キュレーターズノート

Local Prospects 4 その隔たりを/その海のあぶくの 田代一倫「ウルルンド」、山内光枝「つれ潮」/川辺ナホ「In Other Words/言い換えると」

正路佐知子(福岡市美術館)

2018年12月01日号

九州、沖縄を拠点とする若手作家を公募で選出し行なわれる「Local Prospects」の第4回展がこの10-11月にかけて開催された。それと時期を同じくして、休館中である福岡市美術館のリニューアルオープンに向けて奔走するかたわら、同館の正路佐知子は過去の企画展で紹介した作家たちを再び福岡に招き、美術館外でも展覧会を企画したという。この両者の企画を通し、「その地に生きる」人と向き合う表現についての正路の考察をお届けする。(編集部)

Local Prospects 4 この隔たりを


三菱地所アルティアムが2015年より開催している、九州、沖縄を拠点とする若手作家を取り上げるシリーズの第4回展。約1年前に第3回展について触れたが、今回から出品作家全員がテーマに基づく展示プラン審査による公募選出となった。加えて、応募条件も「九州・沖縄および周辺地域を拠点」とするというものから、「九州・沖縄にゆかりのある作家」というより緩やかなものとなった。今回のテーマは「この隔たりを」。他者との距離をはじめ、広くとらえられるテーマである。展示プラン審査の結果、選ばれたのは寺江圭一朗、木浦奈津子、吉濱翔の3名である。

寺江圭一朗《あなたの反応が私をつくる。私の行動があなたをつくる。》(2017-2018)展示風景

寺江圭一朗は福岡を拠点に長く活動をしてきた作家である。文化庁とポーラ、二つの研修助成を得て、近年中国・重慶市で1年半の間レジデンスを経たのち、現在は東京に生活拠点を移している。今回は、中国・重慶市での1年半にわたるレジデンスの成果とも言える作品──重慶滞在中に知り合ったホームレスの青年との1年以上にわたるやりとりをとらえた映像、青年が描いたドローイング、共同制作による写真、テキストで構成されるインスタレーション《あなたの反応が私をつくる。私の行動があなたをつくる。》を発表した。偶然の出会いから始まり、おそるおそる近寄り、通訳を介さず拙い中国語しか使えない寺江と、標準語ではない中国語を話しているという青年との間の、成り立っているのかさえ不明なまま重ねられるやりとり。寺江の映像作品の特徴ともいえる手書きの字幕は、半分以上が記号やぐちゃぐちゃとした線、ときにはユーモラスな絵柄で表わされ、聞き取れた中国語がわずかであることを示し、ときには寺江の心情を代弁する。日本語字幕も寺江が聞き取れた中国語を元に付けられ、青年が何を話しているのかは映像中では開示されない。そのために、当初警戒していた青年が次第に豊かな表情へと変化し、友人のような信頼関係が築かれてゆく様子が際立つ。非常に若いホームレスの、孤独であるが、ある種の自由を謳歌しているともいえるその生活の背後にある中国の社会あるいは大都市重慶の再開発地域周辺の実情が迫ってくる。

本展では、準備段階で青年と再会したエピソードに自省的な心情を綴ったテキストもあわせて展示していたが、相手も納得してのこととはいえ、ひっそりと生きてきた青年の生活に介入し、作品にしてしまうことについての暴力性については、寺江がこのようなアプローチを取る限り、引き受けていかねばならない問題であるだろう。しかし、本作の二人の関係を見ていると、私たちは日常生活で多くの人と出会い、何かしら相互に影響を与え合っているという素朴な事実にも気づかされるのだ。

木浦奈津子 展示風景

寺江が他者との距離を縮めていく試行錯誤を見せたのに対し、木浦奈津子の絵画には人物の気配自体希薄である。即興的な筆致で描かれた風景は、空が白く抜け、人はシルエットのみで表わされる。人物をまるで抜け殻のように描き、特定の場所であるしるしをことごとく排し、同構図の風景を複数枚点在させることで、見知らぬ土地に来たような疎外感、孤独感あるいは空虚さをまとっている。しかし描かれている風景が、木浦の生活圏内の、日常的に目にする風景を切り取ったものだと知ったとき、本展のテーマである「隔たり」が、身近な生活の些細な出来事の積み重ねのなかでふと感じる孤独のような感覚とともに、生々しく立ち上がってくるように思われた。

