キュレーターズノート

西野達の“九州侵攻”

坂本顕子(熊本市現代美術館)

2017年10月15日号

 「ホテル裸島 リゾート・オブ・メモリー」は、つなぎ美術館が中心となって運営する住民参加型のアートプロジェクトである。津奈木町は、野外彫刻の設置をはじめ、30年以上アートを生かした町づくりを続けてきたが、その拠点となる同館においても、廃校となった海上小学校(旧赤崎小)を舞台にしたアートプロジェクト「赤崎水曜日郵便局」をはじめ、ユニークな企画を多数実施してきた。

 西野といえば、2011年のシンガポール・ビエンナーレでマーライオンの周りを取り囲む《The Merlion Hotel》で知られるが、大都市の芸術祭であっても、人口5000人に満たない小さな町であっても、プロジェクトが実施されるのは、西野は「自分が面白いと思うかどうか」だと語る。実行委員会メンバーの住民たちと打ち合わせを重ねるなかで、町の面白い場所、物、人の情報の提供を受けて、西野のアイデアと摺合せられた。そして最終的に、旧赤崎小の先に立つ、干潮時には歩いて渡れる無人島・裸島を望む位置に、同小と同じように海の上に突き出した形の《ホテル裸島》と、熊本の彫刻家・森英顕の協力を得て、役場そばの放置された灌木の中に、生きた木彫作品としての《達仏》の2作品が制作された。

上=《達仏》。生きた木の枝先に様々な姿をした23体の仏様が彫られている。当初、枯れたようにみえた木に、試しに小さな仏像を彫ってみたところ、数カ月後、木が蘇っていたというエピソードも。作品は木の成長とともに姿を変えていくこととなる。
下=《ホテル裸島》。海の上に建てられた旧赤崎小にならったかたちで、ホテル裸島も海上に建設された。ガラスブロックなど、赤崎小の資材が再利用されている。

 しかし、2015年に本企画がスタートして以降、クリアすべき難問がいくつも立ち上がったという。例えば、ハード面では、同地が芦北海岸県立自然公園の中にあることから、自然公園法との照合や許可基準を検討する必要があり、宿泊施設として運営するために、旅館業法に則る設計や申請が求められた。ソフト面においても、住民参加型の運営を実現するために、ベッドメイクの研修などをはじめ、九州の人気旅館の女将を招いたおもてなしのメニューの検討、開発などが随時行なわれていった。あまりの課題の多さに、学芸員やスタッフも「このまま頓挫するのでは」と音をあげそうになった瞬間もあったようだが、「役場の人が最後まであきらめなかった」と西野が語っていた。それだけアートがこの地で切実に求められ、人々の誇りやよりどころになっている証ではないかと感じた。

 満潮の時刻にあわせたというオープニングの日は、朝からあいにくの雨だった。しかし、参加者が集まり始めると徐々に天気が回復し、対岸に天草の島々を望む不知火海の美しい光景が浮かび上がってきた。木造の階段をおそるおそる上がり、ホテル内に足を踏み入れると、室内には、教室の扉、校長室の応接セット、「赤小」と書かれたスリッパ、工作室の机を利用したベッド、階段の表示板にトイレのガラスブロック、図書室の本など、さりげなく小学校の備品が、うまく再利用されている。そして、見どころはやはり、一面ガラス張りの窓の向こうに広がる、裸島の絶景である。しばしその美しさに見とれていると、その視点は、小学校の教室内から裸島を眺めて授業を受け、干潮になれば島に渡って遊んでいた子供たちの視点と重なり、その記憶と私たちの記憶が重なり合うことになる。そんな唯一無二の“記憶のリゾート”を経験をしに、津奈木町を訪れてみてはいかがだろうか。


上=《ホテル裸島》内観。ドアを開けて左手の、最高に開放的な気分で利用できるバス・トイレ。ときおり離れた海上を通る船や鳥たち以外、のぞくものはない。
下=《ホテル裸島》内観。ベッドルームの様子。天草の遠景に浮かぶ裸島を一望できる。応接セットは 旧赤崎小校長室の備品を利用。室内には西野による巨大ドローイングもある。

西野達「ホテル裸島 リゾート・オブ・メモリー」

会期:2017年10月7日〜12月5日
会場:熊本県津奈木町内(旧・赤崎小学校付近、津奈木町役場付近)
主催:つなぎ美術館、西野達つなぎプロジェクト実行委員会

西野達 in 別府

 さて、もう一方の別府市においても、西野の“九州侵攻”は着々と進んでいる。10月28日からスタートする「西野達 in BEPPU」では、別府名物「地獄めぐり」ならぬ「芸術めぐり」と題して、大型の屋内インスタレーション《油屋ホテル》《別府タワー地蔵》《発泡スチロールの家》《軽トラに街灯串刺し》のほか、写真作品4点を合わせた計8作品を市内周辺に展開する。「in BEPPU」は、別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」の後継企画として、1組の作家を招いて実施する個展形式のアートプロジェクトで、昨年度は「目」が、市長室を中心とした別府市役所全体を使って展開した作品が記憶に新しい。

