フォーカス

拡張を見せるベルリン・アート・ウィークとその周辺

かないみき(アート・ジャーナリスト)

2018年11月01日号

第7回目を迎えて毎秋恒例となった「ベルリン・アート・ウィーク」が、年を追うごとにその規模を拡張している。今年はアート・フェアをはじめ、美術館やギャラリー、プロジェクト・スペース、劇場、プライベート・コレクション、野外の特設会場など、市内およそ40カ所でオープニング・イベントや展示、パフォーマンスが開催され、およそ12万人の観客が訪れた。2018年9月26日から30日までの5日間、同時代のアーティストたちの最新の動向をとらえた展覧会から、歴史に踏み込んだプロジェクトまで、時代を軽々と横断しながら、ベルリンの街をアートの熱気が包み込む。メイン・イベントであるアート・フェアを中心に、いくつかの展覧会やイベントをピックアップして、ベルリンのアート・シーンをお伝えしたい。

ベルリンのアート・フェアの栄枯盛衰


アート・ベルリンの会場風景[Photo: Clemens Porikys]

ベルリンのアート・フェアには複雑な歴史がある。まず1996年に立ち上がった「アート・フォーラム・ベルリン」は、着実に入場者数を増やしながらも、2008年にはリーマンショックの影響も受け、フェアは低迷期に入る。そんなときに、ベルリンの9つのコマーシャル・ギャラリーによる新たなフェア「abc-art berlin contemporary」が、「アート・フォーラム」と時期を合わせて開催されるようになった。2008年の第1回目は、開放的な空間を持つ旧郵便局の仕分け場を会場に、アート・バーゼルの「アンリミテッド」を思わせる規模の大きな彫刻やインスタレーション、映像に限った作品のプレゼンテーションが行なわれた。その後も「abc」は会場を変えながら、ときにはひとつのギャラリーにひとつのテーブルのみでプレゼンテーションを行なったり、「絵画」にテーマを絞ったりと、キュレーションを強調したユニークなアート・フェアとして注目を集めた。古典的なフェアの形式を続けた「アート・フォーラム」と競合するものではなく、ベルリンのいわゆる主要ギャラリーたちも、はじめはこの両方のフェアに参加する場合がほとんどだった。しかし、その足並みは徐々にずれていき、「アート・フォーラム」を運営していたメッセ・ベルリンは、2010年の開催を最後に撤退。2011年以降、「abc」は第1回目の旧郵便局の仕分け場に会場を定め、フェアを続行していた。しかし「アート・フェア」と「展覧会」という二つのコンセプトを往来しながら、なんとかベルリン独自の路線を行こうとしたが、うまくは進まなかった。アーティストやギャラリーの数に対して、圧倒的に地元のコレクターの数が少ないベルリンでは、結局のところ、出展ギャラリーにとってもっとも必要なことは、「売れる」フェアだという現実がつきまとう。

こうして2016年、「abc」の規模は縮小し、いよいよ存続の危機もささやかれた翌年、ケルンのアート・フェア「アート・ケルン」とパートナーシップを結ぶことにより、現在の「アート・ベルリン」に生まれ変わった。コンテンポラリー・アートだけではなくモダンまでと時代の幅を持たせ、従来のフェア形式に逆戻りした印象は拭えないが、これは商業的な成功にも照準を合わせた結果だろう。

アート・ベルリン2018


アート・ベルリンの会場外観[Photo: Clemens Porikys]

