2017年07月15日号
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キュレーターズノート

ヒロセコレクション 14:グループ展

角奈緒子(広島市現代美術館)2015年03月15日号

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 広島市現代美術館にて2015年3月8日まで開催していた「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である」展にあわせて、広島市内のコレクターを訪問するというプログラムを企画した。広島在住のコレクターといえば、『芸術新潮』(2015年3月号)でも紹介されている「大和プレス」の佐藤辰美氏を思い浮かべる方が多いかもしれない。今回のプログラムでは残念ながら佐藤氏を訪問することは叶わなかったのだが(上記展覧会会期中に、大和プレスでの展覧会が開催されていなかったため)、広島にはほかにも個人コレクターによる、知る人ぞ知る現代美術のコレクションが存在する。「ヒロセコレクション」である。

1987年、美術コレクターが広島市にギャラリーをオープン

 「ヒロセコレクション」は、市内で医師として開業されている広瀬脩二氏によるコレクションであり、診療所の1階部分を改修して設けた展示スペースで定期的に展覧会を開催、一般の人々にも公開している。広瀬氏が美術に関心をもつようになった最初のきっかけは、けっして特殊な体験ではなく、子どものころに美術の教科書や作品図版の載った全集を手にしたことだったという。自分で実際に作品を所有したいと思うようになった1980年代初頭の広島で、本業が医師のコレクター初心者が、気後れすることなく作品を買えるところといえば百貨店の画廊だけ。しかし、そこで紹介されている作家や作品はエコール・ド・パリなどいわゆる近代美術だったこともあり、作品の購入をし始めた当初はそれらのなかから気に入った作品を手に入れていたようだが、広瀬氏の関心の的は次第に、20世紀初頭にピカソらが魅了されただけでなく作品のインスピレーションの源ともなった原始美術へとシフトしていったという。コレクター魂に火がついたのか、「人とは違うものが欲しい」という思いを徐々に強くしていった広瀬氏は、80年代半ばころから、とうとう「現代美術」の領域に足を踏み入れる。そのきっかけのひとつは、広島出身で、山口にアトリエを構えていた現代作家、殿敷侃(とのしき・ただし、1942-1992)との出会いであった。原爆で父親を亡くし、自身も3歳のときに被爆している殿敷は、両親の遺品や原爆ドームの瓦礫などを版画で表わしていたが、ドクメンタ7(1982)で見たヨーゼフ・ボイスの社会彫刻に衝撃を受けて以来、環境をテーマとした社会性の強い大型インスタレーションに取り組むようになった。その殿敷と広瀬氏とが出逢った80年代半ばころ、広島にはまだ現代美術館もなく(広島市現代美術館は1989年に開館)、アクチュアルな生の現代美術をじっくり見られる機会はあまりなかった。それならば、自分でギャラリーを開設して現代美術を紹介し、その素晴らしさや楽しさを伝えようと思い立ち、1987年に展示スペース「ヒロセコレクション」をオープンする(なお、その後しばらくクローズしていた時期を経て、2011年に再開)。
 「ヒロセコレクション」には、自然から着想を得た作品で知られる作家も多く含まれる。「自然と美術との関わりは、じつは深いのではないかと感じた」と語る広瀬氏の「自然」への関心は、現代美術に傾倒する前に氏が熱心に集めた原始美術への関心のみならず、ハミッシュ・フルトン、リチャード・ロング、ジュゼッペ・ペノーネなど、コレクションの作家ラインナップからも窺える。氏のコレクションのその他の特徴として、ダニエル・ビュレン、スタンリー・ブラウン、ハンネ・ダルボーフェンなど、コンセプチュアルな傾向の作家が多いことも挙げられるだろう。いずれの作家も、広瀬氏が積極的に作品を購入していた80年代に精力的に活躍しており、いまとなっては現代美術の流れを語るうえで外せない作家ばかりである。個人によるコレクションとは基本的に、作品の購入は自身の意志(と、懐具合)によって自由に決定することができるため、個人の好みがダイレクトにコレクションの内容に反映され、なんらかの特色が生み出されてくる。上述のとおり、広瀬氏の場合も同様だが、「ヒロセコレクション」の形成は、強力なアドバイザーの存在を抜きには語れない。銀座の画廊「かんらん舎」のオーナー、大谷芳久氏である。大谷氏は、アーティストの紹介、作品の販売はもちろん、ヒロセコレクションで開催する展覧会の監修役も務め、さらには展示作業にも手腕を振るう。

