2018年09月15日号
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キュレーターズノート

風土から生まれる人の交流──水と土の芸術祭2018

伊藤匡(福島県立美術館)

2018年09月01日号

新潟市で「水と土の芸術祭」が開催されている。信濃川と阿賀野川の河口にある新潟は、川が運ぶ土砂で堆積した低湿地帯で、この土地は人々が営々と水と闘い土に換えてきた成果でもある。新潟のアイデンティティともいえる「水と土」を冠するこの芸術祭は、2009年からトリエンナーレで実施され、今回が4回目となる。今回のテーマは「MEGA BRIDGE──つなぐ新潟、日本に世界に──」。これまで、土地の成り立ちや風土に関心が向けられていたが、今回はその土地に関わる人々の生活や交流にスポットが当てられた。


左:主会場の万代島多目的広場「大かま」 右:大かま会場入口

主会場の万代島多目的広場、通称「大かま」(大きなかまぼこ型の屋根が由来)。元は魚の水揚げ場だった広い会場では、大きく、高さのある作品が効果的だ。塩田千春の『どこへ向かって』は、網状の白い糸が舟の形になり、大小百艘の舟が、地上から天空へと昇っていく。空間を広く使い、どの方向からも見映えがする作品だ。松井紫朗の巨大なチューブ管は、中に入って迷路を歩く体感的な楽しみがある。青いナイロン素材のチューブは、外からの光もある程度透過するから、時刻や天候次第で中の明るさも変化する。


塩田千春《どこへ向かって》

タイ出身のナウィン・ラワンチャイクンの作品は、絵画と映像が密接に関わっている。絵画は、新潟の四季の情景とそこに暮らす新潟の人々の姿が、大画面にかなりリアルに、もし知人がいればそれと分かるほどのリアルさで描かれている。映像は、作家と新潟の市民との一年間の交流の記録である。この交流を通じて、大画面に新潟の四季と人々の姿を描く動機になったことが実感できる。今回のテーマ「つながる。出会う。交ざり合う。」を最もよく体現する作品だ。


ナウィン・ラワンチャイクン《四季の便り》

今回初めて芸術祭の会場となった天寿園。園内には、日本庭園と中国式の庭園、建築家村野藤吾設計による蓮の花を模した外観の瞑想館、大広間や茶室を備えた和風の建物がある。瞑想館では、折元立身の写真が展示され、百畳敷きの大広間では、部屋全体を暗幕で覆い、海の波打ち際を映像で再現した潘逸舟の作品が映し出されていた。


潘逸舟《循環》

ゆいぽーと会場では、「芸術祭をふりかえる」というコーナーがあった。壁には1970年から今年に至る、日本各地の野外展示や芸術祭に関連する事項が記された年表が掲示されている。また、1985年に開催された茨城県涸沼での「‘85涸沼 土の光景」の写真と資料、それに丑久保健一の木彫作品などが、芸術祭のアーカイブとして展示されていた。今回の出品者には、伊藤公象、伊藤知香、遠藤利克、松井紫朗ら、涸沼の野外展示に参加した作家が含まれている。いわば、レジェンドたちの登場だろうか。


松井紫朗《Soft Circuit / Fish Loop》内部

この芸術祭は、毎回主会場が替わった。第1回は主会場がなく、新潟市内の各所に作品が分散して設置された。広域合併で東京23区より広くなった新潟市を、人が回遊する流れを作りたいという意図もあったのかもしれない。見て回るのがたいへんだったが、海岸や砂丘、川や堀、潟湖や干拓地など、新潟の地形的な特徴を知る機会にもなった。第2回の主会場は、新潟市のランドマークである高層ビル、朱鷺メッセの真下にある、万代島旧水揚げ場とその隣の水産会館で、港町新潟の風情が感じられる場所だった。第3回では、新潟市内の廃校になった中学校と、福島潟や鳥屋野潟など新潟の地形を象徴する場所に作品が置かれた。


過去3回に比べて、今回は主要会場が新潟市中心部の万代島エリア、砂丘エリア、鳥屋野潟エリアの3カ所にまとまっている。見て回るには楽である。主会場は万代島の旧水揚げ場。隣接する旧水産会館などの建物が撤去され、多目的のイベント広場、通称「大かま」として整備された。サブ会場の旧二葉中学校校舎は、文化芸術活動や青少年の体験活動ができる施設「ゆいぽーと」(新潟市芸術創造村・国際青少年センター)として、今年5月に新規オープンした。過去に芸術祭の会場となった場所が、改修されてイベントや文化芸術活動の場になった。文化政策的には、芸術祭開催のソフト面と施設整備のハード面が連動すれば、効果は大きいだろう。

また、旧齋藤家別邸、新潟市出身の作家坂口安吾を記念した安吾風の館(旧市長公舎)、砂丘館(旧日本銀行新潟支店長役宅)なども、この芸術祭の展示会場になっている。さらに近隣の民間文化施設である北方文化博物館新潟分館、旧會津八一記念館の建物を再生して開館したNSG美術館も参加している。これらの施設は、新潟市美術館やゆいぽーとから徒歩圏内である。芸術祭を見ながら、新潟の旧市街を散策する楽しさも味わえる。主催者としては、歴史的建造物を保存するだけではなく、作品の展示によって観光資源としても活用したいという意図があるだろう。保存と活用は、文化財に関わる重要な課題でもある。

面白い芸術祭であるためには、まず出品作品が魅力的でなければならない。ところが、日本全国で芸術祭が増えた結果、作家もあちらこちらから声がかかって忙しくなり、結果的に二番煎じ、間に合わせ、昔の作品などでお茶を濁すことになりかねない。わざわざ出かけて、そのような作品を見せられると観覧者の満足度は下がり、芸術祭は衰退する。魅力的な芸術祭にするためには、まず作家の選定が重要になる。その点、今回の芸術祭では注意深く作家を入れ替え、マンネリ化を避ける努力をしている。

芸術祭が続くためには、主催者がヴィジョンをもち、マネージメントを行う必要がある。地元の政済界は、芸術祭に即効的な地域経済の振興、交流人口の増加などを期待しがちだ。だが、芸術祭の経済効果は、仮にあったとしても、長続きはしない。むしろ、芸術祭を見に来た観光客が、その地域の魅力を発見し、広める宣伝効果の方が期待できる。

長い目で見れば、地域の文化や伝統産業の見直しなどの地域活性化や、芸術家と子どもたちのワークショップによる教育的効果の方が、将来に活きる財産になる。この芸術祭では「市民プロジェクト」や「子どもプロジェクト」、ワークショップなどが数多く行なわれ、地域力の蓄積や人材の育成を重視している。「水と土の芸術祭」は、試行錯誤をしながら、次第に形と内実が整ってきたという印象を受けた。

水と土の芸術祭2018

会期:2018年7月14日(土)〜10月8日(月・祝)
会場:万代島多目的広場(メイン会場)、ゆいぽーと 新潟市芸術創造村・国際青少年センター(サテライト会場)、NSG美術館、砂丘館、天寿園ほか、新潟県新潟市内各所
公式サイト:http://2018.mizu-tsuchi.jp/

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