今年の「アート・ベルリン」の会場は、旧テンペルホーフ空港の格納庫へと移転。第二次大戦下、ヒトラーによる世界首都ゲルマニア計画の一環として改築されたこの空港の跡地はいま、ベルリン市民にとってはユートピアのような場所であり、広大な滑走路は公園として使われている。21カ国からおよそ120のギャラリーが参加した第2回目となる「アート・ベルリン2018」だが、ベルリンからも、エスター・シッパーやシュプルート・マゲース、ノイガリームシュナイダーをはじめとする主要ギャラリーのほか、多数の若手ギャラリーの存在も目立った。今年の新たな展開に、ライターでキュレーターのテンジン・バーシー(1983-)がキュレーションを行なったサロン形式の展示がある。主催者はインターナショナルな約40のギャラリーから、50点以上の作品が並んだこのブースを、「アート・ベルリン」の展覧会と商業フェア、そして展示方法における実験的なコミットメントと謳った。しかし、個々のブースとしては出展していないインターナショナルなギャラリーたちとの協力体制による、対外的な宣伝要員としてのセクションに見えなくもない。また、複数のギャラリーが共同でひとりの作家のプレゼンテーションを行なったり、逆にひとつのギャラリーが複数の作家のプレゼンテーションを行なうなど、多様なブースを見ることができたが、そこに物珍しさはなく、従来のフェア形式から完全な逸脱を図ろうと壁すら立てずに、参加ギャラリーが思い思いのプレゼンテーションを行なっていた、過去の「abc」のカオスでエネルギーに満ちた会場を追想してしまう。ベルリンの実験精神を発揮しながら、そしてローカルでありながらも、同時にそのマーケットにインパクトを与えるようなアート・フェアなど、存在不可能なのだろうか。

テンジン・バーシーがキュレーションした「サロン」の展示風景[Photo: Clemens Porikys]

ベルリンのアート・フェアのこれまでを振り返れば、それがこの都市にとって真に必要とされているのかという疑問も湧き上がるが、当然のことながら、アート・フェアはギャラリーやアーティスト、コレクターといった関係者のためだけにあるものではない。オープニングはもちろんのこと、最終日の日曜の午後には、チケット・カウンターにアート好きな市民と思われる若者から年配者、家族連れを含めた人々の長蛇の列ができていた。紆余曲折はあったものの、長い年月をかけて市民権を得た、人気のアート・イベントのひとつになっている。

来年の会場もすでにここで押さえられているとのことだが、実はこの空港跡地の一部は現在、難民のシェルターとしても使われている。そのことからアート・フェアを同じ敷地内で開催することに反発の声も上がっていた。ちょうどフェアが始まる前に公開された映画、『セントラル・エアポート THF』にも言及したい。ブラジルの映画監督でアーティストのカリム・アイノウズによる本作は、19歳になるシリア難民の少年の、旧テンペルホーフ空港での生活を追ったドキュメンタリー映画だ。そこにはたびたび空港の公園で自由に駆け回るベルリン市民の姿も対照的に映し出される。あらゆる人々の暮らしを包み込み守るような、空港建築そのもののダイナミズムがまた、難民問題のみに留まることなく、都市と建築の物語としても観るものを導いていく。フェアの主催者によれば、開催前に難民シェルターの運営組織とは会合し、フェアやガイドツアーに難民を招待したという。実際のところ、ガイドツアーに参加をした難民の姿はなかったようだが、今後も何かしらの関係を築くために、対話を続けたいという。


映画『セントラル・エアポート THF』トレーラー

ベルリン市民の憩いの場に、難民シェルター、アート・フェアだけではなく、さまざまな催し会場として使われている旧テンペルホーフ空港と、その歴史。中心部に近い混沌としたこの一帯が、ベルリンの現在を象徴的に示している。

ヒューマン・ライツ・フィルム・フェスティバル(人権映画祭)

