2018年11月15日号
次回12月3日更新予定

キュレーターズノート

ノグチ・丹下が香川に投じた一石の波紋──「20世紀の総合芸術家 イサム・ノグチ 彫刻から身体・庭へ」/「山本忠司展」

毛利直子(高松市美術館)

2018年07月01日号

今年度より、川浪千鶴氏(前高知県立美術館学芸員)の後任として四国エリア担当となったので、自己紹介から始めてみたい。私が勤務する高松市美術館は、戦後間もない1949(昭和24)年に栗林公園内で誕生した市立美術館の老朽化に伴い、バブルが弾ける寸前の1988(昭和63)年、市内中心部の商店街に隣接した現在の地に移転新築された。そして、四半世紀ぶりに臨んだ改修工事を経て、2016(平成28)年にリニューアルオープンし、今年2018年開館30周年を迎えている。この間、私自身は高松市歴史資料館や市文化芸術振興課への異動時期もあり、文化行政・瀬戸内国際芸術祭などに関わることにもなった。今回「キュレーターズノート」に執筆する機会をいただき、地方にあって美術館が何を発信しようとしているのか、また地域の固有性ゆえの模索と可能性について、展覧会などの活動を通して考えを深めていきたいと思う。 初回は、私たち香川に住む学芸員にとって、身近であって近寄りがたい特別な存在、芸術家イサム・ノグチの汲み尽くせない仕事に迫った香川県立ミュージアムでの特別展「彫刻から身体・庭へ」に触れる。

香川県立ミュージアム「20世紀の総合芸術家 イサム・ノグチ 彫刻から身体・庭へ」

12年ぶりの国内個展

詩人野口米次郎を父に、アメリカ人の作家レオニー・ギルモアを母に持つ20世紀を代表する彫刻家イサム・ノグチ(1904‐1988)。その活動は彫刻にとどまらず舞台美術や家具デザイン、陶芸などジャンルを超えた展開を見せる。晩年に制作拠点を置いた香川県高松市牟礼町のアトリエは、1999年より「イサム・ノグチ庭園美術館」として公開(予約制)されている。

本展覧会は、昨2017年、イサム・ノグチの誕生日(11月17日)に大分県立美術館でオープンし、香川県立ミュージアム(※以下、ミュージアムと記す)を経て、今夏、東京オペラシティ アートギャラリー★1へと巡回される3館共同企画展である。国内では12年ぶりとなる個展だ。ちなみに前回展「イサム・ノグチ:世界とつながる彫刻展」(2006)は高松市美術館でも開催された。その頃といえば、ノグチ生誕100年(2004)やモエレ沼公園(札幌市)グランドオープン(2005)に加えて、巨大な石彫刻《エナジー・ヴォイド》が初めて牟礼の展示蔵を離れ、札幌と東京で展示され話題となった。

前回展担当者として当時の高揚を思い出し、大きな期待を胸に私はミュージアムを訪ねた。はたしてニューヨークや国内から集められた出品作の多くは、前回展と重なっていたものの、いわゆるホワイトキューブではない歴史博物館を前身とする展示室では、気高すぎることなく、ヒューマン・スケールのものとして映り、新しいノグチに出会えた。

★1──最終会場の東京オペラシティ アートギャラリーの本展会期は、2018年7月14日〜9月24日。

石の声を聞く

まず「第1章 身体との対話」の、8点まとまっての公開は日本初だという《北京ドローイング》シリーズにはまったくもって見惚れてしまった。日本へ向かう途上の1930年、6カ月滞在した北京で水墨画の巨匠・斉白石に学んだノグチが墨で描いた身体素描シリーズは、図版などで見知っていたものの、その予想を超えたサイズに驚かされた。紙面いっぱい等身大強に描かれた人体は、達者な筆の運びによるシンプルな輪郭線と、それに重ねられた極太の墨の瑞々しい動きで構成される。まるで身体を巡る気やエネルギーの流れを見るようであり、その後の、1940年半ばから始められた「インターロッキング・スカルプチャー」や1952年に集中して制作された陶作品へとつながる有機的形態をそこに見出せる。とりわけ「インターロッキング・スカルプチャー」シリーズのひとつである《鏡》(1944)と《化身》(1947)は、《北京ドローイング》を背に展示され、時代や素材こそ違えども、ノグチの合わせ鏡的な魅力を引き出していた。つまり二次元の平面が肉感的な三次元性を帯び、また立体であるはずの彫刻が薄い形状板の組み合わせによって二次元の側面をも強く感じさせるというもの。

香川県立ミュージアム「20世紀の総合芸術家 イサム・ノグチ 彫刻から身体・庭へ」展示風景[提供:香川県立ミュージアム]

また、本展出品作の約5分の1が、ミュージアムに統合された香川県文化会館(1965年開館、大江宏建築)時代の収蔵品であることにもあらためて感心した。人と彫刻をつなぐ環境芸術であるノグチの「プレイグラウンド」の多くは実現しなかったため、《形だけで作るプレイグラウンドのための模型》(1941)はじめ3点がミュージアムに移行収蔵され、今回のように公開される価値は高い。集大成と言われるモエレ沼公園が実存するいまこそ、いっそうノグチの壮大な構想の端緒をこれら模型から知ることになった。物故作家だけに、ゆかりの地でのまとまったコレクションは次の世代への大きな遺産である。

香川県立ミュージアム「20世紀の総合芸術家 イサム・ノグチ 彫刻から身体・庭へ」展示風景[提供:香川県立ミュージアム]

また「第4章 自然との交感──石の彫刻」においても、ミュージアムが所蔵するノグチ晩年の石の代表作《アーケイック》(1981)には立ちつくしてしまった。石は大変扱いづらいものであり展示に制限があるなか、本作は過去設置されたどの場所よりも私が知る限り、抜群のポジショニングにより「石の声を聞く」ことに成功していたと思う。

