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ドバイは死なず

太田佳代子

2009年06月01日号

メナサの新時代

 アート・ドバイは湾岸諸国だけでなく、メナサ全体の市場である。紛れもなくグローバル現象のお陰でこの地域出身の、つまりアラブ系、インド系などのアーティストの国際的な存在感、注目度が上がり、彼らの作品が集まる最大のこの市場に西欧・地元双方の画廊やディーラーがやって来るようになった。彼らアーティストはベルリン、パリ、ニューヨーク、ロンドンなどに分散していてメナサには住んでいないのだが、湾岸の投資開発をきっかけに新しいアイデンティティを持ち始めたと言っていいだろう。アート・ドバイは、この地域と世界を接続する重要な役割を担っているのである。
 だが、先は長い。メナサに優秀なアーティストが戻ってくる、あるいは新しい世代が地元から出てくる日まで、まだ相当の努力と投資が必要だ。
 今回のアート・ドバイでは、メナサ出身の新人アーティストを対象とするアブラージ芸術賞の授与も始まった。3人の受賞者のひとり、ズーリカ・ブアブデーラーはアルジェリア出身、パリ在住のビデオ&インスタレーション・アーティスト。中近東のアート作品はイスラム文化抜きに語れないものが多いが、ブアブデーラーの作品は古代のイマジネーションと現代文明が美しく融合した秀作だ。

2009年アブラージ賞受賞作「Walk on the Sky. Pisces」のアーティスト、ズーリカ・ブアブデーラーとキュレーターのキャロル・ソロモン
2009年アブラージ賞受賞作「Walk on the Sky. Pisces」のアーティスト、ズーリカ・ブアブデーラー(右)とキュレーターのキャロル・ソロモン (左)
Copyright Vipul Sangoi 2009

アブダビとドバイ これから

 ところ変わって隣の首長国アブダビ。5月下旬、フランスのサルコジ大統領はここを訪問し、サーディヤット島に建設される《ルーヴル・アブダビ》美術館の起工式に参列した。ジャン・ヌーヴェルの美しい設計で、開館は2013年。このプロジェクトは「ルーヴル」の名を与え、国の文化遺産を貸す見返りに2年間で5億5500万ドルを稼ぐという国家間取引だが、すでにフランスはソルボンヌ大学アブダビ校を開校し、技術移転ならぬ文化移転を積極的に進めている。アブダビに軍事基地を持つ国の、骨太の文化外交政策と言えるだろう。しかし、この中近東版グラン・プロジェが地元にどう浸透していくのかは、まだ具体的に示されていない。
 経済危機以後、このアブダビはアラブ首長国連邦の首都として、同胞首長国ドバイの経済援助に乗り出している。しかし皮肉なことに、「中東の文化拠点」という重要なポジションをめぐる競争が、今後この二都市間で展開されるのは必至のようだ。
 ルーヴル・アブダビは自らを中近東初の「ユニバーサル・ミュージアム」と呼び、芸術作品だけでなく考古学的資料もコレクションに入れ、古今東西の網羅を前面に打ち出している。一方、ドバイも「ユニバーサル・ミュージアム・オブ・ワールド・アート」の建設を去年5月に発表し、ドイツのベルリン・ドレスデン・ミュンヘンの有名美術館が所蔵品の貸出しを発表した。
 アブダビとドバイが今後、文化のジャンルでどう住み分けていくのか、これも「アフター・クライシス」体制の課題である。二都市の競合が湾岸全体の文化的アイデンティティを高めていくのは間違いないだろうが、問題は地元のコミュニティを実質的にどれだけ豊かにしていけるかだ。アート・ドバイやそれに合体したシャルジャ・ビエンナーレのようなイベントの存在は、これからますます重要になっていくだろう。

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