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美術館をふと戻って来れる場所に
──ジュニア向け鑑賞ガイドの舞台裏

藤吉祐子(国立国際美術館 学芸課 主任研究員)/小林英治(編集者・ライター)

2018年07月15日号

美術館でときどき目にする、ジュニア向けの作品鑑賞補助ツール。子どもたちが美術館を訪れ、鑑賞体験をより深めるための問いかけや作品解説が掲載されていることが多いこういった美術館発行の印刷物のなかで、国立国際美術館が昨年発行した『アクティヴィティ・ブック』は少し異なるアプローチを取っている。「みる・記録する対象は、美術館や作品以外のものでもよいです」(p.1「『アクティヴィティ・ブック』の紹介と使い方」)、「『今のわたし』が美術館に対して持っている印象をマークしよう」(p.2「『今のわたし』と美術館」)──など、掲載されているのは作品や美術館全体を自然体で捉え直す30のアクティヴィティ。こういったガイドの制作背景を糸口に、美術館を訪れる子どもたちを日々受け入れる美術館の教育普及活動の現場について、国立国際美術館 学芸課 主任研究員・藤吉祐子さんにお話を伺った。[聞き手・構成:小林英治(編集者・ライター)]

現在国立国際美術館が配布している鑑賞補助ツール『アクティヴィティ・ブック』(手前)と『ジュニア・セルフガイド』(奥)。このほかにも『アクティヴィティ・シート』、コレクション展鑑賞用『ジュニア・セルフガイド』が配布されている

スクール・プログラムと『アクティヴィティ・ブック』

───近年は美術館に行くとジュニア向けの鑑賞補助ツールをよく見かけるようになりましたが、国立国際美術館では、企画展に合わせて制作されるものとは別に、『アクティヴィティ・ブック』というツールがあると伺いました。それはどのような経緯で制作されたのでしょうか。

藤吉祐子(国立国際美術館 学芸課 主任研究員)──『アクティヴィティ・ブック』は2017年度から配布していますが、2015年の『アクティヴィティ・シート』の制作がひとつのきっかけとなっています。制作した経緯としてはいくつかありました。「コレクション」展の作品を紹介する『ジュニア・セルフガイド』を制作していますが、取り上げられている作品はじっくり鑑賞できても、観察していると、そのシートのなかで推奨している見方(まずはじっくり観察→質問などに答えることをきっかけにさらに見る→作品情報に触れたうえでさらに見る[※情報は提供している場合とない場合あり])をほかの作品の鑑賞時に適用できてはいないこと。つまり、作品鑑賞が数点に限られてしまっていること。嬉しいことに学校団体の来館が増えてきて、数点の作品しか取り上げていない『ジュニア・セルフガイド』を約100人単位で来館されることが多い小学校に配布することは、いくつかの作品の前に多くの子どもたちが集中してしまう点から厳しくなってきていたということ。また、個人向けに開催している鑑賞ツアー ★1 で必要に応じて取り入れているアクティヴィティをツアーに参加しない子どもたちにも楽しんでもらえないか、こんな作品鑑賞の楽しみ方もあるよ、と作品との仲良くなり方の提案ができないかと思ったこと。
こういったことから制作した、どの作品にも使うことができる『アクティヴィティ・シート』が現場から非常に好評で、かつ、鑑賞体験にも効果的に働いていたので、作品と向き合うきっかけとなるアクティヴィティの種類を増やすとともに、見る、楽しむ対象を広げ、また、主に学校団体を対象に配布していますので、美術館での活動を学校から切り離して考えることなく、美術館の来館前と来館後の活動にもつなげられるような内容を考えたいと思いました。

★1───「こどもびじゅつあー」として、小学1〜4年生と小学5年生〜中学3年生を対象に、主にコレクション展で定期的に開催されている。http://www.nmao.go.jp/study/tour.html

