2017年06月15日号
次回7月3日更新予定

キュレーターズノート

奔別(ぽんべつ)アートプロジェクト

鎌田享(北海道立帯広美術館)2012年11月15日号

 twitterでつぶやく

 秋も深まる北海道。9月22日から10月28日まで、北海道空知地域の旧炭鉱施設を舞台に、ひとつのアートプロジェクトが実施された。そのユニークな戦略を紹介していこう。

 北海道空知地域は日本有数の産炭地として、最盛期には100を超える炭鉱を舞台に約50万人が生活していた。しかし1960年代以降、石炭から石油へというエネルギー政策の転換によって炭鉱は次々と閉山し、それにともなって急激な過疎化と高齢化に見舞われる。明治以降の日本の近代化そして戦後の経済復興を支え、1世紀にわたる歴史を刻んできた空知の街は現在、人口の流出と経済基盤の弱化にあえいでいる。
 こうした空知地域の活性化を目指し活動しているのが、NPO法人「炭鉱(ヤマ)の記憶推進事業団」である。この団体は、空知地域に残る炭鉱遺産の保存と、文献資料や写真資料さらには人々の記憶など地域の歴史の伝承を目指す一方、それら地域資産の活用と、その価値の発信を行なっている。今回紹介する「奔別(ぽんべつ)アートプロジェクト」も、一連の活動のひとつである。
 
 会場は、札幌市中心部から北東に約60km、空知地域の南部・三笠市の東方山中にある旧住友奔別炭鉱のホッパー。1902年に開鉱した奔別炭鉱は、1928年に住友に経営が移ってから大規模な開発が進み、1971年に閉山するまで膨大な出炭量を誇った。ホッパーとは、地中より採掘し不純物を取り除いた石炭を、一時貯蔵し積み出すための施設。1960年に完成したこのホッパーは、全長100m×幅13m×高さ20mという威容を誇る。施設の地上階には鉄道の引込み線があり、石炭貨車が直接乗り付けた。その上層階には一面漏斗型の貯炭庫があり、内部に貯蔵した石炭を直下の貨車に落とし込んでいった。
 現在ではなかば廃墟と化したこの施設を舞台に、今回、現代美術展が開催された。参加したのは、現代美術家で札幌市立大学デザイン学部教授の上遠野敏をはじめ、札幌市立大学の学生や研究生たち、そして札幌を拠点に活躍する作家たちである。ホッパー地上階部分を中心に、上層階や周辺部を含め、平面や立体など31作品が設置された。
 作品の詳細は省くが、産業遺産・旧炭鉱施設という会場の性格から、産炭地の栄枯盛衰の歴史に焦点をあてたものや、記憶の呼び覚ましをコンセプトとした作品が多数を占めた。また、昨年の東日本大震災と福島第一原発事故、その後の日本のエネルギー政策への議論を反映して、人間と自然・人間と産業の関わりについて問いかける作品も見られた。


旧住友奔別炭鉱ホッパー、全景


同、正面。上層階へと導くスロープは、酒井裕司によるデザイン


同、地上階。今回のアートプロジェクトの主会場となっている


同、上層階。上遠野敏《呼吸する石炭》が設置されている

 「炭鉱の記憶推進事業団」の活動でも触れたが、このアートプロジェクトは、地域の内と外、双方への発信作用を備えている。
 参加者の多くは、奔別炭鉱の最盛期を知らない、さらには空知地域の炭鉱史をこれまで特段には意識したことのない者たちである。そうした外部の存在である彼らにとって、地域に入り込み、産業遺産という圧倒的な存在感を持つ場で活動することは、自身の作品展開のうえで大きな刺激となったであろう。そしてアートプロジェクトというイベントの開催もまた、より広範な外部に働きかける力を備えている。奔別炭鉱の存在と意義を外部に発信するこれらの作用は、しかし同時に、かつて炭鉱で栄えたこの街の住人たち、内部の者たちへも、還流していく。現在ではわずか数十人にまで減少した地域住民たちは、これまで見ず知らずであった外部の者たちが、かつて自分たちの生活の中心であった炭鉱施設で活動する姿を見て、自らの住む土地の歴史と記憶を呼び覚まされていく。若い人がいると活気が出ると笑顔を浮かべ、参加者たちをねぎらうために会場に足を運ぶ住民の姿は、その証であろう。外への発信が同時に、内への発信と、呼応していくのである。
 さらに、「奔別アートプロジェクト」は今回限りの時限的イベントではない。といって奔別という一拠点にのみ焦点をあて継続されるものでもない。このプロジェクトは、より広範な戦略プランのもとに実施されている。
 「炭鉱の記憶推進事業団」と上遠野敏はこれまでに共同で、「赤平炭鉱アートプロジェクト」(2004)、「幌内・布引アートプロジェクト」(2009)、「夕張清水沢アートプロジェクト」(2011)を開催してきた。赤平は空知産炭地の北端、夕張清水沢はその南端にそれぞれ位置する。また、1879年に開鉱された幌内炭鉱は北海道最古の歴史を誇り、この炭鉱の開設が鉄道の敷設をはじめとする北海道開拓の起点のひとつとなった。一連のアートプロジェクトは、空知地域の主要な炭鉱施設を、一つひとつ巡るかたちで実施されてきた。あたかも星々を結びながら壮大な天空に星座を描くように、南北80km・東西30kmにおよぶ広大な空知産炭地全域を視野に収めているのである。
 
 経済を振興したり、人口を増大させたり……アートに現世利益を求めるのは、至難であろう。しかし、外に向けて呼び掛け、内に向けて振り返り……アートには人の心に働きかける力が、確かにある。その力を、一過性のものに終わらせない戦略性・継続性、それがアートによって地域社会をプロデュースすることの、なによりも肝要な点ではなかろうか。

奔別アートプロジェクト

会期:2012年9月22日(土)〜10月28日(日)(期間中の土・日・祝日の13日間のみ開催)
会場:旧住友奔別炭鉱・選炭施設内、石炭積み出しホッパー
北海道三笠市奔別町

NPO法人 炭鉱(ヤマ)の記憶推進事業団

URL=http://www.soratan.com/

▲ページの先頭へ

鎌田享

1969年生まれ。1993年から美術館学芸員。現在、北海道立帯広美術館学芸課長。

2012年11月15日号の
キュレーターズノート

文字の大きさ