2018年09月15日号
次回10月1日更新予定

キュレーターズノート

AOMORIトリエンナーレ2017

工藤健志(青森県立美術館)

2018年04月01日号

今回のお題は「AOMORIトリエンナーレ2017」。棟方志功の出身地ということで「版画のまち・あおもり」を掲げる青森市が1998年に市政100年を記念してスタートさせた公募展「あおもり版画大賞展」がそのルーツである。2001年からは「あおもり版画トリエンナーレ」と改称し、2007年の3回展からは「あおもり国際版画トリエンナーレ」という名称の国際公募展に。そこから2回の開催を経て、2014年には「AOMORI PRINT トリエンナーレ2014」とみたび変化、「版」をテーマに「作品公募」と空間表現を競う「企画制作公募」の2部門制となる。今年度は「さらに拡張」(開催概要より)し「PRINT」という言葉を削除した「AOMORIトリエンナーレ2017」として開催された。毎回のようにタイトルや内容が変わるためか、正直に言うと青森に住んでいてもなかなか印象の定まりにくいプロジェクトではある★1。今回ついにメインタイトルから「版画」を連想させる言葉が消えたわけだが、それでも「PRINT」というテーマは継承され、公募部門は新たに「Classical(棟方志功国際版画大賞)」となり、もう一部門は招待作家制による「Unlimited」となった。「Classical」部門は青森県立美術館のコミュニティギャラリーを会場として入賞作69点が公開され、一方の「Unlimited」部門は国際芸術センター青森と青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸を会場に池上高志+植田工、長谷川愛、BCL(福原志保+Georg Tremmel)、Pan Jiang Feng、古舘健の作品が展示された。公募部門を「Classic」とせず、あえて「Classical」と名付けたのは、「典型」、「模範」よりも「古典」や「伝統」という意味を強く打ち出そうとしたからではないか。旧来的な枠組み、制約が一方にあってこそ、もう一方のUnlimited=解放というコンセプトが活きてくるからである(穿ち過ぎかな?)。


1 「Unlimited」部門 Pan Jianfeng 《mind forest》展示風景 国際芸術センター青森


2 「Unlimited」部門 BCL(福原志保+Georg Tremmel)《Black List Printer BLP-2000A 2018》展示風景 国際芸術センター青森

確かに「Unlimited」部門の展示は、国内外で精力的な活動を続け、高い評価を受けている作家が一堂に会し、先端のサイエンス、テクノロジーとコンテンポラリーアートのコラボによって人間や社会に対する問いかけを、より実践的なかたちで提示していた。しかし、三段跳びで言えばいきなりジャンプを見せられているような唐突の感も否めず、本音を言えば、「版画」から「メディアアート」へと至る展開にはもう少し説明が欲しかったところである。ゆえに、一体このトリエンナーレは誰に向かって何を伝えたいのか?軸足はどこにあるのか?地域振興なのか、あるいはアートのトレンドを押さえて「トリエンナーレ」という国際様式の確立を目指すものなのか、といった辺りが今ひとつ判然としなかった。現在各地で数多の「芸術祭」が開かれており、その中でどう独自性を打ち出していくかに苦心したであろうことは容易に想像がつく。しかし、せっかく「版画」という青森の地域性に根ざした素材を扱うのだから、もっとじっくり腰を据え、青森の地に蓄積された人間と生活と芸術の記憶をひとつひとつ丁寧にすくい上げても良かったのではないかと思う。版画というメディアを性急に「古典」へと追いやるのではなく、ジャンプの前に、そもそも日本において、あるいは青森において「版画」とは何だったのかをまずは検証すべきではなかったか。


3〜4 「Unlimited」部門 長谷川愛《(不)可能な子供》展示風景 国際芸術センター青森


5 「Unlimited」部門 池上高志+植田工《マリア、人工生命、膜、魚》展示風景 国際芸術センター青森

では、少し寄り道をして、青森と版画の歴史をここで簡単におさらいしておこう。「青森」と「志功」と「版画」は全国的にも完全なイコールの関係で認識されているように思うが、ここで急ぎ注釈を加えるとすれば、青森で過ごした青年時代、志功は洋画家を志しており、木版画へと転向するのは上京後に川上澄生の作品に出会ってからのことである。むしろ青森で版画の普及に大きく貢献したのは考現学の祖、今和次郎の実弟にあたる今純三であった。文展、帝展を舞台に洋画家として活躍する一方、資生堂意匠部に勤務していた純三は、1923年の関東大震災をきっかけに故郷の青森へ戻り、印刷会社や青森県師範学校で働きつつ、東京時代に学んだ銅版をはじめ、石版、オフセットなどの印刷技術研究を本格的に行なっていく。作品制作も版画が中心となり、さらには入門書の執筆など版画の普及にも力を入れ、純三の自宅兼アトリエであった「緑のアトリエ」には若い美術家の卵たちが集いはじめる。棟方志功をはじめ、松木満史、鷹山宇一、阿部合成、濱田英一、浜田正二、小館善四郎、佐藤米次郎、福島常作、下澤木鉢郎、根市良三、関野凖一郎などが純三から指導を受け、彼らはやがて青森県の芸術文化を牽引する存在となっていった。純三の代表作『青森県画譜』(1934年、東奥日報社)に収められたエッチング作品を見れば、モチーフの細部までしっかりと捉え、事象を克明に記録していく考現学的な視点がはっきりと読み取れるだろう。