───それぞれのアクティヴィティは、「にたものさがし」「賞状づくり」「とことんスケッチ」など、どの作品でも対応できるようになっているのが特徴です。

藤吉──先にお話ししたようなことから、どの作品にでも向き合い、見ることができるという点が、アクティヴィティを考えるうえで重要でした。しかし、作品とそれなりの時間対峙するというのはなかなか容易なことではありません。多くの子どもたちに接していると、図工・美術が好きな子は、モチーフにはじまり、作品の素材・技法に感心したりなど、展示作品にも興味を持ち、作品の前で立ち止まり眺めている場合が多いです。一方で、図工・美術が好きでもなく、美術作品に親しんだ経験もなく、美術館自体が初めてな子どもたちがいます。その子たちにどのようにすれば作品の前で足を止めてもらい、少しでも見てやろう、見てみたいと思ってもらえるのか。特に、「自分は作品なんて味わえない、好きでもない」という子どもたちに、彼らの眼差しを少しでも作品に向けてもらうためには、好き嫌いの感情を抜きにした、ひとつの対象物として「観察」してもらうこと、いつの間にか長く、細かく見てしまったという状況をつくり出す必要があると考えました。

『アクティヴィティ・シート』。デザインを手がけたのは後藤哲也氏

───子どもたちが実際にどのアクティヴィティをするかは、どのように決めているのでしょうか。

藤吉──学校による事前下見の際に引率の先生と打ち合わせをします。来館目的、来館形態、対象学年、子どもたちの実態、現在取り組んでいる図工・美術の授業内容、滞在時間など、それらすべてを考慮に入れて、美術館での活動内容を決めていくなかで、鑑賞補助ツールを使う場合には、『アクティヴィティ・シート』にするのか『アクティヴィティ・ブック』にするのか、またそれぞれどのアクティヴィティに取り組むのか決定します。
どの子でもいずれかのアクティヴィティを通して、1点でもいいので、時間をかけて作品を見ることにつながればいいと考えていますが、学校にとっては、学校教育の観点から、その活動を通して身につく力が重要ですので、それぞれのアクティヴィティのより細かな使い方と目標を説明した先生用の簡単なガイドも配っています。

───当初は少なかった団体の申し込みが増えてきたというのは、何か理由がありますか?

藤吉──当館は、1977年に万博記念公園(大阪府吹田市)に開館し、2004年に現在の大阪市・中之島に移転しました。私はその時点で教育普及専任として採用されたのですが、学校団体対応はほぼ実施されておらず、小学校の研究会などに働きかけることから始めましたが、来館校数が増えるきっかけとなったのは、2007年に制作した『スクールプログラム・ガイド』という先生向けの美術館活用ガイドの配布です。そして、2008年(平成20年度)の学習指導要領の改訂も大きな一因かと思います。

───30あるアクティヴィティのなかで、美術館に来てから取り組むワーク以外にも、来館前に取り組む「『今のわたし』と美術館」と、学校に帰ってから取り組む「美術館での発見/体験」という二つの項目も、重視されています。

『アクティヴィティ・シート』を元にアップデートを加えた、現在配布されている『アクティヴィティ・ブック』。一番最初のアクティヴィティ「『今のわたし』と美術館」は、「今のわたし」が持っている美術館への印象をレーダーチャートにマークするというもの。作品に贈る賞状をつくる「賞状づくり」や、展覧会を企画する側の視点で考える「展覧会のポスター案」、館内の作品以外のものに着目する「ピクトグラムかんさつ」「サウンドマップ」、働く人たちを観察する「お仕事はっけん」など、美術館を訪れる体験全体を観察の対象とした、バラエティに富んだアクティヴィティが一冊のなかに詰まっている


藤吉──来館理由、形態はさまざまですが、そのなかで、それほど多くはありませんが、図工や美術などの時間を使って来館する場合は、一連の流れのなかに美術館での活動が位置づけられる必要があるかと思います。とはいえ、時間数が減っているなか、事前授業や事後授業にしっかり取り組める学校は多くはありません。ただ連れて来られる、ではなく、子どもたちに美術館での活動を「いつもの授業」や「いつもの自分」と関連づけて考えてもらうためにはどうすればいいかと考えました。

