2017年05月15日号
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キュレーターズノート

休館中の事業/「菊畑茂久馬 『春の唄』」作品集刊行/「写真家 片山攝三 肖像写真の軌跡」展覧会評/終わりに

山口洋三(福岡市美術館)2017年02月15日号

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 昨年末の怒濤の美術館引っ越しが終わって早1カ月。旧中学校校舎に間借りした仮事務所にもようやく慣れてきた。しかし展覧会活動のない美術館事務所には電話も来客もより少ない。新年度になればまたいくつか仕事が待っているのだけど、いまは嵐の前の静けさ、とでもいうべき時間かもしれない。

 

休館中の事業

 とはいっても開館中から継続する仕事、休館しているいまこそやれる、やらなければならない仕事がいくつかある。まずひとつが、記録集の制作。休館前の展覧会であった「歴史する! Doing history!」(実はHPは存続。展覧会閉幕後のエピソードなどが更新されているのでのぞいてみてください)は、図録制作が進行中。さらにもうひとつ、これは図録ではなく「活動の記録」(年報)の豪華版と呼べる内容であるが、2016年4月〜8月の福岡市美術館の全活動は、すべて「クロージング/リニューアルプロジェクト」と銘打たれていたのはすでに本欄においてお知らせしたとおりだが、これらをすべて収録することにしている。両方とも年度内(つまり3月末)には出版の予定である。
 2つ目は、「どこでも美術館」。数年かかってなんとか予算化にこぎ着けた。休館のタイミングで市内小中学校に教育普及係が出張し、鑑賞授業を行なうというもので、いわゆるアウトリーチ活動の一環である。この事業のためにまずは3種類の「作品鑑賞ボックス」を制作した。これは今後もいくつか種類が増えることになっている。また、学校側のニーズに合わせた授業メニューをつくることができる。小学校での出張授業は、昨年11月からすでに始まっており、来年度に向けて加速していくことになるだろう。

どこでも美術館 市内小学校での鑑賞授業の様子

どこでも美術館 やきものボックス

 3つ目は展覧会活動。もちろん、美術館は休館、作品は館内外の収蔵庫に入ったままでほとんどが貸し出し停止中だが、このタイミングだからこそ、他館にて、まとまったかたちでの所蔵品展が可能になる。それが「夢の美術館 ─めぐりあう名画たち─」展。これは、福岡市美術館と北九州市立美術館の主要な所蔵品69点で構成された所蔵名品展で、両館の改修工事による休館時期が偶然重なったことで実現した。昨年12月20日から沖縄県立博物館・美術館で開幕し、今年2月23日より長崎県美術館に巡回する。その後、熊本県立美術館、久留米市美術館(旧・石橋美術館を久留米市が引き継ぎ昨年11月19日に開館)、宮崎県立美術館、そして島根県立美術館を巡回することになっている。
 北九州からはドガ、モネといった印象派の絵画から、バスキア、中西夏之まで30点。そして福岡からはコラン、黒田清輝といった日本近代洋画から、ダリ、ウォーホル、そして柳幸典、やなぎみわまで39点を貸し出した。いずれも両館の常設展示室に行けば見ることのできた作品ばかりで、この機会でなければ同時貸し出しは実現しなかった。展示の方は、いずれの所蔵かにこだわらず時代別のテーマを抽出した展示方法を採り、結果的に、東西の主要画家による20世紀美術史の通覧、という内容になった。しかし、(やや自賛めくけれど)地方館2館の所蔵品でこれほどの内容がそろうのは奇跡なのではないだろうか? その意味で、本展は「夢の美術館」なのである。
 図録は、編集陣ががんばった。展示構成をそのまま反映させた掲載順だが、各章の合間に平野啓一郎、東山彰良といった大活躍中の小説家や画家による、両美術館についてのエッセイがちりばめられており、なかなか格調高くなった。巻末の両館関係者による座談会はちょっとダレ気味だけど、それでも建設当時の思い出の記録として肩肘張らずに読むことができるだろう。
 一方で、この展覧会は、福岡市美術館にとっては常設展示の「出開帳」である。確かに現在、美術館の建物自体は閉鎖されていて、展示をもちろん見ることはできないが、「夢の美術館」巡回会場に行けば、今年の10月末まではその一部を見ることができるのである。

「夢の美術館」 沖縄県立博物館・美術館での展示風景。左から、ステラ(福岡市美)、荒川修作(北九州市美)、桑山忠明(同)、ロスコ(福岡市美)