誰もが鑑賞できる個人コレクション

 2011年、「ヒロセコレクション」のギャラリー再オープン初回を飾った作家は、トニー・クラッグであった。そこから数えて14回目となる現在開催中の展覧会は、ウルリッヒ・リュックリーム、ジュゼッペ・ペノーネ、ダニエル・ビュレン、ハンス・ハーケ、マリオ・メルツの5名の作家を紹介するグループ展である。蛇足ながら、広島市現代美術館で所蔵していない作家ばかりである。リュックリームは石を、ペノーネは木を素材に、自然との対話から生まれた作品を展示。赤いストライプの、25ピースで構成されるビュレンの版画は、「展示する壁面に等間隔にピースを並べ、版画がくるべき場所になんらかの障害物(建物の梁や扉などのほかに、別の作家の作品も含め)がある場合は、版画を展示しない」というルールに則って展示され、壁の面積やそこに展示される作品などの状況によって、作品の見え方がまるで変わるという作品。ハーケの作品は、資本主義構造を支えるいち企業であるモービル社が、巧妙に覆い隠された不正や不当な搾取をとおしていかに利益を生み出しているかという資本主義経済の裏側を暴きながら、「モービル社は、(株主である)私のお金を増やしてくれる!」と高らかに謳うシニカルなもの。自然界に見られる規則に魅了されたメルツは、フィボナッチ級数を形にする。


展示風景(手前:ウルリッヒ・リュックリーム、奥:ジュゼッペ・ペノーネ)


展示風景(ダニエル・ビュレン、中央:ハンス・ハーケ、右:マリオ・メルツ)
ともに提供=ヒロセコレクション

 いち地方都市、広島で、こうした名だたる作家の作品を目の当たりにすることができるとは、なんとラッキーなことか。とかく個人コレクターといえば、自宅やオフィスなど、閉ざされた空間に作品を展示し、限られた人だけに作品を紹介するという方法で作品を(所有することを)享受しているという印象をもたれるのではないだろうか。少し特権的ではあるものの、このようなプライベートな作品の楽しみ方を否定するつもりはもちろんない。しかし、冒頭でも述べたとおり「ヒロセコレクション」は、「一般にも公開している」という点で、やはり特筆すべきだろう。週の後半の午後(金・土・日曜日、14:00〜18:00)、観覧料(一般500円、学生300円)を払いさえすれば、誰でも作品を鑑賞することができる。しかも立地は繁華街からアクセスしやすい、市内を走る路面電車を運行する広島電鉄本社前の電停から歩いてすぐのところ。「現代美術はわからないから……」というフレーズは、そこを訪れない口実にはならない。なぜなら「ヒロセコレクション」では、展示作家や作品に関する情報を記載した配布プリントまでもが用意されており、作品を楽しみ、作品に近づく手がかりを与えてくれるのだから!
 たしかに、日頃、現代美術(のみならず美術全般)に馴染みのない人にとって、「個人コレクター」と呼ばれる人々は謎の存在であり、そのコレクションを見に行くなどハードルが高く、気後れしてしまうかもしれない。しかしながら、自分で所有したいと思うほどにアーティストのアイデアとその結晶としての作品を愛し、さらにはその楽しさを少しでも多くの人に味わってもらいたいとまで思ってしまうほど、熱い気持ちをもったコレクターとの出会いは、なにかに熱中し、それをたくさん欲しい、集めたいと願うという、多くの人が子どものころに抱いたことのあるピュアな気持ちを思い出させてくれる。そして言うまでもなく、鋭い視点や突拍子もない発想をもったアーティストによって体現された、視覚的にも美しい作品との出会いの機会を与えてくれるのだ。
 なお、現在、広島市現代美術館で開催されているコレクション展「記録(ドキュメント)というカタチ」(2015年2月28日〜5月31日)では、特別に「ヒロセコレクション」より拝借したリチャード・ロングの作品も展示されているので、広島にお立ち寄りの際には、ぜひあわせてご覧いただきたい。

ヒロセコレクション 14:グループ展

会期:2015年2月20日(金)〜3月29日(日)
会場:ヒロセコレクション
広島県広島市中区千田町3-9-10/Tel.082 247 2450

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角奈緒子

2006年より広島市現代美術館学芸員 *写真撮影=井上貴博

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