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学芸員レポート

「大蔵山ワークキャンプ」「水と土の芸術祭2015」

伊藤匡(福島県立美術館)2015年09月01日号

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 この夏、宮城県内では二つのランドアートのプロジェクトが進行している。ランドアート、またはアースワークとは、大地をカンヴァスにして創作をする造形芸術のことだ。宮城県で進行中のランドアートとは、ひとつはアート・ユーザー・カンファレンスというユニットによる「ロバート・スミッソン ウィズアウト ロバート・スミッソン」展。そしてもうひとつは「大蔵山ワークキャンプ」である。このうち、大蔵山の様子をご紹介する。

大蔵山ワークキャンプ

 大蔵山は宮城県南部、福島県と境を接する丸森町の採石場で、「伊達冠石」と呼ばれる安山岩が採れる。彫刻家のイサムノグチがこの赤みのある石を好み、制作に使用した。このプロジェクトは、彫刻家たちが約1カ月共同生活をして採石場で制作をするという、文字通りのワークキャンプである。
 この山で約100年前から採石している採石会社の四代目で、ワークキャンプの総括責任者である山田政博氏によれば、本来の趣旨は採石によって破壊した山の緑化復元である。だが山の稜線から数十メートル分も掘り進んでいて山の形もすっかり変わっているため、原形に戻すことはできない。そこで山をいかにして修景し、自然に帰すかを芸術家たち、石工職人たち、さらには地域住民たちと共同で考え作業をして、人々が集い交流できる場にしたい。いわば採石場跡地の緑化復元という課題を大地の立体造形という方法で解決しようというのが、このワークキャンプなのだという。じつに壮大で、しかも終わりというものがない事業である。
 ワークキャンプは過去3回開催されている。1991年の第1回は、5人の作家による石の造形物を公開共同制作した。完成した制作物は「時の道」と名付けられ、周りには山の木が移植された。1992年の第2回は、6人の作家が「座るかたち」をテーマに、1990年に設置された「いし舞台」という石のステージの周りに、石の観客席をつくった。1998年の第3回キャンプでは、「彫刻と建築」をテーマに、4人の彫刻家とスロバキアの石職人3人、それに地元の石職人も加わって、集会所の石壁を制作した。これはその後土壁が塗られ、スレートの屋根が葺かれて完成し「山堂」と呼ばれている。
 今回は第4回のワークキャンプで、17年ぶりの開催となる。参加している作家は八木ヨシオ、真下賢一、Pauls Jaumzems(ラトビア)、菅野泰史、宮城孝明、Meral Hietz(オーストリア)の6人。制作プランは、山堂のそばに駐車場をつくること。駐車場は円形で、中央部には円錐形の石塔が設置される。この形は参加作家の母国ラトビアで聖なる形を意味するという。
 久々の開催について、山田氏の説明をまとめると、3.11の地震で宮城県も被災した。また丸森町は福島県と境を接する場所で、原発事故による放射性物質の汚染もある。震災後の「もやもやした気分」を吹き払い、大蔵山は元気だよと発信するために、第4回を企画した、ということになるだろうか。
 採石場は円錐形の山の頂上部にあるが、すでに数十メートル分を掘り尽したためか、意外に平坦である。取材日はあいにくの雨で見通しが利かなかったが、晴れた日には東に太平洋、西には蔵王山が見える、見晴らしの良い場所だという。現場はアートの制作というイメージからは遠く、むき出しの赤土の地面を油圧ショベルで掘り、ダンプトラックで土や石を運ぶ土木作業そのものである。制作しているものの具体的な形が見えてくるのは9月10日頃からのようだ。9月13日夕刻から現地で開かれるクロージング・パーティには、巴紋のような形をした制作物を見ることができるだろう。制作風景は無料で観覧可能だが、雨が降ると採石場の道がぬかるむので長靴は必携だ。また四駆車でない場合は脱出に苦労するかもしれない。