 そしてこの「出開帳」は、ほかにもある。福岡市美術館の常設展入り口でぱっくり口を開けていたアニッシュ・カプーア《虚ろなる母》は、正真正銘、最後の引っ越し作品となって昨年12月27日に福岡市美から福岡アジア美術館へと運ばれ(どうやって運んだの? とだいぶ聞かれました)、後者の常設展示における企画展「アニッシュ・カプーアとインドのカタチ」の出品作のひとつとして、同じく福岡市美から輸送された同作家のドローイング、そしてアジ美所蔵のインドの抽象絵画とともに会場を彩っている。アジ美も開館して間もなく17年だが、福岡市美+アジ美の所蔵品のコラボは意外と実現していなくて、昨年の福岡市美常設展「TRACES|轍」にて、アジ美開館以前に当館所蔵品だった作品群を一時的に里帰りさせた例があるくらい。このコラボもまたリニューアル工事に伴う休館が与えてくれた機会である。

アニッシュ・カプーア《虚ろなる母》はアジア美術館にて展示中

 こうした休館中の取り組みには、リニューアルオープンまでの「つなぎ」的役割だけでなく、むしろリニューアル後の活動を見据えた「助走」という側面がある。新しくなる展示室における展示方法、そして教育普及の新しい展開などへの知見を、こうした試みからできるだけくみ取っていかねばならない。

夢の美術館─めぐりあう名画たち─

会期:2017年2月23日(木)〜4月2日(日)
会場:長崎県美術館(熊本県立美術館、久留米市美術館、宮崎県立美術館、島根県立美術館に巡回予定)
長崎県長崎市出島町2-1
Tel. 095-833-2110


アニッシュ・カプーアとインドのカタチ

会期:2017年1月2日(月)〜5月9日(火)
会場:福岡アジア美術館
福岡市博多区下川端町3-1 リバレインセンタービル7・8F
Tel. 092-263-1100

「菊畑茂久馬 『春の唄』」作品集刊行

 一昨年9〜10月に、カイカイキキギャラリーにて開催された「菊畑茂久馬個展 『春の唄』」。その出品作品の図版を収録した作品集がようやく刊行された。
 約1年前の工藤健志学芸員のレポートの写真を見ていただければわかるように、出品作はいずれも実に淡い色彩で、図録をつくろうにも写真家、印刷会社泣かせである。カイカイキキによれば、やはり色校正がうまくいかずに何度も修正を重ねることとなり、結果的に1年以上もかかってしまった。『村上隆のスーパーフラット・コレクション』図録も同時期に制作が進行していたはずで(金の紙を張り込んだこの図録も大変な労作)、現場の苦労が偲ばれる。さてめでたく完成した菊畑作品集は、ページ数こそ72頁だが、菊畑、村上隆、そして筆者の鼎談(といっても筆者の出番はほんのわずかで名前出してもらってかえって恐縮します)、筆者による菊畑モノグラフィーが日英バイリンガルでテキストとして収められ、さらにそこには参考図版として九州派時代の記録写真や過去の絵画作品も掲載されている。2011年発行の『菊畑茂久馬 戦後/絵画』(grambooks刊)は300頁を超すものとなったから、今回の作品集は、コンパクトな菊畑入門書として役立つのではないか。一般書として出版されているので、amazonでも購入可能である(余談ながら「戦後/絵画」もまだ在庫多数です〜w)。




「写真家 片山攝三 肖像写真の軌跡」展覧会評

 「写真家・片山攝三 肖像写真の軌跡」が2月4日に福岡県立美術館で開幕した。
 片山攝三(1914-2005)は、福岡以外ではほとんど知られていないと思われる。1912年に福岡市内で創業した片山写真館を引き継ぎ、1935年以降は代表として写真館を運営した。ちなみに片山は2005年に没したが、片山写真館は現在も福岡市で老舗として営業を続けている。これだけなら「町の写真家」の域を出ないが、彼をその域からはみ出させているいくつかの「作品」がある。土門拳の仕事に匹敵するかと思える芸術家(画家、小説家など)や学者の優れた肖像写真がそれであり、本展ではこの作品群がフォーカスされている。片山はこの仕事に1960年頃から本格的に取り組み(この時点で片山は40代後半)、しかも自らの意志で、費用も持ち出しで撮影した。福岡を拠点とする写真家がなぜおよそ150人もの芸術家・学者たちの肖像写真を撮影できたかといえば、彼の出身校である福岡県立中学明善校の同級生であった美術評論家の河北倫明(当時、東京国立近代美術館事業課長)が知人の芸術家を紹介したことに多くを負う。しかしそれだけでなく、写真家・片山の人柄もまた彼らに接近するのにプラスに作用したようだ。本欄に掲載する高島野十郎の肖像写真は、本格的な肖像撮影以前のものであるが、出色の出来映えだと筆者は思う。野十郎もまた明善校出身だったので、2人の間に同郷のよしみはあっただろうが、画家としての世俗的な成功に背を向け、自らの画道に邁進した孤高の芸術家・野十郎が誰の前でもこの写真のような表情をつくるとは思えない。
 一方で写真館での営業撮影にも同様に情熱を注いだ。本展ではここにも光が当てられ、結婚記念写真、家族写真などがガラスケースの中に展示されていた。芸術家の肖像写真のほうはモノクロで、硬質な明暗の対比があたかも被写体の時空間を瞬間冷凍したかのような印象なのに比して、この注文写真のほうは光も影もマイルドで、時間の澱が降り積もったかの印象を受ける。少なくともそれは「作品」とは異なる存在だ。額装されず、台紙にマウントされて積み重なってケース内に展示されたそれは、モデルも写真家も「匿名的」である。壁面の肖像写真との対比はかなり強烈で、本展の隠された、そして最大の見所でもある(だけどその強烈さは気をつけて見ないと判らない)。その2つの側面を写真家が使い分けたのか、あるいはモデルを前にしたときの写真家の自然な振る舞いなのか、と問わずにはいられない。
 もちろん、写真館の営業写真を、生活の糧を得るための所業である、と(芸術の側に立って)断じたり、逆に肖像写真のほうを営業写真家のやや過剰な「趣味」と(生活の側から)呼んだりすることは可能だが、安易な批評だ。むしろ、地方に住む作家という立場を考えたとき、ここに九州派的な「中央の攻め方」、すなわち「生活」(=地方=写真館)をベースに「芸術」(=中央=肖像写真)に狙いを定める片山の姿を、写真の背後に見て取ることができるのではないか。そしてそれは一面で前衛美術を隆盛させた「戦後」(1960年代)という時空間を抜きに考えることもまたできないだろう。そのとき地方と中央は、いまよりもずっと近く、そして地続きであったはずである。


