2017年09月15日号
次回10月2日更新予定

キュレーターズノート

「国東半島芸術祭」「鉛筆のチカラ──木下晋・吉村芳生」

坂本顕子(熊本市現代美術館)2015年01月15日号

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 昨年は、それほど数多くとはいかなかったが各地の展覧会やアートプロジェクトを見てまわった。そのなかでもっとも印象に残ったのが、国東半島芸術祭である。49日間の会期で6万人の来場者を迎え閉幕した同祭を振り返りながら、2015年のレポートを始めてみたいと思う。

 ここ数年、大分に足を運ぶ機会が増えている。手元の記録を見ると、2012年には別府の混浴温泉世界に3回、2013年は国東半島芸術祭の春のプレ事業で、オノ・ヨーコ、チェ・ジョンファ、石川直樹の「異人」展を見て、2014年も、春のプレ事業で、アントニー・ゴームリー、勅使河原三郎作品を見るバスツアーに参加している。本年4月の大分県立美術館開館の話題や、磨崖仏や神仏習合などの歴史や自然に興味を持つ層からのリーチもあり、熊本からは自動車で片道3時間の(東京より時間がかかる)距離ながら、アートファンだけでなく、行政視察なども多数見受けられた。
 個人的に3回目の訪問ということもあり、「本祭」としての今回は、サイトスペシフィック・プロジェクトとして、新規に設置されたチームラボ、宮島達男、川俣正の各プロジェクト、そしてレジデンス・プロジェクトとしての「希望の原理」展を見た。上記3作家関しては、ベテランの宮島達男、川俣正はこういった芸術祭の常連の感があるが、そこにチームラボを加えるキュレーションが新鮮であった。というのも、近年、チームラボは、九州では美術館というスペースに限らず、むしろ、ショッピングモールやデパートなどの商業施設に意欲的に出展しており、一定した人気・知名度を持つ。同祭のための新作《花と人、コントロールできないけれども、共に生きる Kunisaki Peninsula》は国東の植物の四季に着目し、多くの来場者がその場にたたずみ、魅入っていた。
 無論、宮島達男の、縄文時代の岩壁とLEDの対比の荘厳な美しさの前にしばし言葉を失うような《Hundred Life Houses》や、国東に生まれ日本人で初めてエルサレムを訪れたペトロ・カスイ岐部を祭った教会の背後に設置された、川俣正の《説教壇》は、いずれも、その土地の歴史や人々と丁寧に向き合い、なおかつそこに作家の表現が拮抗した極めて優れた作品であった。その各サイトスペシフィック・プロジェクトの会場で、作品と並んで驚かされたのが、地元でとれたお茶やみかんやお漬物などを出して無料で来客をもてなす、「おせっ隊」と呼ばれる地域の皆さんのおもてなしである。阿蘇など山間部の農村では日常的に見られる光景だが、現代アートの芸術祭にそれが接続される仕組みは、来場者に極めて鮮烈な体験を与えていた。


