キュレーターズノート

「高松コンテンポラリーアート・アニュアルvol.06/物語る物質」、「シュらん2017」、「猪熊弦一郎展 戦時下の画業」に見る地域と美術と美術館の関係/岡上淑子コラージュ展

川浪千鶴(高知県立美術館)

2017年12月01日号

 本コラムの目的が「地域の活動のアーカイブ」にあるという青森県立美術館の工藤健志さんの意見には、全面的に賛成したい★1。
 膨大な来場者数を誇る東京単独開催の超弩級展を見るにつけ、楽しみつつも、一極集中という悪しき先祖返りはどこまでも続くと、げんなりした気分にもなるが、近年は地方の美術館やアート機関の底力を見せつけてくれる好企画展が格段に増え、元気をもらってもいる。「地域と美術」、「地域美術と美術館」という古くて新しいテーマに、改めてじっくり深くつきあってみたいと思う今日この頃である。

 11月は、四国、中国地方から九州まで広範な地域を巡り、それぞれに滋味豊かな作品や展覧会に数多く触れることができた。
 以下、地域別に列挙すると、九州地方では、「西野達in Beppu」(別府市・大分県)と「西野達 ホテル裸島 リゾート・オブ・メモリー」(津奈木町・熊本県)、「アーティスト・イン・レジデンス つなぎ2017 加茂昂」(つなぎ美術館・熊本県)、「誉れのくまもと」展(熊本市現代美術館)、「Local Prospect 原初の感覚」(三菱地所アルティアム・福岡市)、「ARS/NATURA 風景の向こう側」展(福岡県立美術館)、「ハチマン ザ レジェンド」(八幡駅周辺)などが、中国地方では「第7回I氏賞受賞作家展 ダイアローグ/高松明日香・原彰子」およびI氏賞10周年記念行事(岡山県立美術館)などが印象に残っている。ということで、引き続き今回のレポートでは、地元四国で11月に見た3つの展覧会をフォーカスしてみたい。

★1──工藤健志「アーティスト・イン・レジデンス『この現実のむこうに―Here and Beyond』展」(artscapeキュレーターズノート、2017年11月15日号)

高松市美術館の場合

 最初は、香川県・高松市美術館の「コンテンポラリーアート・アニュアル」展。本シリーズは、独創性、将来性のある作家を紹介する毎年開催の現代美術のグループ展で、2009年にvol.00として開催されて以来、今回で7回目を数える。現代美術のグループ展を定期開催する企画は、以前は全国各地で見られたが昨今はすっかり珍しくなった。本展は香川ゆかりの作家を含むなど中四国の作家を厚くしながらも、テーマに則した幅広い範囲の作家を選抜している。開催を毎年継続することは予算的にも人的にもけっして容易ではないだろうが、企画をシリーズ化して積み重ねていくことで、成果がそのまま地域と美術のアーカイブになっていると言える。


 今回のテーマは「物語る物質」。物の領域に注目した企画もまた、かつて幾度もあったはずだが、若手作家6名の物質のとらえ方には、ひと味違う新しい視点からのものが多く、新たなコンセプトと自前の手技が、多様に育まれている点が興味深かった。小野耕石は、シルクスクリーンを平らな面で終わらせず、100回近く刷り重ねることで数ミリのインクの柱を無数に出現させ、見る角度によって見え方が変わる、これまで見たことのない質感の「平面」に成長させている。版画素材や技法の「底を抜く」ような試みともいえよう。洗濯ばさみを大量に使った高本敦基のインスタレーションでは、小さな日常が多数連結することで圧倒的なスケールに変貌している。既製や既存の「たがをはずす」ことで、チープでありながら、同時に時の豊かな重なりを感じさせてくれる。それぞれの作家の、次の作品が見てみたくなるような、魅力的でさわやかな印象のグループ展だった。


小野耕石《Hundred Layers of Colors》(2016)


高本敦基《日常における動作と物質の集積》(2017)

高松コンテンポラリーアート・アニュアルvol.06/物語る物質

会期:2017年10月22日〜11月26日
場所:高松市美術館(香川県高松市紺屋町10-4)
出品作家:小野耕石、亀井洋一郎、橋本雅也、南条嘉毅、須賀悠介、高本敦基

町立久万美術館の場合

 二つ目は、愛媛県・町立久万美術館の「シュらん2017」展。伊丹万作(映画監督)、中村草田男(俳人)、重松鶴之助(画家)ら松山出身の芸術家たちが絵や詩歌、小説などに青春を傾けていた大正期に、『朱欒(しゅらん)』という手書きの同人誌がつくられた(全9冊の同誌は現在、久万美術館所蔵)。その翻刻出版をはじめとした文化プロジェクト「座朱欒(ざしゅらん)」の一環として、「シュらん2017」展が企画されたことがユニーク、かつ深い。


 「朱欒」の若々しい創造への思いを受け継ぐ試みとして、愛媛ゆかりの若手作家3名は、館内外で多様なコラボレーションを(いつも通りに)仕掛け、作品と展覧会を魅力的に拡散させていた。東京から移住してきた海野貴彦は、絵画、舞台、パフォーマンスなどのジャンルを超えて「人」を動員し、異なる場所をつなぐ活動を継続しており、本展でも生活と渾然一体化した、濃密な交流の舞台を生み出した。西武アキラは、絵画、マンガ、アニメーション、zine(手製雑誌)など、ジャンルや枠組みを自在に横断・拡張してみせた。「朱欒」と「シュらん」の時空をまたいだ展示の組み合わせの裏には、何回ものミーティングを重ねた、作家たちと美術館のゆるやかなコラボレーションがある。「地域に残った文化の足跡を基に、現代の発達したメディアをうまく使い、企画を広げ、深めていく」プロジェクトの、今後の展開やアーカイブ化にも期待したい。