片山攝三《高島野十郎》1952 ゼラチン・シルバー・プリント(金調色) 福岡県立美術館蔵


片山攝三 写真館で撮影された営業写真 1969 ゼラチン・シルバー・プリント(金調色)個人蔵

写真家 片山攝三 肖像写真の軌跡

会期:2017年2月4日(土)〜3月20日(月・祝)
会場:福岡県立美術館
福岡市中央区天神5丁目2-1/Tel. 092-715-3551

終わりに──12年間ありがとうございました

 2005年5月1日号から本欄を担当するようになって、今号で丸12年になる。執筆依頼があったタイミングというのは、自分自身の学芸員生活12年目に入ったころで、美術館の仕事も一通りこなすことができるようになり、そろそろなんらかの展開をしたいと思っていた矢先だった。2005年以降は展覧会企画が飛躍的に増え、そのたびになんらかの挑戦をしていた。藤浩志(2005 個展)、大竹伸朗(2007 個展)、菊畑茂久馬(2011 回顧展)、鈴木貴博(2014 個展+レジデンス)といった、学生時代からその活躍を知っていた作家と仕事ができ、菊畑展がきっかけとなって村上隆と出会い、その後彼には講演会(2012、15)でお世話になり、前述の菊畑展とその図録へとつながった。中ハシ克シゲとは自主運営の「震電プロジェクト」(2006、09)にも取り組んだ。さらに青森県美・工藤氏のご縁で成田亨の作品に関わることもできた(2014-15)。懸案の『九州派大全』にもケリをつけた(2015)。その多くは本欄でも紹介させていただいた。まだまだあるけどキリがない。まさに怒濤の年月だった。ちょうど干支が一回りし(そうそう、実は酉年なんですよ私)、職場を見れば、自分の係のメンバーが自分以外全員入れ代わった(!!)。周りの世代も交代しつつある。なんとなく潮時を感じたので今号限りで本欄を引退することにした。
 いま思い出せば、1999年末から2003年末にかけて存在した『てんぴょう(展評)』という季刊雑誌(あったねえ、と懐かしく思い出した方もいらっしゃるかと)にも、筆者はその創刊から終刊までの約4年間、執筆の機会をいただいていた。あと本欄担当とほぼ同時くらいに、朝日新聞西部本社版にも数カ月に一度の割合で美術評を書くことになったので、合計すると16年間、2、3カ月に一度のペースで、数多くの展覧会評や美術に関する文章を書いてきたことになる。仕事の縛りを離れてこうした文章を書く機会を与えていただけるというのは本当にありがたく、文章力のもともとない筆者にとり、本欄や他の原稿依頼は、自分にとっていい意味での他流試合の場所だったといまになって実感している。
 しかしその内容は読者の皆さんにはどう評価されたのだろう? 筆者はSNS関係を一切やっていないので、そうした声も届かないが、いずれの編集サイドからも、そろそろ交代してください、とは言われなかったことから考えて、それなりの評価をいただけていたのかな?
 長い間のご愛読本当にありがとうございました。今後は読者の1人として、アートスケープを愛読していきます。
(文中、一部敬称略)

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山口洋三

1969年生まれ。 福岡市美術館 学芸員。「福岡現代美術クロニクル1970-2000」(2013、福岡県立美術館との共同企画)、 「菊畑茂久...

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