビデオ作品《Testament(証)》(2009-2016)から始まる。オンラインのビデオダイアリーから集めてきた膨大なクリップだ。個人のプライベートな内容をオンラインの日記に投稿することで、ネットワーク上に自己が拡散し、シークレットが公開される。
 オンラインは本展の重要なキーワードとなっているが、ほかにもマーティン・シムズのビデオ作品《Lesson I-LXVIII(レッスン1-68)》は、オンラインビデオやブログ、ホームビデオ、ウェブカメラ、監視カメラ、広告などあらゆる媒体から取った黒人を中心にした映像の編集だ。クリップ一つひとつは日々繰り返される些細なストーリーのようだが、まるで終わりのない映像は見ていくほどに黒人の存在感が増していく。工業化されたアメリカ文化のなかで、彼らは膨大な声を発しているのだ。反対にシェリー・シルバーのビデオ作品《What I’m looking for(私は何を探しているのか)》(2004)はゆっくりと人物が撮影され、画面は細部に迫っていく。人には知られたくないような自己の欲望をとらえた。
 本展では多くの作品が無限大に広がるイメージから、対応しきれないほどのメッセージを抽出していることは確かだ。まさに多様化し、不透明ないまの時代を象徴するようだ。そのなかでも、歴史的なイメージを再構築する作品や映画で知られるブラジル現代美術作家ヴィック・ムニーズの《Frederick Douglass(フレデリック・ダグラス)》は特に印象に残った。奴隷として生まれたフレデリック・ダグラスは、奴隷制度廃止運動家、政治家、新聞社主宰として、19世紀アメリカで最も重要なアフリカ系アメリカ人で、アメリカ人なら誰もが一度は目にしたことのある強靭な人物だ。しかしこの作品では、よく知られる彼のイメージは崩れ、まるで液体のように展示空間に漂う。真実や本質、社会におけるイデオロギーでさえ歪んでしまう。

 「私たちの時代における、真実の美というのは、自己の持つイメージがいかに社会と結びつけられているかにかかっている」──シャルロット・コットン


Marc garange,r “Femmes Algeriennes, 1960”, International Center of Photograph
Gelatin silver prints [printed 2016]
Gift of the artist


展示風景 Photo by Jacques De Melo

ザ・ウーマンズ・リスト:50ポートレートとフィルムプロジェクション
ティモシー・グリーンフィールド・サンダース写真展
TIMOTHY GREENFIELD-SANDERS: The Women’s List
50 Portraits & Film Projection

フィッシャー・ランドウ・センター・フォー・アート(Fisher Landau Center for Art)
2016年6月16日〜11月28日

 大型のポラロイド写真のポートレート作品や《ルー・リード、ロックンハート》などのドキュメンタリーフィルムで知られるティモシー・グリーンフィールド・サンダース(1952-)の写真展「ザ・ウーマンズ・リスト」がタイムアウトやヴォイスなど地元紙に評価され、今季の話題展のひとつとなっている。サンダースは80年代からアメリカ大統領、ハリウッド俳優、スポーツ選手、アーティスト、実業家、ファッションモデルまで、あらゆる分野におけるセレブというセレブを撮影し続けている。近年の「ポートレート・リスト」のシリーズでも、ストレートな肖像写真のスタイルを貫いている。シリーズには「ブラック・リスト」「ラティーノ・リスト」「ブーマー・リスト」があり、被写体はカテゴライズされていく。今回開催された展覧会「ウーマンズ・リスト」もシリーズの一貫だ。
 1階のギャラリー空間の壁には、すべて同じサイズの白黒写真、同じサイズのカラー写真が整然と並べられた。フィルムも投影されている。ギャラリーに入るとすぐに、1994年に撮影された、当時ファーストレディーだったヒラリー・クリントン、次にオバマ大統領夫人、最高裁判事ソニア・ソトメイヤーと続く。それから俳優、ミュージシャン、川久保玲を含むファッション・デザイナー、弁護士、実業家、片腕のない女性兵士、テニスプレイヤーのセリーナ・ウィリアムズ、黒人女性パイロットのニナ・ワードローなどなど、セレブ女性が勢ぞろいしている。社会で成功した強者たちもいる。
 サンダースの「リスト」においては、無名の女性でも、彼のスタジオで撮影されることで、誰もがスタイリッシュで文句なしに威厳あるセレブとして映し出される。つまりここでは、プライベートや人間性、感情は隠され、社会におけるアイデンティティのみが証明される。著名黒人作家のトニ・モリソンは「才能と情熱と強い知性なしでは、女性のモダニティと公平はありえない」と断言し、どの女性も、その肩書きにかかわらず、強い眼差しをレンズに向け、あるいはしぐさにより、十二分に自己を主張している。過去や明日ではなく、‘そのときのひと’としてフリーズされる。ITテクノロジーや最新の技法を駆使してもこの女性たちの表情はつくり出せない。


