キュレーターズノート

藤森照信展──自然を生かした建築と路上観察

角奈緒子

2017年03月15日号

 建築史家? 路上観察家? それとも建築家? 藤森照信(1946- )は、そのすべてにあてはまる。長野県茅野市に生まれ育った藤森は、東北大学、東京大学大学院で学ぶ。大学院での研究対象は、近代日本建築史。「建築探偵団」を結成して近代洋風建築を調査、その成果として多数の著書が発表されている。赤瀬川原平、南伸坊、松田哲夫、林丈二らと発会させた「路上観察学会」の活動をご存知の方も多いのではないだろうか。路上から目にすることのできるあらゆるものをユーモラスな視点で観察し、本来の意図とは異なる無用の美を採集する。近代建築史・都市史研究の第一人者として多くの業績を残してきた藤森だが、1991年、44歳のときに《神長官守矢史料館》(長野県茅野市)を設計し、突如、建築家としてデビューを果たす。そしてそれ以降、数々の独創的な建築作品を世に生み出してきている。その藤森照信の活動を紹介する個展が、水戸芸術館で始まった。この展覧会、今年の秋に広島に巡回することもあり、現場での制作が多い展示作業に筆者も立ち会ってきた。たまには完成した展覧会のレビューではなく、「裏側」から紹介するのも楽しいのではないか。今回はそのときの様子をレポートしてみることとしたい。

「藤森さん」の公共建築


不思議なカタチだけれど、座り心地のよい椅子たち[以下、すべて筆者撮影]

 最初の展示室では藤森さん(尊敬と勝手な親しみを込めて、「藤森さん」と呼ばせていただくことにする)が、これまでに手がけた「公共建築」を中心に紹介している。実物を展示することが難しい建築展で建築写真の存在は重要な要素となるが、今回の建築写真の多くは初期から藤森建築を撮影してきた増田彰久氏によるもの。写真からは、どこか丸みを帯びたようなほっこりとした気持ちにさせるやさしさと、屋根から木が生えている(!)という奇抜さとそこに起因するちょっとしたおかしみ、そしてなぜだかわからないけど、なんだか突き抜けちゃっているカッコよさまでもまとった建築の姿に、藤森建築初心者はおそらく心地のよい驚きを覚えるのではないだろうか。もうひとつ同様に驚きとわずかな失笑を禁じえないのは、なんとも異様なかっこうの椅子たちである。座面から枝が生えているようなベンチ、丸太をチェーンソーで鼓状にカットし、美しい年輪模様の上にお尻を乗せて座ることになる丸椅子など、どれも「木」という素材の元の姿が多くとどめられているものばかりだ。大変失礼であることを百も承知で告白すると、見た目からは座り心地に若干疑念を抱いていた。しかし、実際に座ってみてさらに驚いたことに(失礼再び!)、座り心地も抜群なのだ。展覧会では、これらの椅子に座ることもできるので、すべての椅子の座り心地をぜひ自身で確かめていただきたい。同展示室内を仕切るようにぶら下げられた、モザイクタイル製のすだれをくぐると、タイルカーとともに、2016年に開館したばかりの《多治見市モザイクタイルミュージアム》を紹介するコーナーへと続く。