チームラボ《花と人、コントロールできないけれども、共に生きる Kunisaki Peninsula》


宮島達男《Hundred Life Houses》

 そのなかで、レジデンス・プロジェクトの「希望の原理」展は、意表を突く展示だった。詳細は、能勢陽子学芸員によるレポート(artscape2014年12月01日号)に詳しいが、梅田哲也ら活躍する若手現代アーティスト以外に、秋田の彫刻家・皆川嘉左ヱ門や、JFAの八咫烏のマークや宮崎の「平和の塔」の作者として知られる大分出身の彫刻家・日名子実三、九州の日常の食卓に溶け込んだ小鹿田焼などが、旧香々地町役場に展示された。当初、ドイツのマルクス主義者、エルンスト・ブロッホの著作タイトルを冠し、キャプションのない展示(作家ごとに短い解説のついた写真入りのカードが用意されている)は、ローカルな芸術祭に“東京”的なものを持ち込んだ展示なのではないかと警戒した。
 しかし、会場を回るにつれ、その思いは消し飛んだ。地域の人々の目線は、もっとしたたかで、強いのではないかと思ったのだ。以前、同じ場所で見た、石川直樹の「異人」展は、旧庁舎の作りを生かした動線を設定し、空撮による国東の俯瞰からケベス祭りや鬼会、そこに住む人々の表情を追った丁寧な作り込みで、グループで訪れた町のご婦人方が見知った風景や人を探して談笑していた。
 今回は対照的に、会場は当時のままの状態を活かし、謎解きのようにさりげなく手が加えられるにとどめられていた。町の方々は、会議室や給湯室、金庫、屋上など、かつて自分たちが見知った部分と、そうでない部分を新たな目線で見渡すことになる。そのなかで今回中心的に飾られる、国東在住の船尾修の写真と石川直樹の写真の違いとはなにか。そういった批評的な視線を人々が獲得することも可能にする。また、このプロジェクトが若手作家のレジデンス形式であることも考えると、アーティストたちが一方的に都会のアートの押し売りをするというよりも、むしろ国東の歴史と自然、人間関係のなかで、若手アーティストが学び取り、感じ取る大きな教育的機会になったのではないか。
 エルンスト・ブロッホは、日常的な現実のなかに潜む「もはや意識されないもの」と「まだ意識されないもの」をテーマに『希望の原理』や『ユートピアの精神』を著したということをなぞれば、本展は九州に暮らす私にとって、いつの間にか「意識されないもの」のフォルダに振り分けていた、小鹿田焼や日名子実三をあらためて新鮮なものとして再認識する機会になった。
 2014年の後半には、文芸誌『すばる』10月号に掲載された藤田直哉「前衛のゾンビたち──地域アートの諸問題」が注目されたように、ローカルな芸術祭が各地に溢れている現在、その是非が問われている。事実、この国東半島芸術祭に関しても、アントニー・ゴームリーの《ANOTHER TIME XX》の設置場所を巡って、2014年末現在も検討が続けられているように、地域とアートが出会う場面でのさまざまな議論が起こっている(個人的には、別府青山高校で行なわれたゴームリー問題をテーマにした公共の場のアート議論の授業に注目した)。国東半島芸術祭は、都市部のものと比べてけっして大きくはないものの、手法としての成熟を感じさせるバランスのとれた内容構成で、地域社会とアートが直面するリアルな問題に正面から向き合っていく姿勢に深い感銘を受けた。本年もおそらく九州を中心にさまざまなアートや土地に出会っていくことになるだろう。それが楽しみでならない。

国東半島芸術祭

会期:2014年10月4日(土)〜11月30日(日)

学芸員レポート

 活気づく大分を羨ましく見つつ、熊本市現代美術館でも「鉛筆のチカラ──木下晋・吉村芳生」展がスタートしていることを申し添えたい。2013年12月6日(本展オープンのちょうど1年前)に63歳の若さで急逝した吉村芳生の没後最大規模となる展示である。六本木クロッシング展などで、部分的に作品を見る機会があったが、2010年に山口県立美術で開催された「とがった鉛筆で日々を写しつづける私 吉村芳生」展の衝撃は忘れがたい。担当学芸員とともに、トークや子ども向けのワークショップを行なっていると、観客としては気づかなかった小さな発見が日々ある。今回は、ギャラリーIIIで開催中の「パープルーム大学II」展に出品中の、アーティスト・石井友人がパリ留学中に吉村と同じアパートに偶然住み、《Self-Portraits 1000 in Paris》の幻の1001枚目のドローイングを譲り受けていたこともわかった(そのときのエピソードとともに会場に展示している。留学中の吉村の意外な姿が垣間見える)。
 木下晋は、折にふれて当館でも紹介してきた作家であるが、やはりそこには、木下が描いてきた、詩人で元ハンセン病患者の桜井哲夫との関わりを抜いては語ることができない。青森のリンゴ農家に生まれた桜井は、17歳でハンセン病を発症し国立療養所栗生楽生園へ入所。後遺症により指、目、鼻、声を失った。「らいは親が望んだ病でもなく お前が頼んだ病気でもない らいは天が与えたお前の職だ」と詠った詩人は、2011年に逝去した。今回、木下が、桜井を描いた作品はたった1点。頭頂部から描いた《無為の姿》だけである。
 熊本には日本最大のハンセン病療養施設・国立療養所菊池恵楓園があり、114年続いた私立のカトリック系のハンセン病療養所・島崎待老院の記念館、またハンセン病患者のための回春病院を設立したリデル、ライト記念館が、いずれも熊本市現代美術館から近い距離にある。地域とアートの関係性をまた異なる角度から見つめる旅に、熊本へと足を運んでみてはいかがだろうか。


吉村芳生《コスモス 徳地に住んで見えてくるもの(色鉛筆で描く…)》2007年
みぞえ画廊蔵


木下晋《100年の視力》2001年、新潟市美術館蔵

鉛筆のチカラ──木下晋・吉村芳生

会期:2014年12月6日(土)〜2015年2月8日(日)
会場:熊本市現代美術館
熊本県熊本市中央区上通町2-3/Tel. 096-278-7500

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坂本顕子

1976年熊本市生まれ。熊本市現代美術館主任学芸員。同館設立準備室を経て現職。 教育普及をベースに、現代美術系の企画展を多数行なう。美術や美...

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