───年齢にもよるでしょうが、授業で初めて美術館に来る子どももいるでしょうね。

藤吉──毎回、オリエンテーション ★2 時に質問するのですが、ほとんどの子どもたちが初めてです。当館に来館する小学校の平均的なひと学年の人数が100人前後なのですが、そのなかで多くて2〜3人くらいです。
イメージだけの美術館、考えたことすらなかった美術館について、ちょっとでも「いまの」自分にとっての「美術館ってどんなところだろう?」と思い浮かべることから美術館訪問が始まり、美術館での活動を経て、さっきの「いま」ではない自分がいて、あらためて美術館について考える。「学校の行事だから」など受け身の状態ではなく、少しでも意識を働かせることにより、ほんの少しかもしれませんが、主体的に取り組むきっかけにもなりえます。「美術館に行きたくない」子どもたちもたくさんいるでしょうから、先ほどの「観察」にもつながりますが、自分の「気持ち」とは関係なく答えられる項目にしています。あえて、美術館とはまったく関係ないような「いまの」自分リサーチページも設け、その時点での自分の嗜好と美術館へ抱いている印象の関連性が、もし後々になって開いてみたときに少しでも見えてくるといいなという思いがあり、その時点での子どものログとしての機能も持たせています。

★2───作品鑑賞前に、美術館、展覧会、作品鑑賞の楽しみ方などを話す時間。約20分ほど。

───現在、受け入れている人数は年間どれくらいになりますか?

藤吉──展覧会の内容によって変動しますが、2017年度は小中高特別支援学校合わせて約8,000人です。

───「アクティヴィビティ・ブック」として冊子にするうえでデザイン的に注意したことはありますか?

藤吉──予算面で譲歩した点は多々ありますが、見やすさ、読みやすさ、使いやすさのほかに、年齢、性別で好みが分かれないことを考慮しました。「子どもっぽいな、大人っぽいな、女の子っぽいな、男の子っぽいな」など、使い手が対象から排除されているような印象を受けないようなものを心がけました。

『アクティヴィティ・ブック』のデザインを手がけたのは中西要介氏

少しでも作品の前に立ち止まってもらうためのきっかけづくり

───『アクティヴィティ・ブック』はどちらかというと団体向けとのことでしたが、事前申し込みが必要ない個人向けには、どのようなツールがありますか?

藤吉──地下1階、一部、地下2階から見られる恒久設置作品の鑑賞用に『ジュニア・セルフガイド』を配布しています。当館は、コレクション展も企画展と同様に年4回大きく内容が変わりますので、いつ来ても見られる作品の高松次郎《影》、アレキサンダー・コールダー《ロンドン》、ジョアン・ミロ《無垢の笑い》、ヘンリー・ムア《ナイフ・エッジ》の4点を鑑賞の対象としています。現在では、須田悦弘さんの《チューリップ》も展示されています。

『ジュニア・セルフガイド』。デザインを手がけたのは日比野尚子氏

───想定した対象年齢というのは、何歳くらいでしょうか。

藤吉──小学生です。小学生とひと言に言っても対象が広いですので、コレクション展作品を対象とした『ジュニア・セルフガイド』も同様ですが、最初に、見るきっかけとなる、非常にオープンで誰にでも問いかけられ、問いかけられた読み手も自由に答えられる問いにしています。小学1年生であれば、その問いかけに応えるかたちで少しでも長く作品の前にとどまって見るだけでも十分ですし、もっと見てみたいと思う子は、作品の細かいところに目を向けさせる次の問いや作品情報を読みながら作品鑑賞を深めていけるような内容を心がけています。
それぞれの人が取捨選択しながら読み進め、鑑賞していけるからだと思いますが、小学生対象に制作したものですが、中学生、高校生、ときに大人の方からも望まれ、希望者には配布しています。

───現在のようにファイル形式に変更しているのはなぜですか?

藤吉──2004年の移転オープン時には、絵本に近い体裁で同じ4作品を取り上げたブック型のものを制作しましたが、そもそも、みなさん、企画展やコレクション展を鑑賞しに来館されているので、閉じられた状態で渡された、恒久設置作品鑑賞用のセルフガイドは開けずにお土産として持って帰られる方が多く、これではまずいなと。思わず取っておきたくなるもので、ふとした瞬間に思い出して開けてもらえるようなものを目指してはいたのですが、その場で使いたくなるものというよりはお土産っぽさが勝つものだったようです。

