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景観のなかのポスター
──「サヴィニャック パリにかけたポスターの魔法」展

ティエリー・ドゥヴァンク(パリ市フォルネー図書館)

2018年03月01日号

20世紀フランスを代表するポスター作家、レイモン・サヴィニャック(1907-2002)。シンプルでユーモアにあふれ、見ていると思わず顔がほころんでしまう独特の愛嬌あるキャラクターは、日本でも大人気だ。
そんなサヴィニャックの大規模な展覧会が今年2月から約1年間、全国の5つの公立美術館を巡回する。巡回展の幕開けとなった練馬区立美術館で、本展を監修したパリ市立ファルネー図書館学芸員のティエリー・ドゥヴァンク氏にお話を伺った。


「サヴィニャック──パリにかけたポスターの魔法」展ポスター


サヴィニャックはどのようにグラフィックの世界に登場したのでしょうか?

サヴィニャックは、1950年頃から約30年もの長きにわたって第一線で活躍した人気作家でした。1907年、パリに生まれ、戦前はカッサンドルのもとで下積み時代を送ったことはよく知られています。しかし、彼はカッサンドルとは異なる独自のスタイルをもっていました。1949年、牛乳石鹸のポスターがロレアル社のシュレール氏の目にとまり、それが出世作となりました。「僕は41歳のときにモンサヴォンの牛のおっぱいから生まれたんだ」とは、彼が生前よく語っていた言葉です。





当時のフランスのポスターデザインの潮流はどんなものだったのでしょうか?

第二次大戦後、フランスのポスターデザインにはいくつかの流れがありました。ひとつは伝統的なアール・デコで、カッサンドルなどに代表されるようなスタイルです。また、アメリカのノーマン・ロックウェルのようなイラストレーションを用いたスタイル。そして、サヴィニャックのようなユーモアのあるコミカルなスタイルです。戦後になってフランスは新しい風が吹き始め、作家たちは生きる喜びを表現できるようになったのでしょう。表現もコミカルになりました。サヴィニャックはそんなグループの代表的な作家でしたが、彼の作品にはユーモアだけでなく知性も感じられたことが、ほかの作家とは違っていた点だと思います。


レイモン・サヴィニャック《ドップ 清潔な子供の毎日》1954
ポスター、カラーリトグラフ 29×40cm
パリ市フォルネ図書館所蔵 © Annie Charpentier 2017

今回の展覧会はどのように始まったのでしょうか?

2011年に、サヴィニャックの展覧会をしたいというお話をいただいたことからこの展覧会は始まりました。私はそのときすでに、パリ市役所の大展示室で行なう展覧会の企画を持っていました。そこで、パリと東京の企画をあわせて合同の展覧会にするのがいいのではないかと考えたのです。サヴィニャックは有名なアーティストで、パリでも日本でも何度も展覧会が開かれています。ですから、いままでとは異なる視点を持った展覧会にしたかったのです。そこで「景観のなかでのポスター」、つまりポスター作家は街に何をもたらすのかというテーマを展覧会の中心に据えました。街のなかでポスターが息づいているその姿を見ていただきたいと思ったのです。

日本では、練馬区立美術館、宇都宮美術館、三重県立美術館、兵庫県立美術館、広島県立美術館の5つの美術館が賛同してくださいました。それぞれの館の学芸員の方が企画に参加してくださり、みなさんで作り上げた展覧会になりました。


パリの景観のなかの巨大ポスター


今回の展覧会では、3mを超えるようなとても大きなサイズの作品が展示されていて驚きました。当時のパリのグラフィックデザインは、ビルや地下鉄の駅の構内などの、かなり大きな壁面を舞台にしていたのでしょうか?

国によっても時代によってもポスターのありかたは違っています。1900〜20年代くらいまでは建物に匹敵するようなサイズもありました。しかし、広告を街のなかのノイズだと感じる人もいて規制が入り、1950年代には減少していきました。

今回の展覧会では、当時のままの大型ポスターを展示することができました。ポスターの作品は通常、本のなかで複製されたものを見ることが多いでしょう。もとは巨大であっても、本に掲載するためにかなり縮小されたり、あるいは逆に小さなものなのに拡大されたり、それでは実際のポスターから受ける印象とは異なってしまいます。今回は複製ではないオリジナルを原寸で見ていただきます。また、制作過程の原画もあります。大型のオリジナルのポスターは傷つきやすく、輸送も展示もとても難しい。しかし、完成した展覧会を見て、その努力が報われたと感じました。




当時のパリの人々は街のなかで、どのようにサヴィニャックのポスターを見ていたのでしょう?

広告というのは自然に人々の視野に入ってくるものです。サヴィニャックのポスターは魅力的でわかりやすく、楽しい絵なので、多くの人は好意的に見ていたと思います。私も幼少のときに見たサヴィニャックのポスターをはっきり覚えています。1963年、6歳くらいのとき、地下鉄のコンコルド駅のホームでサヴィニャックのポスターに出会い、圧倒され、ずっと見ていました。それは私だけではなく、他の人もそうだったと思います。

今回の展覧会ではポスターが貼られていた当時のパリの街頭写真も展示しています。ロベール・ドアノーや木村伊兵衛が撮影したものや初公開の写真もあるんですよ。それらの写真と原寸大のオリジナル作品に囲まれながら、サヴィニャックの絵がどのように街のなかで息づいていたか、体感していただけると思います。



パリの街頭写真を説明するティエリー・ドゥヴァンク氏





日本のサヴィニャック・ファンへメッセージをお願いします。

森永ミルクチョコレートや豊島園など、日本のクライアントのための仕事も少なくなかったこともあり、日本でサヴィニャック・ファンが多いのはたいへん嬉しいことです。ただ、私はサビニャックはカワイイだけのアーティストではないということをみなさんに知っていただきたいと思っています。カワイイだけなく、クールで毒のある作品もあります。

この展覧会と時期を同じくして、サヴィニャックの自伝の完全版が小学館から出版されました。そちらもぜひご覧いただきたいですね。




『ヴィジュアル版 レイモン・サヴィニャック自伝』(初版1975年、再版1988年の完全新訳)
(谷川かおる訳、小学館、2018)

練馬区独立70周年記念展「サヴィニャック パリにかけたポスターの魔法」

会期:2018年2月22日(木)〜4月15日(日)
会場:練馬区立美術館
東京都練馬区貫井1-36-16/Tel. 03-3577-1821
休館日:月曜日
観覧料:一般 800円、高・大学生および65〜74歳 600円、中学生以下および75歳以上 無料、その他各種割引制度あり(一般以外の人は、年齢等確認できるものを要持参)

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