フォーカス

NY芸術の秋の旬な展覧会

梁瀬薫

2009年11月01日号

Yigal Ozeri “Desire of Anima”
イガル・オゼリ「ディザイア・オブ・アニマ」展

9月10日〜10月24日
Mike Weiss Galellery

画廊街チェルシーでも秋の新シーズンの展覧会が9月中旬から始まり、今酣といったところだが、マイク・ウェイス画廊でのイスラエル人作家イガル・オゼリの新作展は、内容はともあれ最も注目を集めている展覧会のひとつだ。今回披露されているのは、自然の中に少女が構成された、あたかも写真を疑う絵画作品群だ。細部をよく観察すると、女性の皮膚や洋服が大袈裟に描写され、伝統的な騙し絵の技法と何ら変わりはなく、油彩の筆の跡や紙のテクスチャーによってからくりが見えてくる。アメリカ写実主義の先駆者、アンドリュー・ワイエスの作品に描かれた女性や自然と比較すると、オゼリの描写はさらに執拗で、写実を超えた感がある。重要なのはヴァーチュアルリアリティーが現代社会に蔓延するなかで、なぜ超マニュアルな写実絵画なのか、IT社会が時間を極限まで短縮する現在、何千もの筆の線が何を意味するのかを立ち止まらされ、考えさせられたという事実だろう。




上:イガル・オゼリ個展風景 筆者撮影
下:イガル・オゼリ《無題 (公園のジェシカ)》2009年 紙に油彩 42x60インチ

A Conversation between Miguel Ventura and Juan de Nieves: Cantos Civicos
ミゲル・ヴェンチュラ×フアン・デ・ニーヴェス対談「カントス・シヴィコス」

10月20日
Amiricas Society

メキシコのアートシーンで今最もラディカルな作家ミゲル・ヴェンチュラのトークがアメリカ協会で開催された。ヴェンチュラは米軍でエンジニアとして勤務する両親のもとアメリカで生まれ、幼少時はヨーロッパ、南米などを転々とし、プリンストン大学を卒業したいわゆるエリート作家である。90年代から人間のコミュニケーション、現代社会をパロディー化し、辛らつに政治と資本主義を批判する複雑なインスタレーション作品と独自が開発した言語のシステム「NILC=ニュー・インターテリトリアル・ランゲッジ・コミッティー」をヴィジュアル作品として製作し続けているが、新作である「カントス・シヴィコス」ではアメリカが誇る建築家フランク・O・ゲーリーのビルバオを意識したフォルムの中で、ヒットラーの独裁的秩序とねずみを使った実験、イノセントな子どもたちとのワークショップが行なわれたが、人間本来のコミュニケーションの本質をアーティストとしていかに表現すべきか、という問いを極めてコミカルにそしてロウテックでもってマルチメディア主体の現代アートに投げかける行為を立証した。


メキシコMUAC(University Museum of Contemporary Art, part of the Universidad Nacional Autonoma de Mexico)における「カントス・シヴィコス」展より
写真提供:アーティスト

チェルシー地区のこれから

ほかにも、これまで写真による作品を発表していたジャック・ピアソンの新作彫刻展など、工夫を凝らした展示やコンセプトの明快な作品群は、予算を大幅にカットされた主要美術館での展覧会より興味深く、今秋の展覧会は、上記で紹介したような印象的な展覧会が多かった。またガゴシアン画廊での村上隆の唐獅子神話を描いた高さ3メートル、横幅6メートルもの絵画作品「死を見つめる幸運の獅子の図」は、複雑な「削り」技術も用いられ、注目を集めた。

Jack Pierson: Abstracts
10月8日〜11月14日
Cheim and Read Gallery(www.cheimread.com


ジャック・ピアソン展会場風景

ソーホー地区からチェルシー地区にアート・シーンが移ってすでに10年以上になるが、ここ数年の土地の高騰によって、高級レストランやマンションが建設され、チェルシーはトレンディーな開発地区となった。アーティストはおろか、若手の画廊もチェルシーから離れ、ブルックリンやローワー・イーストサイドに拠点を移している。さらに昨年のリーマン・ショック以来、何件もの画廊が去っていった。しかし、この不況で逆にレントが下がり、新しい画廊もオープンしている。100件以上もの大手画廊が今も健在だ。

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