Timothy Greenfield-Sanders: The Women’s List
Installation view at Fisher Landau Center for Artr


展示風景[筆者撮影]

ダイアン・アーバス:イン・ザ・ビギニング(始まり)
Diane Arbus: In the Beginning

メトロポリタン美術館 ザ・メット・ブロイヤー分館
2016年7月12日〜11月27日
http://www.metmuseum.org/exhibitions/listings/2016/diane-arbus


展示風景[筆者撮影]

 メトロポリタン美術館の新しい分館としてマディソン・アベニューと75丁目にオープンした「ザ・メット・ブロイヤー」は、建築家マルセル・ブロイヤーの名に由来する、旧ホイットニー美術館だったモダンな建物だ。本展「ダイアン・アーバス:イン・ザ・ビギニング」はニューヨークの写真家アーバス(1923-1971)の初期、1956年から62年にスポットを当てた、約100点に及ぶ作品群で構成された。これまでに一度も展示されなかった貴重な作品が3分の2以上含まれている。これらは1971年にアーバスが48歳で両手首を切って自殺した後に、家族により発見されたもの。2007年に2人の娘からメトロポリタン美術館に寄贈され、収蔵作品として保存されてきた。
 ダイアン・アーバスといえばフリークス(他者と肉体や精神的に異なる者、性的障害者など)をとらえた作品で知られているが、初期の作品にもドラッグクイーンや、ホームレス、ワックス美術館の殺人現場、サーカス芸人、エキセントリックな子ども、カップル、老人など、都市の暗い部分がとらえられている。18歳のとき、写真家であり俳優だったアラン・アーバスと結婚して写真スタジオをオープン。ファッションと広告写真を専門とし、『ハーパー・バザール』誌や『エスクアイヤー』誌からの仕事を受けた。ファッションモデルや俳優など華麗な世界とは裏腹に、彼女は普通の写真家が撮らないダークサイドに関心を寄せた。虚構の華やかな世界ではなく、社会に潜む奇異な人間の存在や、衝動、欲望を現実として、レンズを通して見ていたのだ。当時アメリカ写真界をリードしていたゲイリー・ウィノグランド、リー・フリードランダーのようなストリート・フォトに現われる人物とはまた異なり、アーバスの被写体は正面を向き、ありのままをさらけ出している。写真にとらえられたシーンは永久に静止したままだが、そこにあるストーリーに鑑賞者は時空を超えて耳を傾けている。

 「写真は秘密(シークレット)における秘密。わからないほど、写真がもっと多くを語ってくれる」──ダイアン・アーバス


左:Jack Dracula at a bar, New London, Conn. 1961
右:Female impersonator holding long gloves, Hempstead, L.I. 1959
© The Estate of Diane Arbus, LLC. All Rights Reserved


Taxicab driver at the wheel with two passengers, N.Y.C. 1956
© The Estate of Diane Arbus, LLC. All Rights Reserved