公式イベントには含まれていなかったものの、こうしたベルリンの現状も踏まえて、「ベルリン・アート・ウィーク」のほぼ同時期に今年第1回目の開催を迎えた「ヒューマン・ライツ・フィルム・フェスティバル(人権映画祭)2018」も紹介したい。この映画祭は、市内の映画館3館を会場に、国際NGO「アクション・アゲインスト・ハンガー」と、中国のアーティストで活動家のアイ・ウェイウェイの特別サポートにより実現した。「普遍的な人権概念に視野とマインドが開くよう、人々にインスピレーションや影響を与えながら教育すること」を目的とし、人権問題をテーマにしたドキュメンタリー映画のプログラムが組まれた。西アフリカに位置するリベリア共和国で、国の政治腐敗や環境破壊の問題に奮闘する活動家を追ったカナダのアンジャリ・ナヤール監督とケニアのハワ・エッスマン監督による『Silas』(2017)や、今年のフォーカス「Migration(移住)」部門では、ドイツやパキスタン、イランへと渡り、再びあらゆる理由で祖国へと戻っていくアフガニスタン人の家族のドキュメンタリー『Return to Afghanistan』(モハマド・メディ・ザファリ監督/2017)をはじめ、世界的な難民危機をとらえたアイ・ウェイウェイの『Human Flow』(2017)などが上映された。また、作品上映後には監督やゲストによるトークも行なわれ、観客とともにオープンな議論の場が持たれた。第1回目の開催であるにもかかわらず、日頃から社会問題に対して意識の高いベルリンらしく、多くの観客動員数と反響を得た。本映画祭はすでに、第2回目のエディションを準備中だという。アクチュアルな政治情勢と呼応しながら、つくり手と観客が時代を共有できる映画祭の、次なるフォーカスの発表が待たれる。

イスラエルで入院しているパレスチナの少年のドキュメンタリー映画『Muhi Generally Temporary』上映後のQ&Aの様子。
(左から)ウリケ・ラスト(障害者支援の国際NGO)、ジルヴィー・アーレンス=ウアバネク(アクション・アゲインスト・ハンガー/モデレーター)、ユーゲン・クライニッヒ(本作のプロデューサー)
© Niko Böhnisch

新たなインフィニティ:プラネタリウムのための新しいアート

© Berliner Festspiele[Photo: Michael Nast]

クロイツベルク地区にあるマリアンネン広場に現れた巨大ドームは、アートのためのプラネタリウムだ。マルティン・グロピウス・バウ美術館での展覧会をはじめ、パフォーマンス公演やゲスト・プロダクションのシリーズを催すユニークなプロモーターであるベルリーナ・フェストシュピーレのプログラム、「イマージョン(Immersion)」。アメリカのアーティスト、アラン・カプローによる環境芸術の理論を起点に、2016年から展覧会とパフォーマンスの境界線にある作品のシリーズを展開している。

「ベルリン・アート・ウィーク」にこの移動型プラネタリウムで上映されたのが、アーティストでゲーム・デザイナーとして活躍するデイヴィッド・オライリー(1985-、アイルランド生まれ)の「Eye of the Dream」。宇宙の創造のシミュレーションのように、幾何学模様や、日常の見慣れたもの──家具や動物、植物などがあらゆるバリエーションで音楽と連れ立って流れ込む映像の視覚旅行へと誘う。

数多の展覧会やイベントが同時進行し、アートを前に押し寄せる人たちをかき分けるようにあくせくしてしまうこともある「ベルリン・アート・ウィーク」のなかで、暗い空間に横たわり、完全な没入型の本作を全身に浴びるように見続けるひとときには、心地よさも残った。

デイヴィッド・オライリー「Eye of the Dream」の上映風景。
courtesy David OReilly © Berliner Festspiele[Photo: Michael Nast]

芸術アカデミーでの「絵画地下室」公開ツアー

芸術アカデミー、パリ広場 © Manfred Mayer

ベルリンの芸術の学術機関であり、展覧会やカンファレンスなどを行なうスペースも構える「芸術アカデミー(Akademie der Künste)」でもまた、貴重な歴史に立ち会う機会が設けられた。芸術アカデミーの前組織が設立されたのは1696年。第二次大戦後にはベルリンの旧東側と西側でそれぞれのアカデミーが運営を行なっていたが、93年には再び統一されている。その旧東側に位置する芸術アカデミーでは現在、歴史的な地下室の壁画が公開されている。1957年と58年の二度にわたり、当時の旧東ベルリンの芸術アカデミーのカーニバル・パーティーのために当時20〜30代前半であったマンフレッド・ブッチャー、ハラルド・メツケス、エルンスト・シュルーダー、そしてホースト・ツィッケルバインが描いたものだ。石炭貯蔵庫として使われていた天井の低い迷路のような空間に浮かび上がるのは、おどろおどろしく迫る絵画群。その迫力や地下室の醸し出す雰囲気から、ここで絵筆を走らせた彼らの姿も目に浮かんでくる。政府公認の社会主義リアリズムから逸脱した表現として「埋葬」されていた反体制的な若い世代によるこれらの芸術は、ベルリンの壁崩壊後に修復され、長い間、人目に触れることなく地下室に保存されていた。自由な表現が困難な時代に、地下室で開け放たれた表現。その時代のアーティストたちの熱を感じる。壁画を保護する理由から、2018年12月19日までの毎週水曜日のみ、午後6時からツアー形式で公開しているため、要予約。来年からは、よりアクセスしやすくなるような公開形式が検討されている。