手書き同人誌『朱欒』


「シュらん2017」館内展示、西武アキラ《閲覧コーナー》


「シュらん2017」館外展示、海野貴彦《家》

シュらん2017

会期:2017年9月9日〜11月23日
場所:町立久万美術館(愛媛県上浮穴郡久万高原町菅生2番耕地1442-7)
出品作家:海野貴彦、西武アキラ、八木良太

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館の場合

 最後の香川県・丸亀市猪熊弦一郎現代美術館の「戦時下の画業」展は、猪熊が残した戦前戦中の資料や戦争画を軸にした、同館では珍しい資料展。先のふたつの現代美術展とはタイプが異なるが、現在と未来を拓くために過去に学ぶことは必須であることを示した貴重な試みであり、地域における記録の重要性を改めて学ぶことができた。

 同市出身の猪熊弦一郎(1902〜1993)は、パリ遊学中に第二次世界大戦が勃発し、40歳前後に中国、フィリピン、ビルマなどの戦地に派遣され、軍の命令で多くの作戦記録画を描いた。戦後の猪熊は戦争画について、自分の思いを語ることはほとんどなかったという。ひとりの画家が戦争とどう向き合い、その影響をどのように受け止めたのかということを、猪熊が残した驚くほど多くの資料や作品を読み解き、想像することで、課題だけでなく新たな可能性も浮かんでくる気がした。

 猪熊が戦後熱心に取り組んだ壁画制作やデザインワークなど、公共的で多彩な活動の裏には、これら戦時下の画業がしっかりと横たわっている。そのことを踏まえて、再び彼の画業を見つめ直してみたいと思う。


猪熊弦一郎《○○方面鉄道建設》(1944)[「猪熊弦一郎展 戦時下の画業」チラシより]

猪熊弦一郎展 戦時下の画業

会期:2017年9月16日〜11月30日
場所:丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(香川県丸亀市浜町80-1)

学芸員コラム「岡上淑子コラージュ展─はるかな旅」

 来年1月20日から、高知県立美術館では高知出身・在住のコラージュ作家・岡上淑子の90歳を祝して、初の大回顧展「岡上淑子コラージュ展─はるかな旅」(2018年3月25日まで)を開催し、約110点の貴重なコラージュや写真の作品を公開する予定。また、本展開催を機に、現存する全作品150点の図版を掲載した完全版の作品集(河出書房新社)の刊行も目指しており、現在絶賛準備中である。

 1928(昭和3)年に高知市に生まれた岡上は、17歳の時に終戦を迎え、戦後は洋裁を学ぶために東京の文化学院デザイン科に通った。その授業でちぎり絵を手がけたことがきっかけとなって、独創的なコラージュは生まれた。主に1950(昭和25)年から1956(昭和31)年にかけての7年間に、進駐軍が残していった洋雑誌「LIFE」や「VOGUE」を切り貼りして制作したコラージュは約140点。独り遊びのように生まれた作品群を最初に高く評価したのは、美術評論家の瀧口修造だった。1953(昭和28)年のタケミヤ画廊での個展案内で、「夢そのもの」を描いた「不思議の国のアリスの現代版」と瀧口に作品紹介された岡上は、シュルレアリスムの系譜に連なる新進作家として一躍注目を集めたが、1957(昭和32)年の結婚を機に制作から遠ざかり、その後は美術界から姿を消してしまった。


岡上淑子《はるかな旅》(1953)高知県立美術館所蔵
©Okanoue Toshiko, A Long Journey


岡上淑子《招待》(1955)高知県立美術館所蔵 © Okanoue Toshiko, Invitation

 居を高知に移した岡上の手元で40年間も眠り続けていたコラージュが「再発見」されたのは、1996(平成8)年のこと。2000(平成12)年に東京で44年ぶりの個展が開催されたとき、岡上はなんと72歳。以後「幻のコラージュ作家」岡上淑子の再評価は加速度的に上がっていく。高知県立美術館や東京国立近代美術館、東京都写真美術館、栃木県立美術館、ヒューストン美術館、ニューヨーク近代美術館、M+など、国内外の美術館が競って収蔵し、数多くの展覧会が開催され、2015年には国内初の作品集も刊行。それらを通じた出合いからも、新たな岡上ファンはいまも増え続けている。

 敗戦後の東京で青春時代を過ごしたひとりの若い女性は、「箒や、皿や、縫物の為にしか無かったかのよう」な指を無心に動かし、自分らしく生きるために創作に没頭した。果てしない夢と現実への抵抗、新たな期待と不安を重ね合わせるようにして生み出した、これまで誰も見たことのない豊かな幻想の世界。幻想的でありながら現実感に裏打ちされ、優雅で繊細ながら、時に大胆な構図で苦悩や痛み、どこか死の気配を帯びた物語に満ちている。そこには、たとえ時代は移っても変わらない、「女性が持つさまざまな心の綾」が表現されているからこそ、私たちは岡上作品に惹きつけられるのかも知れない。

 岡上淑子が紡ぎ出したコラージュたちは、誇らしげにこう囁く。「私達は自由よ」と。
 この65年前の囁きは、現代を生きる私たちにも確かなメッセージを伝えてくれる。

岡上淑子コラージュ展─はるかな旅

会期:2018年1月20日〜3月25日
場所:高知県立美術館(高知県高知市高須353-2)

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  • 「高松コンテンポラリーアート・アニュアルvol.06/物語る物質」、「シュらん2017」、「猪熊弦一郎展 戦時下の画業」に見る地域と美術と美術館の関係/岡上淑子コラージュ展
  • 尾道芸術祭 十字路/海と山のアート回廊