左:Elderly woman whispering to her dinner partner, Grand Opera Ball, N.Y.C. 1959
右:Boy stepping off the curb, N.Y.C. 1957-58
© The Estate of Diane Arbus, LLC. All Rights Reserved

ニューヨーク、今シーズンのおすすめ展覧会

サイモン・スターリング:トワイライト/逢魔が時に(W.B. イェイツ以後、能の円環)
Simon Starling: At Twilight (After W. B. Yeats’ Noh Reincarnation)

会場:ジャパン・ソサエティー美術館
会期:2016年10月14日〜2017年1月15日
http://www.japansociety.org/page/programs/gallery/simon-starling-at-twilight

 2005年にターナー賞を受賞した、イギリス出身(1967-)のサイモン・スターリングの個展。日本の古典芸能である能の影響を現代の視点からとらえる。
 アイルランドの詩人ウィリアム・バトラー・イェイツが能に影響を受けて書き下ろした舞踏劇「鷹の井戸」(1916)の再現を試みている。スターリングはアイルランドの民話との共通点を見いだし、異文化の出会いや融合、歴史を自身の創作も入れて展開する。能が、時空を超えて過去と現在、異界と現実をつなぐ。その様式と、ストーリーに注目。


Simon Starling, At the Hawk's Well (Grayscale), 2014. Masks by Yasuo Miichi; Costumes by Kumi Sakurai/Atelier Hinode
Installation view at Yokohama Triennial 2014; Courtesy of the artist and The Modern Institute/Toby Webster Ltd., Glasgow


Simon Starling, Project for a Masquerade (Hiroshima), 2010 - 2011. Made in collaboration with Yasuo Miichi, Osaka;
Installation view at Kunsthal Charlottenborg, Copenhagen;
Photo by Anders Sune Berg; Courtesy of the artist and The Modern Institute/Toby Webster Ltd., Glasgow

ピピロッティ・リスト:ピクセル・フォレスト
Pipilotti Rist: Pixel Forest

会場:ニューミュージアム
会期:2016年8月26日〜2017年1月8日
http://www.newmuseum.org/exhibitions/view/pipilotti-rist-pixel-forest

 1962年スイス出身。鮮明なカラーと軽快なタッチで自由なスタイルでのインスタレーションでも知られているヴィデオ作家。ファンタジー溢れるピュアな世界に現実的な残酷性を秘める不思議な世界を創造している。「ピクセル・フォレスト」はタイトルどおり映像がつくり上げる「森」で、体感型の巨大なインスタレーションとなる。ニューヨークでは初めての大規模な個展となる。


Pipilotti Rist, Gnade Donau Gnade (Mercy Danube Mercy), 2013/15.
Installation view: “Komm Schatz, wir stellen die Medien um & fangen nochmals von vorne an,” Kunsthalle Krems, Austria,
2015. Courtesy the artist, Hauser & Wirth, and Luhring Augustine. Photo: Lisa Rastl

マリリン・ミンター:プリティー、ダーティー
Marilyn Minter:Pretty / Dirty

会場:ブルックリン美術館
会期:2016年11月4日〜2017年4月2日
https://www.brooklynmuseum.org/exhibitions/marilyn_minter_pretty_dirty

 マリリン・ミンター(1948年ルイジアナ出身。ニューヨーク在住)は超写実的な絵画や生々しいビデオ、大げさなまでに光沢のあるカラー写真などの、ポップで、しかも衝撃的なイメージで知られている。「フェミニン・グロテスク」と自らが定義する作品群は、ポルノやファッション、広告イメージを駆使し、現代社会における高度消費システムの欲望、官能、肉体、不安を、現実と非現実との境界線上に探求してきた。今展「プリティー、ダーティー」は1969年からの作品も含まれる大規模な展示となる。デンバー現代美術館、ヒューストン現代美術館との共同企画。


Marilyn Minter, Blue Poles, 2007 Enamel on metal (60x72 in) Private collection, Switzerland

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