大蔵山採石場。左手斜面にイサムノグチの切羽も見える


制作現場


山堂内部

大蔵山ワークキャンプ Vol. 4

会期:2015年8月16日(日)〜9月13日(日)
会場:大蔵山採石場
宮城県伊具郡丸森町大張大蔵字小倉/Tel. 0224-75-2105

アート・ユーザー・カンファレンス「ロバート・スミッソン ウィズアウト ロバート・スミッソン」展

会期:2015年4月18日(土)〜11月22日(日)
会場:風の沢ミュージアム
宮城県栗原市一迫片子沢外の沢11/Tel. 0228-52-2811

水と土の芸術祭2015

 ランドアートといえば、三年に一度開催される新潟市の「水と土の芸術祭」にも、同様の作品が展示されている。
 川が運ぶ水と土によって形成されてきた新潟という土地の環境、文化、歴史にアートの視点で光をあてようという趣旨で始まった「水と土の芸術祭」、今回で3回目となるが、主要会場が毎回異なる、場所にこだわった芸術祭だ。第1回は東京23区よりも広い新潟市内ほぼ全域が会場となり、見て回るのがたいへんだった。第2回は、信濃川河口の魚の水揚げやせり市場として使われていた建物を主会場にして、川と海が造った街新潟のイメージを伝えていた。
 3回目の今回は、廃校となった中学校と、新潟市内の四つの潟湖が主会場である。
 新潟市美術館近くの旧二葉中学校はベースキャンプと位置付けられ、映像や写真作品など、主要会場ではもっとも多い18の作品が展示されている。ショップやカフェも置かれている。そのなかでは酒百宏一の《Niigata 水の記憶マップ 2009-》が、地味な展示ながら印象に残る。新潟市内の水の記憶の遺る場所を市民と共同で探索し、フロッタージュの手法で写し取って地図に落とし込む。水門、橋、堀、堰、水争いや土地改良の記念碑など、その数260カ所。地道な作業であるが、地域の歴史や景観を知るうえで貴重な遺産になるだろう。
 潟湖は新潟の地名の由来でもあり、新潟独特の景観を形作っている。貴重な自然が残り市民の憩いの場にもなっている。主要会場の四つの潟のなかではもっとも広い福島潟では、安藤栄作が流木を集めて身長20メートルの人型をつくっている。流木も枯れてくると白くなって、骨のように見えるものもあり、不気味な印象を受ける。それにしても使われている流木の量は膨大だ。制作もさることながら、流木集めがたいへんだったのではないか。足元に観賞用の台が設置されているが、もう少し高いところから全体像が見えるとよいのだが。水辺に建つらせん形の建物ビュー福島潟(青森県立美術館を設計した青木淳の代表作)の展望フロアからは見えるのだろうか。
 潟らしい作品という点では、建築家ユニット、ドットアーキテクツの《潟の浮橋》が挙げられる。岸から約10メートル沖合に浮かぶ小島に橋を架けたのだが、その橋は水深の浅い潟で使われた潟舟を繋いで舟橋としている。
 公式ガイドブックには、アート作品数69点と記載されているが、半数は過去2回の出品作品である。また、「アートと潟を巡る、出会いと食の新潟」とあり、「アートのお祭り」から「アートも含んだお祭り」に移行しているようにみえる。純粋な造形作品は少なくなったものの、パフォーマンス・アートや市民プロジェクトなどは増えているし、食の情報も充実している。アートだけが突出している状態では長続きしないだろうから、この変化は地域のイベントとして根づくために必然なのだろう。


日比野克彦《BOAT HOUSE DOCK YARD》


酒百宏一《Niigata 水の記憶マップ 2009-》


安藤栄作《大地のひと》


ドットアーキテクツ《潟の浮橋》
写真はすべて筆者撮影

水と土の芸術祭2015

会期:2015年7月18日(土)〜10月12日(月・祝)
主要会場:
ベースキャンプ:旧二葉中学校(中央区二葉町)
メインフィールド:鳥屋野潟(中央区女池)、福島潟(北区前新田)、佐潟(西区赤塚)、上堰潟(西蒲区松野尾)
その他新潟市内全域

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伊藤匡

1956年生まれ。福島県立美術館学芸員。

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