2018年07月15日号
次回8月1日更新予定

キュレーターズノート

北海道の美術家レポート⑬菱野史彦

岩﨑直人(札幌芸術の森美術館)

2018年02月01日号

北海道に根を下ろして活動するアーティストを紹介する「北海道の美術家レポート」の13回目として、菱野史彦を取りあげる。

金属工芸から立体造形の新たな可能性を探る


鍛金、溶接、絞り加工など高い鉄工技術が遺憾なく発揮されるその造形。菱野史彦は、金属工芸の世界に身を置きつつ、美術の領域にも分け入って、立体造形の表現の可能性を探り続けてきた。

その初期から現在に至るまでに制作された作品の一部をなぞることとしよう。いまからおよそ20年前の1997年に制作された《4R》は、その構造体の柱とも言える両端の鉄材を幾本もの細い線材によって繋ぎとめて構成する大型の作品。細い線材が外郭となって形作る三角形や四角形などの幾何学的形態は、何らかのきっかけを得て、ぴきぴきと生長しているように見え、それはまるで結晶化の進行を見ているよう。2000年の《C²》は、うってかわって円環を基軸とした形態。並行する二本の幹線が細く短い直線材によって繋ぎとめられつつ、C字形を描いて鞭打つように振り乱れる。これらをはじめ、この時期に制作、発表された作品の多くは、設計図をもとに制作されるのではなく、感覚を頼りに一点一点溶接し、重量バランス良く全体を構築するという手法が採られている。組み上げていく中で無駄な架線をひとつたりとも生むことなく、完全体を生み出しているところが興味深い。


左:《4R》(1997) 高さ1300mm
右:《C²》(2000) 高さ1300mm

2010年代に入ると、全体をおよそシンメトリックに形づくることに傾注し始める。同時に《Cell》のように構造体の中心部を占めるエレメントが、どっかと据えられるようにもなる。本作では、自身が出品を続ける北海道の代表的な公募展のひとつ道展(北海道美術協会)で最高位となる道展協会賞を受賞し、それまでの仕事も含め高く評価された。


《Cell》(2011) 高さ1350mm

その翌年、2012年の《Annulus》では、底面同士が接着した二つの円錐体が中心軸となり、その外周に同心円が層をなす、あたかも宇宙ステーションのような作品を発表。菱野が生み出す造形は、総じて、宇宙を舞台とする仮構の世界に現れそうな体をなす。


《Annulus》(2012) 幅3100mm

2013年の《Core》では、奥行きが1メートルにも満たぬ平面的展開を余儀なくされる展示スペースで、しかし、縦横に広がりある構造を展開して見せた。さらに、それで満足することなく、奥から手前に重ねた線の強弱、階調によって、それでも奥行きある運動を生み出すことを貪欲に試みている。そういった意味では、二次元に抑圧されつつも線描によって速度、加速度を伝えるSF漫画や映画のような表現が見て取れる。その比喩は、こういった場ではデリカシーに欠けており、もっと細心の注意を払って使用するべきところであるが、作家本人もそういった二次元メディアの表現が基軸となり、自身の立体表現に活かされてもいると言うので、思い切って用いてしまった。


《Core》(2013) 幅10000mm

なお、こうした波状的展開を見せる造形もある一方で、中心点から全方位的に直線放射する様を形づくる2014年の《Three Surface》や、中心点を具現化せずともその存在を示唆する2015年の《Element》などもあることを付け加えておく。


左:《Three Surface》(2014) 高さ1300mm
右:《Element》(2015) 高さ1350mm

こうして菱野作品を通覧すると、スティールの面と線とによって織りなされる架空の構造物が表現の大枠と言える。また、空間に浮き留まるひとつの点(具現されない示唆も含め)を中心に、長短、疎密、強弱の加わった幾層にも重なる線材によって、ぐんぐんと増幅する加速度感を表すことが表現の核であると言えるであろう。

疾走する感覚とコミカルな展開


さて、近年は、そういった不惑のスピード感ある表現に加え、2017年の《朧》のように、雲のような不定形の中心物をひとつ据え、複雑に折れ曲がる直線や曲線をまとわりつかせる作品も制作し始めた。その線は、まるで、障害物に反射してはいつまでも折れゆく光や電波、電磁波を可視化したようにも見える。《cumulus cloud》は、その名の通り「積雲」を表現したようだが、自然現象的な「雲」に拠ったのではなく、昨今の情報通信業界における「クラウド」を菱野なりに表現したとのことだ。


左:《朧》(2017) 高さ200mm
右:《cumulus cloud》(2017) 高さ180mm

もうひとつ、菱野には欠くことのできないシリーズ作がある。実用の見本モデルとして数十種制作する、手のひらサイズのストーブだ。北国らしいし、また本来工芸を生業とするこの作家らしい。いずれもコミカルな表情とメカニカルな姿態を持ち、じつに愛らしいのだが、これもまたSF漫画やアニメなどに登場するサブキャラクターのようでもある。


《Mini Stoveたち》

なお、菱野は平成29年度の第27回道銀芸術文化奨励賞を受賞した。受賞を記念した展覧会がこの2月より公益財団法人道銀文化財団が運営するらいらっく・ぎゃらりぃにて行なわれる。


第27回道銀芸術文化奨励賞受賞記念 菱野史彦展 STRUCTURE OF THE PHENOMENON

会期:2018年2月15日(木)~3月4日(日)
会場:らいらっく・ぎゃらりぃ
札幌市中央区大通西4丁目1番地 北海道銀行本店ビル1階/Tel. 011-233-1029

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