2024年03月01日号
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キュレーターズノート

「arthorymen 2005-2018」展

坂本顕子(熊本市現代美術館)

2018年02月15日号

熊本在住の「引きこもり系現代アーティスト」アートホーリーメン。熊本市現代美術館ギャラリーⅢでは、現在その個展を開催中である。2005年に「アートホーリーメン」としての活動を始めて以降の作品をほぼ網羅する、約230点を紹介している。

マンガ家になりたかった

1973年に熊本に生まれたアートホーリーメンは、地元の夜間大学に通いながら、バイトをしたり絵やマンガを描いたりする日々を送っていたという。俗に言う「フリーター」だ。バブル崩壊後の、就職氷河期真っ只中の世代である。年齢の近い筆者は、「公務員志向」「とにかく新卒正社員になりたい」というような雰囲気が、地方にも濃密に漂っていたことを、肌身に染みて思い出す。そんな世間を横目に、ホーリーメンはマンガ家になることを夢見て、実家暮らしを続けていた。しかし、マンガ家になるためには、決定的な問題があった。それは「作品が完結しない」のだ。ネームを描き、ストーリーは膨らむのだが、画力が思うレベルに達しない。また、圧倒的な遅筆のため、作品が永遠に完成しない。発表すらできない。そんな未完の原稿は、すべて焼却してしまったそうだ。

マンガ家になる夢に破れたホーリーメンは、マンガ以外の表現の形を求め、図書館や美術館に通い、美術書や画集、歴史書を文字通り読みまくる日々が続いたという★1。そういった日々のなかでホーリーメンが「発見」したのが、ドローイングをマンガの形式で表現するインスタレーションだった。1960年代にロイ・リキテンスタインが、マンガのコマを拡大して絵画にした40年後、ホーリーメンはドローイングをマンガの形式の中へと再帰させた。そのとき、美術大学などで専門教育を受けたわけではないホーリーメンが選択したのは、キャンバスや油絵の具、アクリルではなく、収入が少なくても手に入れることができる、紙にペン、マーカーといった安価で身近な素材であった。

「arthorymen 2005-2017」展フライヤー


《HORYMANと鯱》

「俺は誰でもない者だ」

「まるでわからない」

「どこで生まれたのか? なぜここに居るのか──」

「人はオレの事をアダ名でこう呼んでいる──」

アートホーリーメンとしての初の長編のマンガ・インスタレーション、《HORYMANと鯱(しゃち)》(2005-2012/2014)は、この印象的な一コマから始まる。主人公であるHORYMANは、派手なロングヘアに三つの目を持ち、フランケンシュタインのように全身に縫い目のある不死身のゾンビ。記憶をなくし、浮浪者のように町をさまようが、人々に忌み嫌われている。その前に現れる鯱は、敵か味方か、HORYMANを挑発する。そんなHORYMANの唯一の友人は、人格を持ち自在に変化する自身のペニスであり、その孤独な心を励まし慰めるのだ。

自分の内なる声だけを励みに、都市をさまようHORYMANの姿は、当時32歳のホーリーメン自身の「分身」であったという★2。現実のホーリーメンは、野蛮なHORYMANのキャラクターとは正反対の細身で繊細な風貌で、作品とのギャップに驚かれる来場者も多い。今回、ホーリーメンは、普段引きこもって制作している自宅を出て、展示室の一角に机を持ち込み、ほぼ常駐して制作しているが、そこで意気投合して強烈なファンになるのは、多くが男性である。HORYMANというキャラクター、そしてホーリーメンという存在は、現実世界の中で「逃げること」や「負けること」を許容されにくい男性というジェンダーを救う、ファンタジーなのだろうか。

ホーリーメンは本作品(第1章)でGEISAI #8で銅賞と長谷川祐子賞を受賞、2014年に9年の歳月を経て完成させ、第17回岡本太郎現代芸術賞特別賞を受賞し、文字通り「引きこもりの逆襲」を果たした。

