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セレンディピティが解く地域社会の課題
──ソーシャルアートの人材育成

石川琢也(エデュケーター)

2017年03月01日号

 九州大学ソーシャルアートラボ(以下、SAL)が2016年度に実施している、福岡市と八女市をつなぐアートプロジェクト「FUKUOKA × YAME REMIX」。本プログラムは、「地域づくりとアート実践プログラム」という人材育成の枠組みで八女市をリサーチし、プロジェクト設計を経て行なわれているものである。ここではソーシャルアートの方法論で学んだ人たちが、これからの社会で活躍する可能性について、ほかの事例も踏まえながら考察したい。


FUKUOKA × YAME REMIX「八女の大名茶会」から。会場のひとつ松楠居での準備の様子
撮影:長野聡史


SALが試みるプラクティカルな人材育成プログラム

 SALが発行しているパンフレットのなかで、ソーシャルアートとは「社会の課題にコミットし、人間どうしの新しいつながりを生み出す芸術実践」または、「科学と理性だけでは解決困難な社会的課題に対して、アートを用いて解決へと導く方法」と定義されている。
 今日における地域の社会的課題は人口減少・少子高齢化問題から派生している。全国のどこでもいい、自治体のウェブサイトを開いて、総合計画のPDFを覗いてみてほしい。そこではおよそどの地域にも「コミュニティの活性化」もしくは「にぎわい」という字面が散りばめられている。その言葉の裏側には未来の地域社会に対する圧倒的なヴィジョンの欠如、そして「減少」という言葉をネガティブな印象でしか語れないことから自治体が膠着状態を起こしていることを感じ取ることができる。よくある「まちおこし」や「地域おこし」にアートを組み入れようとする姿勢は、藁にもすがる思いのなかで、未知の異物による化学反応が起きることへの期待の表れともいえる。


八女の大名茶会のトーク「茶をかたる(3)」。星野製茶園の山口真也さん(写真左)、 日本茶専門の茶房「万(yorozu) を営む徳淵卓さん(写真中央)。作曲家で八女の大名茶会をディレクションした藤枝守さん(写真右)
撮影:長野聡史


 今回のSALの舞台となった八女は茶の産地として有名であり、八女伝統本玉露は神戸ビーフや夕張メロンなどと同様、地理的表示保護制度(GI)で国がお墨付きをあたえるブランドである。そのブランド地域のいずこでも生産者は、担い手不足に悩まされている。では、八女の社会的課題は人口問題であると定義し、「八女の茶の担い手を増やす」ことを解決策として設定すればいいのだろうか。そうであれば、社会起業を推進する木下斉が提唱する「稼ぐまち」★1を作るためのマーケティングと経営手法を学び、実践していくアプローチもひとつの回答のように思える。だが市場の原理だけが、地域の課題を解決する方策のすべてではない。住民が半分になることを想定して暮らす人たちの「満足」について考えること、土地にある歴史・風土・文化・デザインを浮き上がらせ、いまに循環させるアプローチ、「所有する」ことを考え直すなど、生活の営みは市場の原理以外なところで複雑に存在する。


八女の大名茶会「月読の夜想茶会」。笙、箏、ガムランの響きのなかで舞う澤田理恵さん
撮影:長野聡史


セレンディピティが生まれる場をつくる

 このような社会的課題に対して、SALのような地域とアートにまつわる人材育成の枠組みはどのような可能性を持つのだろうか。SALのプログラム参加者は20名ほどで、その多くがアートマネジメントを目指す学生や社会人が多い。参加者のひとりである八女市矢部村の茶農家に生まれた原島春花さんは、一年前の25歳のときに実家に戻り、家業を今後どうしていくかを家族と話し合うなかで、このプロジェクトをネットで知り、参加を決めた。アートやデザインのバックグラウンドがほとんどない彼女ではあったが、年間のプロジェクトを通して、茶の持つ表現の幅広さに驚いたと語る。茶の生産者や茶の専門家との対話、茶の葉の電位変化のデータをメロディックなパターンに置き換えて演奏するなど、知識と味覚だけではない、まさにREMIXの言葉が持つ、茶の多様なサンプリングのアプローチを学んだといえる。
 プログラムを通じて原島さんに起きたのは、茶に関するセレンディピティだといえるだろう。ここでのセレンディピティとは、その人自身の中にある関心領域が、偶発的な出来事によって、多様な知識がさまざまなかたちで結びつき、その領域を拡大させることだ。今後、原島さんは茶にまつわる知識(方法)の多様性を得て、八女の茶をどのようにサンプリングしていくのか。それは故郷である小豆島の醤油の魅力を伝える醤油ソムリエの黒島慶子★2のような活躍かもしれないし、『平成の市町村大合併』の反対を期に、山梨県一宮町出身のメンバーが、ヒップホップを駆使しながら映像や音楽に縦横無尽に活躍するstillichimiyaのような動きかもしれない。