ハラルド・メツケスとマンフレッド・ブッチャーによる壁画(手前) © VG Bild-Kunst, Bonn 2018[Photo: Andreas FranzXaver Süß]

マンフレッド・ブッチャーによる壁画 © VG Bild-Kunst, Bonn 2018[Photo: Andreas FranzXaver Süß]

ここでは紹介しきれないが、ほかにもハンブルガー・バーンホフ現代美術館(Hamburger Bahnhof – Museum für Gegenwart – Berlin)では、ドイツを拠点に活動する優れた若手作家に贈られるナショナルギャラリー賞を受賞したアグニエシュカ・ポルスカの個展や、マルティン・グロピウス・バウ美術館では韓国のアーティスト、イ・ブルのドイツ初の個展のオープニング、ブロックチェーンをテーマにキュレーションを手がけたアーティスト、サイモン・デニーと参加作家たちによるトーク・イベントなどが一斉に行なわれた。

ハンブルガー・バーンホフ現代美術館でのアグニエシュカ・ポルスカの個展の風景

© Agnieszka Polska, Courtesy ŻAK | BRANICKA, Berlin und OVERDUIN & CO., LA und Staatliche Museen zu Berlin, Nationalgalerie / Thomas Bruns


ベルリンのアート・フェアをとりまく状況は変わらずシビアだが、どの国にもビエンナーレやトリエンナーレが乱立して飽和状態のなか、インスティテューションやプロモーター、コマーシャル・ギャラリーやプロジェクト・スペースなど、すでに存在するアート・コミュニティーが確かに手を組み、それぞれの活動プログラムを広く公開する「ベルリン・アート・ウィーク」。国内外のアート関係者のみならず、ことに多くの市民がこの都市のアート・シーンをあらためて俯瞰し、体験できる、優れたイベントではないだろうか。


ベルリン・アート・ウィーク(終了しました)

会期:2018年9月26日(水)~30日(日)
会場:ベルリン市内およそ40カ所
詳細:http://www.berlinartweek.de/

アート・ベルリン2018(終了しました)

会期:2018年9月27日(木)〜30日(日)
会場:旧テンペルホーフ空港(Flughafen Tempelhof)格納庫
詳細:https://www.artberlinfair.com/en/

ヒューマン・ライツ・フィルム・フェスティバル(人権映画祭)2018(終了しました)

会期:2018年9月20日(木)〜26日(水)
会場:ベルリン市内の映画館3館
詳細:https://www.humanrightsfilmfestivalberlin.de/

Berliner Festspiele/Immersion(終了しました)

会期:2018年9月26日(水)〜10月4日(木)
会場:クロイツベルク地区マリアンネン広場 特設ドーム
詳細:https://goo.gl/jnGrFS

「絵画地下室」公開ツアー

会期:2018年10月3日(水)〜12月9日(日) ※要予約
会場:芸術アカデミー(Akademie der Künste)
詳細:https://www.adk.de/en/programme/?we_objectID=58763

アグニエシュカ・ポルスカ個展「The Demon’s Brain」

会期:2018年9月27日(木)〜2019年3月3日(日)
会場:ハンブルガー・バーンホフ現代美術館(Hamburger Bahnhof – Museum für Gegenwart – Berlin)
詳細:https://www.smb.museum/museen-und-einrichtungen/hamburger-bahnhof/ausstellungen/detail/agnieszka-polska-the-demons-brain.html

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