「西野達 in 別府」ポスターイメージ。10月28日のオープンに向けて、西野によるテキストが書き加えられるなど、より密度を増している。

 「西野達 in BEPPU」の目玉のひとつは、やはり“別府におけるマーライオン”とでもいうべき、駅前に立つ、別府観光の父・油屋熊八像を作品に取り込んだ《油屋ホテル》だろう。熊八像を、宿泊客を迎えるレセプションとして取り込みながら、その脇の「手湯」を露天風呂に変化させて老舗旅館の寝室を出現させる。西野の作品の本領は公共空間と私的空間の大胆な交換にあるが、その作品には洗練されたスマートさだけではなく、どこか人をほっとさせるようなユーモアや、自由な精神、遊び心が原点にある。それが西野の作品に私たちが魅かれる理由のひとつだろう。

 それ以外にも、街のシンボル別府タワーに顔をつけて道祖神化させる《別府タワー地蔵》など、興味はつきない。西野は別府の町の魅力を、その表側から見える温泉だけでなく、裏側の路地にいる人々の姿や、歴史、自由さにあると語る。それは、かつて日本のナンバーワン観光地の栄華を誇り、日々多様な人々を受け入れ、また送り出していく魅力と懐をもった、別府の町の本質を捉えている。そして、それは、同じ九州の海に面しているが、自然にあふれた静かで穏やかな津奈木町と好対照をなしている。西野はこれまで、さまざまな都市に住み、その町の記憶を引き出しながら作品を制作してきた。私がこの九州の二つの町によく通うのは、アーティストたちや、美術館、NPO、そしてそこに暮らす住民の方たちが、アートを通して万華鏡のように町の魅力を引き出し、日々新たな発見をもたらし、自分を更新させる機会をもたらしてくれるからにほかならない。ぜひ、この機会にこの二つの町を行き来して、あなたの想像力を少しだけ拡張してみる体験をしてみてほしい。


《別府タワー地蔵》プランドローイング。2012年には小沢剛によって「バベルの塔」プロジェクトが行なわれた別府タワーが、今度は西野によって地蔵に変化する。別府の町や旅行者の安全をその優しいまなざしで見つめる。
©混浴温泉世界実行委員会

西野達 in 別府

会期:2017年10月28日〜12月24日
会場:別府市内各所
主催:混浴温泉世界実行委員会

「開館15周年記念 誉のくまもと」
「風を待たずに──村上慧・牛島均・坂口恭平の実践」

 津奈木や別府へと足を運ぶ機会があれば、ぜひその中間に位置する熊本市現代美術館にも足をお運びいただければ幸いである。西野のプロジェクトと会期が重なるかたちで、ギャラリーⅠⅡでは、「開館15周年記念 誉のくまもと」展(11月26日まで)、ギャラリーⅢでは「風を待たずに──村上慧・牛島均・坂口恭平の実践」(11月12日まで)が行なわれている。「誉のくまもと」展の見どころのひとつは、石内都が石牟礼道子を撮り下ろした「不知火の指」シリーズだろう。会場内では、新たな試みとして、石内の代表作のひとつである「ひろしま」シリーズと、「不知火の指」シリーズが同じ空間の中に展示されている。私たち人間の歴史でもある「広島」と「水俣」がともによりそうその空間を、ぜひ体験してほしい。また、「風を待たずに」展では、“家を背負って歩く”アーティストとして知られる村上慧が、実際に熊本地震でできた街なかの空き地に住まいながら、地震後の熊本の街の姿を写真やドローイングなど、さまざまなかたちで写し取っている過程に要注目だ。

開館15周年記念 誉のくまもと

会期:2017年9月16日〜11月26日
主催:熊本市現代美術館、熊本日日新聞社、TKUテレビ熊本

風を待たずに──村上慧・牛島均・坂口恭平の実践

会期:2017年8月30日〜11月12日
主催:熊本市現代美術館
いずれも会場:熊本市現代美術館
熊本市中央区上通町2番3号/TEL. 096-278-7500

「丸尾三兄弟 〇Oの食卓」グッドデザイン賞受賞

 また最後に、本稿を執筆中に、昨年当館で実施し、本連載でも報告した「丸尾三兄弟 〇Oの食卓」展が、グッドデザイン賞を受賞したニュースがあった。「Gマーク」で知られるグッドデザイン賞は約60年の歴史をもつ奨励制度だが、近年はプロダクトデザインや建築だけではなく、形のない「仕組み」やインタラクティブなデザインにもその範囲が広げており、今回も「地域・コミュニティづくり/社会貢献活動」のなかでの受賞となった。その背景には、東日本大震災をはじめとする災害が、私たちの暮らし方としてのデザインを根本から考えさせる契機となったことがあげられる。本年度の受賞作品のなかには、「〇Oの食卓」展と同様に熊本地震に関するものも多数見受けられた。しかし何より、美術館の活動のなかで、九州の若手陶芸家が、地震の経験をアートプロジェクトへと転化させて、評価に値する賞を得たことが嬉しい出来事であった。

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