《HORYMANと鯱》の1コマ目を拡大した大型ドローイング


《BARAMAN》《ANIMI-ZOOM》

《HORYMANと鯱》を完成させたホーリーメンが、次に手掛けたのが、原爆投下から100年後の地下世界に生きる高校生チルが活躍するモノクロームベースの《BARAMAN》(2013-)と、巨岩や洞窟、BEPPU PROJECT主宰のレジデンスで別府に滞在した経験を反映した噴煙などをモチーフとして、現代美術を通してアニミズムに迫る《ANIMI-ZOOM》(2009-2017)である。変形コマを多用した前作の「鯱」に比べ、色数や形式を限定しているが、日米双方の国民的なアニメキャラクター、敬愛する大友克洋や葛飾北斎の作品に触発されたカットなどを、DJさながらに画面の中に無数にマッシュアップしていくため、相変わらず制作はマイペースである。

それらに加え、今回は、近年作品展示の際に用いる、赤、黄、黒、水色などのカッティングシートを旭日旗や原爆がもたらした「光線」のイメージとして、展示室正面に貼った。

「arthorymen 2005-2017」会場風景

アーティスト・トークの際に本人が語った制作スタイルは独特である。一コマ一コマの描画の密度を保てるのは、1日3、4時間が限度であるという。その集中したフロー状態に入るために、朝からコンディションを整え、クイーンやマイルス・デイビス、コルトレーンを聴いて集中力を高めて机に向かい、そして全力で描ききってその日の作業を終える。一定期間、期間工や印刷所などのバイトをして金を貯め、展覧会などの発表の場に向けて、またその修行僧のようなストイックな生活に戻る。食費は最小限。本展の準備の前には、ネットも携帯もつながらなかった。親や年金はどうするのか、時々、ふと心配になる。若くもなく、特別裕福でもない。「普通」の人間が、アーティストとして生きることの難しさを考える。神はホーリーメンに、絵を描き続ける才能だけを与えた。もしこの世の中からアートがなくなってしまったら、ホーリーメンは本物のゾンビになってしまうのだろう。アートは何の役にも立たないからこそ、時に人を救うこともある。

「とにかく目標は長生き。80代でアートホーリーメンと名乗っている状態が、最高に格好いいんだから」と、筆者はよく本人に言っている。ホーリーメンがさまざまな人々の魂を救済して、真のヒーローになる日を見届けるまで、私たちも同じように長生きしなくてはならない。

ちょっと不格好だったり、凡庸であったとしても、アートを信じ、その道を迷いなく進むことができる者だけが成しとげられることがあるはずだから。



★1──展覧会場にアートホーリーメンが持ち込んだ書籍は、大友克洋『AKIRA(4)』(講談社、1987)、辻惟雄『日本美術の歴史』(東京大学出版会、2005)、ミカエル・リュケン『20世紀の美術 同化と差異の軌跡』(三好企画、2007)、メアリー・ボイス『ゾロアスター教 三五〇〇年の歴史』(講談社学術文庫、2010)、ジークムント・フロイト『モーセと一神教』(ちくま学芸文庫、2003)、岡倉天心『東洋の理想』(講談社学術文庫、1986)、「エヴァンゲリオン」展カタログ、佐伯俊男『佐伯俊男音楽野私娯途』(プレスポップ、2009)など。

★2──元々は本名で活動していたが、HORYMANというキャラクターの誕生とともに、アートホーリーメン名義で活動を始める。本来、HOLYMAN(=聖人)であるべき綴りを間違い、それをそのまま使用している点にも、作家本人のキャラクターが色濃く反映されている。



「arthorymen 2005-2018」展

会期:2018年1月13日(土)〜3月11日(日)
会場:熊本市現代美術館 ギャラリーⅢ
熊本県熊本市中央区上通町2-3/Tel. 096-278-7500

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