八女の大名茶会、松楠居で行なわれた『十六夜の夜想茶会』の一幕「夜想の茶事」。茶人の徳淵卓さん(写真中央)
撮影:長野聡史


地域でハブの役割を担う

 また当事者として活躍するほかに、そうした人物をつなぐハブとして動く役割も重要である。その例として、自身が所属する山口情報芸術センター[YCAM]地域開発ラボの取り組みを紹介したい。2014年に開催した「MEDIA/ART KITCHEN YAMAGUCHI──地域に潜るアジア:参加するオープンラボラトリー」★3で、東南アジアのアーティストたちによる山口の中山間地域のリサーチを行なった。山口市阿東町では、「イセヒカリ」の原種を保存する栽培者であり、農業試験場の研究員としてのキャリアも持つ吉松敬祐さんと、インドネシアでニュー・メディアアート・ラボ「HONF」を立ち上げ、アーティスト、科学者、ハッカー、活動家と幅広く活動をするヴェンザ・クリストさんとの対談の場を設けた。農業のみならず、光学や化学、地域の歴史などクリストさんと吉松さんの関心領域は非常に近く、本人も周囲も驚くほど二人は意気投合した。ここで起こったセレンディピティが展覧会のひとつの流れを生み、本年度YCAMが協力している阿東の竹で作る自転車「バンブーバイク」プロジェクトにもつながっていった。ハブとして動く役割に求められるのは資源発見のデザイン手法、マーケティングの知識に加えて、余白のあるマネジメントのデザインなのではないだろうか。


左:ヴェンザ・クリストさんと吉松敬祐さん 右:「MEDIA/ART KITCHEN YAMAGUCHI──地域に潜るアジア:参加するオープンラボラトリー」(山口情報芸術センター、2015?)
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]


 その意味で、地域おこし協力隊の設計は、いま一度、問い直されてもよい。さまざまなケースがあるにしろ、縁もゆかりもない地域に飛び込み、3年間を場当たり的に動くのはあまりに効率が悪い。協力隊と地域との間にセレンディピティが生まれ、地域にある素材をサンプリングし、新しい職能を発明していく人物が生まれるのを積極的に目指してもよいのではないか。行政担当者がハブとしての役割を担うのが難しいのであれば、SALのようなアートマネジメントを学び、経験した人たちが、新しいカタチのキュレーターとしてその役割を担うこともあってよいだろう。


 またソーシャルアートに関わらず、地域で開催されるハッカソン、ワークショップには二つの傾向がある。ひとつは対象地域における専門性をもった協力者が存在すること。もうひとつは実施期間が数日ではなく、数カ月〜数年と伸びていることである。例えば、Google のイノベーション東北と情報科学芸術大学院大学(IAMAS)が2016年に岩手県遠野市で開催した「Field Hack TONO」では地元パートナーと都市圏のエンジニアとデザイナーが約1カ月かけて起業も視野に入れたサービスや仕組みのプロトタイプの設計を行なった。ここでは、地域のパートナーとなるべき人物・資源のリサーチを先行して行なっていたNext Commons Labの存在が大きい。
 また「未来につなぐ ふくい魅える化プロジェクト」では、広義のデザインで地域の再構築を目指す「XSCHOOL」が、約3ヶ月をかけてリサーチとディスカッションを重ね、プロトタイプの発表まで進めている。


「Field Hack TONO」に参加したチームのひとつ「HUMULUPU」。ホップの一大産地である遠野でのフィールドワークをもとに、消費者(ビールファン)・醸造家・ホップ農家をつなぐビアログアプリを考案した。
© Google


 上記の二つの事例はデザインに分類される取り組みではあるが、ソーシャルアートにおいても、地域おこし協力隊を仕掛ける人たちにおいても、プロジェクトの進行には同じようなプロセスを踏まえていくことになるだろう。そこでハブとして活躍するのは、SALのような現場での学びのプロセスを得て、アートやデザイン、マーケティングを軽やかに横断する人たちなのではないだろうか。


★1──『稼ぐまちが地方を変える─誰も言わなかった10の鉄則』(NHK出版、2015)
★2──『小豆島物語』「醤油ソムリエ 黒島慶子さんの物語り」https://shodoshimamonogatari.com/human/kuroshima.html
★3 ──artscape学芸員レポート:「MEDIA/ART KITCHEN YAMAGUCHI──地域に潜るアジア:参加するオープンラボラトリー」阿部一直 /井高久美子 /渡邉朋也(山口情報芸術センター[YCAM])2014年10月01日号http://artscape.jp/report/curator/10103311_1634.html

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アートから生まれる社会:九州大学ソーシャルアートラボ「FUKUOKA×YAME REMIX」を探る|中村美亜(九州大学ソーシャルアートラボ)/長津結一郎(九州大学ソーシャルアートラボ)/artscape編集部 2017年02月01日号

FUKUOKA × YAME REMIX 八女の大名茶会

会期:2017年2月4日(土)〜2月12日(日)
企画・制作: 九州大学ソーシャルアートラボ、「地域づくりとアート」実践プログラム受講生、九州大学ホールマネジメントエンジニア(HME)育成プログラム受講生
会場:松楠居、エンジョイスペース大名、八女本舗(いずれも福岡市中央区)

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