1930年代は全国で創作版画運動が盛んになった時期であるが、石井柏亭が説いたように自画自刻自刷に重きを置く「創作版画」は、複製技術としての版画ではなく、近代という新しい時代の新しい芸術、すなわち「個」の表現として版画を位置づけていく運動でもあった。山本鼎らによって結成された「創作版画協会」の啓蒙普及活動によって各地でサークルが結成、相互のネットワークも構築され、版画同人誌が次々に刊行されていくが、青森の版画動向に「考現学」という独自の下地があったことは重要である。青森県ではじめて発行された創作版画誌『緑樹夢』(1930〜31年)は、病弱のため常に体育を見学せざるをえず、その間、校庭に立つ緑の樹の下で将来の夢を語り合ったという旧制青森中学の同級生、根市良三、柿崎卓二、佐藤米次郎の3人が独力で発行したものである。そこに掲載された作品は、稚拙ではあるけれども、昭和初期の学校生活の様子や学生の意識が的確に写し込まれている。創作版画運動的な芸術としての版画というよりも、今純三が銅版画で試みた考現学的なアプローチに近い、ユーモアや好奇心を支えとして、かけがえのない今、その時々の瑞々しい記録を集めた作品集となっているように思う★2

もう少し回り道を続ける。1955年頃から学校教育の現場において版画制作が重視されるようになっていくが、こうした「生活版画運動」を八戸市の中学校、養護学校で長らく実践したのが坂本小九郎であった。八戸市の養護学校に通う子供逹を指導し、大画面の版画作品《虹の上をとぶ船》、《海の物語》、《船》などを共同制作という手法によって完成させている。さまざまな事象がモンタージュされ、ひとつのハーモニーとなって豊かなイメージを表出させているそれら作品群は、子供逹の生活や感情に根ざしたリアリズムがファンタジーに昇華した稀有な例と言える★3。技術教育、情操教育を越えた全人的な生活教育の手段としての生活版画、そのひとつの到達点が見出せよう。

そして再び志功であるが、1931年に発表された版画作品《十和田奥入瀬》(国画会第6回展出品)前後から佐藤一英、柳宗悦、福士幸次郎、秋田雨雀、鳴海要吉、料治熊太、会津八一らとの親交を深め、当時の文壇の一大潮流となっていた日本浪漫派の影響を強く受けていく。保田與重郎が主導したこの思想は西洋モダニズムやマルキシズムに対する批判として、日本の伝統や古典への回帰を提唱したもので、志功は版画という形式をそうした日本的精神の描出のために活用しつつ、それまで主流だった版画誌的サイズを遥かに越えた大画面の構成によって版画表現を大きく拡張させていったのだ。

以上のように日本の「版画」は単なる技法のひとつではなく、自画自刻自刷という作家の個性に重きを置いた近代的な芸術様式であると同時に、近代化への反動として日本、東洋の美を再確認するための手段ともなり(ウルトラモダニストの志功がその道の開拓者だったというところがまた面白い!)、思想的にも右と左の双方とそれぞれ結びつき、学校教育の現場で活用されたり、その愛好者の広がりが芸術とアマチュアリズムの問題を顕在化させるなどさまざまな展開をみせていった。ざっくりとした言い方ではあるが、そうした版画をめぐるあらゆる要素が青森の版画動向には最良の形で凝縮されていると言っても過言ではない。まずはその絡みあった糸をひとつずつほぐして、単に「PRINT」とは翻訳できない版画の本質と役割を明らかにし、これからの日本の版画について考えていく。そうしたプロセスの中から青森の土着性に根ざした「芸術祭」のありようがはじめて見えてくるのではなかろうか。

以上のことはもちろん今回のトリエンナーレの出品作に対する批判ではない。例えば、池上高志+植田工による人工生命誕生前夜を示唆する映像+インスタレーション《doodle+》と《マリア、人工生命、膜、魚》はサイエンス、テクノロジーが意外にも神話、伝承と親和性が高く、ナラティブな思考を喚起してくれるものであることを教えてくれた。BCLの《Black List Printer BLP-2000A 2018》は、バイオハッカーと称されるアマチュア生物学者の登場によるDIYバイオロジーの現状を示しつつ、DNAの塩基配列がデジタルデータとして容易に蓄積、解析、合成できるものであることを伝えていたが、それはバイオテロへと向かう危険性と、生命科学の発展に貢献する可能性を同時にはらむものとして、人間とテクノロジーの関係性をわれわれに問いかける役割も担っていた。メディアで話題となった長谷川愛の《(不)可能な子供》は遺伝子情報を操作することの是非や、家族、ジェンダーといった現代の問題をある「おとぎ話」に収斂させた作品と言えるだろう。本展では作品に対するソーシャルメディア上の反応までをも取り込んで、テクノロジーの未来を議論する「場」として機能させるインスタレーションとなっていた。