───実際の作品を見ずに、ブックの活用もしないまま。

藤吉──そうです。そこで、残部が尽きて新しいものを制作する際に、使いたくなるもの、次々と見て行きたくなるものはどのようなものであるかを考えました。結果、作品鑑賞用のシートを1枚ずつインフォメーションスタッフの手を介して配布する方式に変更しました。まず最初に1点の作品を1枚のシートを通して鑑賞し、終わるとインフォメーションに立ち寄り次のシートをもらう。淡々とひとりで鑑賞をするのではなく、シートの配布を通してスタッフとのコミュニケーションが生まれ、ちょっとしたツアー感覚で4点の作品を巡ってもらえるようにすることが重要でした。

『ジュニア・セルフガイド』。地下1階に展示されている4つの恒久設置作品それぞれに関する4枚のワークシートと詳しい作品解説の書かれたシートを専用のクリアファイルに収納して持ち帰ることができる

───順番に1枚ずつ渡していくわけですね。

藤吉──はい。人と関わりながら、できたから次やろう、また次やろうという、狙っていたことではありますが、子どもたちの攻略したい!という気持ちをくすぐっているようです。最後にお渡しするシート収納用のファイルも最初には見せていません。時間の都合もありますので、最後まで終わらなくても、図版つき解説シートやファイルはお配りしています。

───実際に利用している子どもたちの反応はどうですか?

藤吉──折りたたまれているシートを少しずつ広げながら取り組むスタイルで、すべての問いかけに応え、書き込もうとすると1枚15〜30分ぐらいかかりますが、親をそっちのけで、座り込んで集中している姿が見られます。きっかけを与えられなくても作品と向き合える人(子ども)は自ずと作品の前で立ち止まることができますが、そうではない人(子ども)を対象とする場合には、まずは立ち止まってもらうこと、次に、見ているうちに、作品の印象が変わったり、最初に気づかなかった点に気づいて面白くなったりなど、少しでも多くの時間をかけて作品を眺めてもらい、作品を見る楽しさのようなものを実感してもらえることが重要かなと思います。

───書かれている問いかけには、どのような狙いがありますか?

藤吉──導入・展開方法は作品によって異なりますが、ひと言程度で始まった印象、感想(主観的な考え)を、客観的な事実の確認、観察を通して、少しずつ更新し、最初とは少しでも異なる新たな気づきを得てもらうことです。それはもちろん、鑑賞体験を時間をかけて深めることにもつながります。例えば、ミロの《無垢の笑い》の場合は、まず第一印象を書き留めておいて、徐々に細かく見ていったあと、最初の印象と線や色などに注意して見えてきたこと、考えたことなどを比較できるようにしています。線や形などの造形的な要素、客観的事実を捉えて細かく見ていくように促したあとで初めて、ミロなら比較や観察に終わらず、作品からインスピレーションを受けた物語を空想させます。物語というかたちをした子どもたち一人ひとりのある種の解釈です。最初から自分の印象のみをベースに空想させることも考えられるでしょうが、特に低学年の子どもの場合は作品と関係なく自分のイメージが先行してしまう傾向にあるので、作品鑑賞という点からも、作品を隅々まで見たあとでのお話づくりを重要視しています。

美術作品を見ることは対話のようなもの

───藤吉さんが国立国際美術館に採用される前から教育普及の専任担当者はいらしたのですか?

藤吉──以前は、専任はいませんでした。もちろん、以前から専任を置かれている美術館も多々ありましたが、新しい美術館像がより求められる2000年代からさらに積極的に専任者が各地の美術館で採用されるようになりました。当館では、現在、私のほかに、2014年度より非常勤の教育普及専任の研究補佐員が1名います。

───採用時には、具体的にどんなことを求められましたか?

藤吉──以前は、年に数回程度、展覧会の担当者が出品作家に依頼するかたちでワークショップが開催されていました。それから、作品図版と解説が掲載されている『ジュニア・ガイドブック』という子ども向けの冊子がありました。採用当初は、ワークショップを継続すること、私のバックグランド ★3 を生かして新しい子ども向けの冊子を模索すること、小学生向けのツアーを立ち上げることが望まれました。

★3───ポンピドゥ・センター「子どものアトリエ」でのインターン時代に、かつて『L’Art en Jeu』の編集者であったElizabeth Amzallag-Augéが新しい絵本のシリーズ『Zigzart』を立ち上げる際に編集アシスタントとして参加。

───教育普及活動に関して、基本的な考えとしては、美術館に親しんでもらいたいということが第一にありますか?