スケッチと丸太模型

 そして、その奥で紹介されているのが住宅建築。複製図面(むしろ「スケッチ」に近い)が壁面いっぱいに貼られ、藤森さんのアイデアや試行錯誤のあとを垣間見ることができる。一つひとつを丁寧に見ていくと、「縄文建築団のお誘い」という告知チラシならぬ文書を見つけた。ご存知の方も多いと思うが、「縄文建築団」とは藤森さん、その友人、そして施主といった面々で構成される集団のことで、自分たちも身体を動かし、手も動かし、建築の施工に参加する。自分が暮らす、多くの時を過ごす建築を自分の手でつくる、かつてのヒトがそうしていたように。この集団の活動を初めて知ったとき、言われてみれば当たり前な(だった?)のかもしれないその発想に、やはり驚いたことを覚えている。ここの展示でもうひとつ見逃せないのは、建築模型である。床から立ち上がるように並ぶ、木製の模型たちはなんとも意地らしく愛らしい。「木製」と言っても合板やバルサ材で製作されているのではなく、チェーンソーを使って丸太を削りおとしてつくられているのだ。比較的丁寧に削られ、なめらかな肌合いの、モノによっては部分的に彩色が施された模型は、まるで著名彫刻家による彫刻作品のようにも見えてくる。そうかと思うと、円空の仏像を想起させるような、荒々しいノミならぬチェーンソーの削りあとが特長的な模型もまた味わい深い。この一風変わった建築模型も特に海外で人気が高いらしく、買いたいという要望が入ったこともあるのだとか。しかしながらこれはあくまで建築模型。実在する建築に付随する「模型」なのだ。


藤森さんによる膨大なアイデアスケッチ


建築模型、通称「ワニ」

たねやの美 苔山出現

 続く展示室は、ガラッと趣向が変わる。と言うのも、ここでは「たねやの美」と題し、近江八幡を本拠地とする老舗和菓子屋「たねや」が所蔵する「湖東焼」や志村ふくみによる「着物」など、地元滋賀にゆかりのある作家や伝統的工芸、そして「たねや」とその洋菓子部門として知られる「クラブハリエ」のデザイン部が手がけた包装紙やパッケージ、同社の商品(菓子)見本、そして職人技がいかんなく発揮された工芸菓子などが紹介されているからである。では、なぜ藤森展で「たねや」なのか。たねやグループのフラッグシップ店「ラ コリーナ近江八幡」のメインショップ《草屋根》(2015)、カステラショップ《栗百本》(2016)、本社社屋《銅屋根》(2016)の建築を手がけたのが藤森さんなのだ。展示室いっぱいに広がった高台「苔舞台」は、自然豊かなラ コリーナの雰囲気を堪能できる。ここにも、のびのびとした椅子と大テーブルが並ぶが、なんと言っても必見は《銅屋根》の模型だ。まるで地中から発掘された埴輪のような風情を醸し出しているテラコッタの模型は、ごく最近、藤森さんとたねや職員のみなさんとの協働により野焼きでつくられた。苦労を重ねながらも楽しそうなそのときの様子は、たねやのウェブサイトで知ることができる。


たねや園芸部による「苔山」制作の様子

藤森流 実物大素材見本


素材見本、「杉皮葺き」

 長い廊下状の部屋が特長的な展示室には、これまで手掛けた建築の屋根・壁・左官等の素材見本が並ぶ。自然素材をいかにして現代建築に生かすか、植物をどのようにして建築に取り込むか、素材配合の割合を変え、何度も強度を確かめた土壁や漆喰壁、藤森建築のトレードマーク的な屋根材として使われる芝や銅板など、試行錯誤の末たどり着いた、何種類もの自然の素材による工法が紹介されている。この素材見本のひとつを完成させるに際し、筆者も藤森さんの助手として携わることができた。われわれが作成したのは、炭壁。漆喰が塗られた面にちょうどよい大きさに砕いた木炭を貼りつけていく、ただそれだけと言えばそれだけの作業なのだが、これがまたたいそう楽しい。過去には《ニラハウス》(1997)から、近作では《草屋根》まで、数々の建築の壁や天井で実践された技法のため、縄文建築団団長、藤森さんの手つきは慣れたもの。まず、手際よく木炭を金槌で叩いてくだく。筆者「どのくらいの大きさにくだけばいいんですか?」/藤森「適当でいいの、適当で。あんまり大きすぎてもダメだけど」。次に、接着剤として使用するシーリングシリコンを小気味よく絞り出していく。筆者「きれいに並びすぎない方がいいんですよね……?」/藤森「そうそう、適当にね。この作業は性格が出るよね」。どうやら炭壁づくりにおけるキーワードは「適当」。あまり深く考えず、自由に感覚的にペッペッと炭を貼りつけていく。意外と無心になれるのだが、サブロクのJパネル1枚分の面積ではあっという間に終わってしまう。ラッキーにも筆者が助手として指名された理由はひとつ、「この炭壁、広島でもできないかな? やり方をよく見といてよ」と。どのように実現するかはこれから検討することになるが、確かにもっとやりたい気持ちになっている。


手際よく炭を砕く藤森さん


素材見本、「炭壁」完成!