香川県立ミュージアム「20世紀の総合芸術家 イサム・ノグチ 彫刻から身体・庭へ」展示風景[提供:香川県立ミュージアム]

関連イベント:まち歩き「ようこそ! イサム・ノグチの街へ〜アートの巨匠が愛したくらし・味・ひと」

最近とみに展覧会を楽しむ関連イベントに工夫が凝らされる傾向だが、ノグチが制作拠点を置いた高松ならではの企画が「まち歩き」であった。ミュージアムを出発し、参加者10名程度が歩き訪ねる約3キロメートルのルート上には、セレクトショップが扱う照明器具《あかり》、高松市美術館に常設展示された《山つくり》(1982)、中央公園内の遊具《オクテトラ》などノグチ作品があり、その先々でエピソードなどが交え語られた。また晩年ノグチが通ったという喫茶店では、生前を知る店主に彼も好んだコーヒーを淹れてもらい、よそ行きでない彫刻家の姿を想像する楽しみも用意されていた。

さて、この「まち歩き」という手法、いまでは珍しくもないが、ミュージアムの成り立ちを顧みれば、実に「らしい」し「ふさわしく」思う。2008年、香川県立文化会館の美術部門が香川県立歴史博物館に移され、歴史・民俗・美術の複合施設として「香川県立ミュージアム」へと再編された。それゆえ、「まち歩き」を案内した歴史系学芸員は《高松城下図屏風》(香川県指定有形文化財/江戸時代/高松松平家歴史資料)のコピーパネルを携え、要所要所でまちの古今変遷をワンポイント解説した。参加者にとっては、実際の空間移動とともに、いまこのとき〜ノグチの生きた時代〜江戸時代という異なる時間を往来する体験となっただろう。

まち歩き「ようこそ! イサム・ノグチの街へ〜アートの巨匠が愛したくらし・味・ひと」の様子

また、高松市美術館すぐ近くの喫茶「城の眼」の紹介に軽く触れるあたりも心憎い。この建物は、ノグチを語るうえで忘れてはならない金子正則香川県知事(在職1950‐1974)時代の県庁建築課職員・山本忠司(1923‐1998)が1962年に設計したものだ。この小さな喫茶店は半世紀を経てなお人と地域と文化をつなぐものとして、最近の建築ブームやローカル・スタディの見直しと相まって、再び脚光を浴びている。そして、折しも京都では、その「山本忠司展」が開催されていた。


京都工芸繊維大学美術工芸資料館「山本忠司展──風土に根ざし、地域を育む建築を求めて」

香川に多く残る、ユニークで優れた建築物たち

周知のことだが、香川県庁舎[現・東館](1958)建築は丹下健三によるものだ。彼を当時の金子知事に引き合わせたのは、金子と同郷の画家・猪熊弦一郎(1902‐1993)であった。この運命的な出会いにより、建築技師として香川県庁に勤務していた山本忠司は、県庁舎計画に携わり始め、その後、前述の喫茶「城の眼」(1962)や「瀬戸内海歴史民俗資料館」(1973)などの建築物を設計し、それら魅力に富む建築の多くがいまも香川に現存している。

今回、山本の母校である京都工芸繊維大学附属の美術工芸資料館では、写真パネルと学生による再現模型等で彼の仕事を紹介した。本展図録には、ノグチの住居「イサム家」(1969)など古民家や蔵の移築や改修にあたって、尽力した山本との思い出を綴った和泉正敏(イサム・ノグチ日本財団理事長)の文章をはじめ、山本最後の仕事である直島・家プロジェクト「角屋」で時間を共にした秋元雄史(東京藝術大学美術館館長)らによる10本のテキストが掲載されている。

京都工芸繊維大学美術工芸資料館「山本忠司展──風土に根ざし、地域を育む建築を求めて」展示風景[提供:京都工芸繊維大学美術工芸資料館]

思い返せば、丹下の県庁舎を端緒に、ユニークで優れた建築物が香川に多数残っていることを鮮烈に印象づけたのは、2013年の瀬戸内国際芸術祭での特別展「丹下健三 伝統と創造──瀬戸内から世界へ」であった。どこの芸術祭も観光振興と両輪のものとして推進されるが、ここ香川でも自然の恵みや風土、そして先人たちが培った文化的資源を顧みることで自尊心が芽生え、それらの再発見・再評価を起点に、新たなムーブメントが幾重にも立ち上がった。その動きは、「丹下を相対化し、(中略)香川県に根づく建築のあり方を模索」★2した山本の後ろ姿を追いかけているように思える。ノグチや丹下が香川に投じた一石の波紋は、時間を越えて何度も広がりその時々に届いていたのだろうが、両展覧会に触れたいま、ひとつの結実の時を迎えているのだと感じられた。

★2──松隈洋「山本忠司が切り拓いた地域主義建築の地平」『山本忠司展──風土に根ざし、地域を育む建築を求めて』展覧会図録(2018)より

20世紀の総合芸術家 イサム・ノグチ  彫刻から身体・庭へ

会期:2018年4月7日(土)~6月3日(日)
会場:香川県立ミュージアム(香川県高松市玉藻町5-5)
[東京巡回展]
会期:2018年7月14日(土)~9月24日(月)
会場:東京オペラシティアートギャラリー(東京都新宿区西新宿3-20-2)

山本忠司展──風土に根ざし、地域を育む建築を求めて

会期:2018年3月22日(木)〜6月9日(土)
会場:京都工芸繊維大学美術工芸資料館(京都府京都市左京区松ヶ崎御所橋上町)

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