藤吉──美術館はいまだに利用者が限定されていて、子どもの場合だと学校で来館しない限り、美術館に接する機会を持ち合わせない子どもたちも多くいます。来館の機会をとらえた少しでも多くの子どもたちに、実感として作品と向き合うことの楽しさを感じてもらい、自分とはまったく関係ない場所から少しは関わってもいい場所となり、彼らのこれから持つだろう多くの拠り所のひとつとなってくれればと思っています。成長していくなかで、また大人になってからもさまざな種類の時間を過ごしていくと思いますが、その時々に応じた関わりたい、戻りたい場所のひとつに美術館が加わればいいなと思います。
そのためには親しんでもらう必要がありますし、親しんでもらうための手だても必要です。

「こどもびじゅつあー」の様子

───美術作品の鑑賞を通して、子どもたちにはどのような力を身につけてほしいとお考えですか?

藤吉──「力」という点で言えば、さまざな背景を持ちながら制作されている作品が展示されている場所だからこそ、美術館では実は非常に多様な価値観に触れることができます。人の思考の宝庫とでも言うべき作品と、また、お友達、先生、美術館スタッフなど一緒に作品を見る人と関わることで、多様な価値観にまずは触れてみたり楽しめる力、自分と異質な価値観に接したときに柔軟に対応できる力、自分の思考を整理し見方を持てる力など、挙げれば限りないです。

───2004年から活動されてきて、いまおっしゃられたような力が作品鑑賞を通して身についているなと実感されたりすることはありますか?

藤吉──フィードバックが得られにくいので、効果は見えにくいですが、件数として非常に少ないですが、なかには、毎年学校で来館する子どもたちもいます。そうすると、例えば、初めて来館する他校の6年生と、毎年来館し作品鑑賞してる6年生とでは、作品鑑賞に対する姿勢が違います。毎年来館している子どもは「見なければいけない」ではなく、どの作品でも自然と受け入れられる体制が整っていて、そのなかで、自分の好みや考え方にフィットする作品を探したり、友達と自由に会話したりしながら見方の交換ができています。人やその作品の評価に流されることなく、自分が好きと思える作品を楽しみ、自分の見方が持てています。

───それこそ作品鑑賞の一番いいあり方ですね。

藤吉──美術作品を見ることは対話のようなものだと思っています。自分ひとりで鑑賞していれば、自分と作品との対話、誰かが一緒にいれば、自分とその人と作品との対話。そこには作品を介して自由な対話が生まれます。誰かと一対一で自分の考え方をぶつけ合うと、相手の考え方を直接批判することにもつながりますが、作品を介していると作品が緩衝材となり、あくまでも作品に対する考えとして自分の考え方を述べ合い、実は、そこで、思ってもみなかった相手の価値観に触れることもできます。
作品について事前に勉強し、その確定された事実や評価を元に作品を楽しむことも作品鑑賞のひとつですが、一方で、その作品がせっかく生まれてきて、自分の目の前にある以上、表面的な理解だけではなく、自分自身が作品と向き合い自分の目で観察し、誰かがいれば誰かと見方を交換しながら、鑑賞者の年齢によっては、作者の思考など作品が生まれた背景などにも触れることを通して、ようやくその作品に対する自分の考えが生まれ、その作品が自分のものとなったような実感を味わえるのではないでしょうか。そうして初めて、もっとその作品を知ってみたいという気持ちが生まれたり、作品を慈しむ心も生まれるのではないかと思います。

───徐々に作品鑑賞の経験を積んでいる子たちは、それが自然にできていると。

藤吉──そう思います。わずか1年に一度の来館であっても、目にした作品、その作品について考えた時間、友達と語った時間、作品鑑賞だけでなく美術館で過ごした時間などすべてが経験として確実に蓄積されます。そのなかで興味の対象が少しずつ増え、さまざまな考え(つくられた背景も含む)に耳を傾けたり、ときに納得できなかったりしながら、どの作品でもまずは向き合えるようになっている、「わからない」「理解できない」と思ってもそのこと自体を楽しめるようになっているなと感じます。

[2018年7月4日、ビデオ通話にて]

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