不安と興奮の新作茶室《せん茶》

 そして展示は「茶室」を紹介するギャラリーへと移っていく。藤森さんはこれまでに数々の茶室も手がけている。自邸である《タンポポハウス》(1995)にも茶室があるし、《一夜亭》(2003)、《矩庵》(2003)、《高過庵》(2004)、《茶室 徹》(2005)などなど。今回は、細川護熙氏に依頼されて制作した《亜美庵杜》(2010)、そして本展のために考案した《せん茶》(2017)の2つが「実物」展示されている。話は少し前後するが、今回の水戸での個展を開催するにあたり、事前に一度「路上観察学会」が水戸に集結した。その観察時に藤森さんが見つけた心惹かれるモノのひとつが、徳川斉昭が構想し、現在も水戸の東照宮に残されている安神車(戦車)である。「戦車」といっても、当然だがキャタピラーで戦場に乗り込むあの戦車の姿を想像してはいけない。鉄板で覆われた貯水槽のような形のもので、これを車に乗せて牛にひかせるという考えだったようだ。ここから着想を得て、今回の展覧会のために新設したのが《せん茶》である。と、話は茶室に戻る。「せんちゃ」という音から「煎茶」をイメージするかもしれないが、「戦車」と「茶」とをかけたダジャレ的ことば遊びであることは言うまでもない。
 使用している建材はJパネルや銅板といった、藤森さんが使い慣れているものばかり。筆者は《せん茶》プロジェクト、第1回ミーティングに参加したが、この建築の始まりは藤森さんの手による、まるでお絵描きのようなスケッチ1枚(もちろん、寸法など必要最低限の情報は書き込まれていた、が……)。しかもこの茶室、脚(車輪)がついているではないですか! 一見しておそらく、みんな不安を覚え、同時に完成形を思い描いて奮起したに違いない。まずここから建材を切り出すのに必要な、正確な数値の入った図面をひいたのは貝島桃代さん(アトリエ・ワン)のもとで学ぶ筑波大学の学生たち。展覧会を企画した水戸芸の学芸員、井関さんを介して膨大なやり取りを重ね、そしていよいよ現場で実際に建材を組み上げたのは、地元の大工さんや鍛冶屋さんといった職人さん集団、そして貝島先生と学生たち。なんであれ「現場」をご存知の方ならおわかりになると思うが、物事はなかなか「青焼き」どおりには進まない。あらゆる困難をみんなで知恵と力を合わせて乗り越える様子を、無力の筆者はなんの役に立つこともできず、ただかたわらで眺めて見守るだけ。同じように(無力ではないが)、かたわらで職人さんや学生たちの奮闘をうれしそうに眺めていたのが藤森さん。自分の発案(設計)ではあるが、「よっぽどおかしなことにならない限り、ある程度は現場の手に委ねるのよ」とは藤森さん談。さすがは縄文建築団、団長である。大胆さと繊細さが同居し、すべてを包み込んでしまうような大きさは、藤森さんご本人、そして藤森さんによる創作物すべてに見出せるのではないだろうか。

 この展覧会、展示作品を一部変更し、今年の秋に広島でも開催(9月29日[金]〜12月3日[日])する。見たら思わず心が躍る、藤森ワールドの出現に乞うご期待。



銅板打ちも手作業です


貼られるのを待つ銅板


《せん茶》の車輪がつく脚部分設置中

藤森照信展──自然を生かした建築と路上観察

会期:2017年3月11日(土)〜2017年5月14日(日)
会場:水戸芸術館
   茨城県水戸市五軒町1-6-8
   TEL:029-227-8111
巡回:広島市現代美術館 2017年9月29日(金)〜12月3日(日)

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