今回のトリエンナーレのディレクターである椿昇は「テクノロジーや資本主義というモンスターは、決して我々の考える幸福をもたらす万能の女神ではないという事に、さまざまな方法で挑もうとしている研究者や表現者の問題提起に触れ、その疑問を共有していただきたい」とステイトメントに記しているが、技術革新はいつの時代も人類の脅威となる一方、新しい思考や価値、文化を育む原動力にもなってきた。先行きが不透明な時代だからこそ、そうした先端テクノロジーに対する議論や考察がより重要性を帯びることも充分に理解できるし、今紹介すべきテーマであることも充分に納得はいく。ただ、複製、伝播という版画的要素を人工生命、細胞、遺伝子などを素材とするバイオアートへとつなげていくことの必然性があまり感じられず、どこか取って付けたような印象が強かったこともまた確か。はじめに述べたように、この地点に到達するためのステップをあと何段階か提示する必要があるように感じたし、両部門ともに作品のクオリティが高かった分、よりその点が残念でならない。

ということで、最後にちょっと告知を。


6 「種まき編」説明会の様子


7 大小島真木《「明日の収穫」制作作品のためのコンセプトドローイング》

青森県立美術館では昨年から農業とアートをかけ合わせたプロジェクト事業が進行中。「アグロス・アートプロジェクト 明日の収穫」という企画がそれで、アーティストと参加者が農業について学び、美術館敷地内の農園でお米や雑穀栽培を体験し、そこでの収穫物を画材に加工し、藍染めなども併用して、一つの作品をつくり上げる過程をプロジェクト形式で行なうというもの。昨年平成29年度の収穫体験を通じて制作計画を立てる「種まき編」、今年平成30年度に作品を制作・展示する「刈入れ編」として構成される。

青森には近世の安藤昌益や、宮沢賢治と同時代に農場経営を通じて独自の思想を提唱した江渡狄嶺などの、いわゆる「土の思想家」を多く輩出してきた土地柄がある。この青森の土地の思想的可能性を背景に、土地を耕す経験を参加者・アーティスト・美術館の三者が共有し、作品制作へとシームレスにつなげることを通じて、いわゆる「地域アート」の可能性を問い直す実験的かつ野心的な試みである。

現在、美術館では「種まき編」の成果発表展示を行なうとともに、作品の実制作を行なう「刈入れ編」参加者を募集中。本展示をご覧いただき、青森のみならず東北、全国、全世界からぜひ参加していただきたい。

「刈入れ編」青森県立美術館

http://www.aomori-museum.jp/ja/event/78/


★1──棟方志功の名を冠した版画展は現在もいくつか行なわれている。陸奥新報社が主催する「棟方志功大賞 県下小・中学生あおもり版画まつり」は志功自身が「小・中学生たちとともに版画王国をつくろう」と最晩年まで20年以上審査長をつとめた版画コンクールを前身としたもので、今年度で33回目の開催。志功のドキュメンタリー「彫る棟方志功の世界」(1975年、毎日映画社)にはまるでパフォーマンスのように作品を審査する志功の姿が収められている。また青森市教育委員会が主催する「棟方志功賞板画展」も今年30回を迎えている。このように志功を顕彰し、志功の名前を冠した展覧会が多数開催されているため、頭の中が「カチャクチャネー!」となっている青森県民も多いのではなかろうか。
★2──青森の版画動向については青森県立郷土館で開催された「日本近代銅版画と今純三展」(1992年)、「青森県近代版画のあゆみ展」(1995年)、「緑の樹の下の夢-青森県創作版画家たちの青春展」(2001年)等の展覧会図録で詳細を知ることができる。
★3──中でも《星空をペガサスと牛が飛んでいく》(1976年)は宮崎駿監督の「魔女の宅急便」の劇中で少女ウルスラが描いていた作品のモデルとなったことで特に有名。宮崎監督の夫人である宮崎朱美の父、大田耕士は1951年に「日本教育版画協会」を設立し、生活版画論を提唱した教育者であり、坂本もまた大田から大きな薫陶を受けていたことをここに付記しておく。


「AOMORIトリエンナーレ2017」

2018年1月20日(土)〜2018年3月4日
会場 青森公立大学 国際芸術センター青森ほか
主催 AOMORIトリエンナーレ2017実行委員会

アグロス・アートプロジェクト 明日の収穫

2017年〜2018年(終了日未定)
会場 青森県立美術館敷地内


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