吉濱翔 展示風景

通路のような狭い空間に、点々と映像とテキストが配された吉濱翔の展示では、《寄り道しながらゆこう》という出品作品のタイトルさながらに、来場者をジグザグに歩ませる動線が用意されていた。壁面に展示されるのは、タブレットサイズの小さなモニターで上映される過去の映像作品、ハガキサイズの紙に書かれたテキスト、タブロイド紙に吉濱が執筆した文章の掲載ページなど、どれも一人が対峙することを想定したものばかりである。展覧会という場でありながら、鑑賞者が個であることを意識させるような展示と言えばいいだろうか。友人が「マブイグミ」という沖縄の風習を行なう様子を追った映像作品《魂のゆくえ》などは、パラノーマル録音という音にこだわってつくられており、没入して見入ってしまう。《寄り道しながらゆこう》は沖縄生まれの吉濱が普天間基地移設問題に向き合うため、友人たちとタイトルの通り食事や観光をしながら高江に向かったプロジェクトに関するメモや地図、プロジェクト実施後に制作されたイメージ映像で構成されていた。普天間基地移設問題をはじめとする問題と日常生活が地続きであることを改めて意識し、自ら「チャンネル」を合わせ考えてゆこうという等身大の態度表明は、1対1の関係性をつくる展示方法によって、それぞれが流されず考え行動することを居丈高にではなく鑑賞者一人ひとりに語りかけた。

九州・沖縄を中心とした地域の新進作家を取り上げることを目的とし、少しずつ形を変えてきた「Local Prospects」シリーズ。招待作家3名とテーマを設定後の公募枠1名という、いささかいびつな構成で行なわれていた前回、前々回と比べると、4回目となる本展は展示内容とテーマも整合性が取れており、展覧会として整理された印象を抱いた。出品人数も減ったことで、作家1人当たりのスペースも増え、作家の世界観がより伝わる充実した空間が生まれていたように思う。しかし翻って言えば、作家にとっての負担は増すばかりだ。新進作家を対象とする公募展なので、作家へのサポートが十分に行なわれることを望む。また、応募者のためにも、なぜこの3名のプランが選ばれたのか、主催者及び審査員による詳細な選考理由を期待する。

Local Prospects 4 この隔たりを

会期:2018年10月27日(土)~11月18日(日)
会場:三菱地所アルティアム(福岡県福岡市中央区天神1-7-11 イムズ8F)
公式サイト:http://artium.jp/exhibition/2018/18-06-local4/

学芸員レポート

konya-gallery 10周年企画 ゲストディレクタープログラムvol.2 正路佐知子
[第1期]その海のあぶくの(田代一倫「ウルルンド」、山内光枝「つれ潮」)
[第2期]川辺ナホ「In Other Words/言い換えると」


現在、福岡市美術館は休館中である。水面下ではリニューアルオープンに向けて準備を進めており、決して余裕があるわけではないのだが、美術館外で福岡の状況に何か提案できるような展覧会がつくれないかと考えるようになった。そこで個人活動として二つの展覧会を企画した。1期、2期ともに私が福岡市美術館の企画(2014年開催の「想像しなおし」展および2016年の「歴史する!Doing history!」展)で紹介してきた作家たちを再び福岡に招き、彼らの近作・新作の展示で構成する。福岡では、九州外に拠点を持つ作家の作品に出会える機会が少ないこと、また福岡ゆかりの作家であっても拠点を地元とは別の地に移していたり、国内外に発表の場を広げた作家の「現在」に再度出会うことが実は簡単ではないことに気づいたからだ。持ち込んだ企画に対し、会場となったkonya-galleryの運営母体TRAVEL FRONTが応えてくれ、「ゲストディレクタープログラム」というかたちで実現に至った。

その海のあぶくの(田代一倫「ウルルンド」、山内光枝「つれ潮」)展示風景[撮影:山中慎太郎(Qsyum!)]

第1期では、写真家・田代一倫と美術家・山内光枝の二人展という形をとった。もともと接点がなかった二人はそれぞれ福岡市美術館の企画に参加したことで、互いの活動を知ることとなった。どちらも福岡出身であることも一因なのだろうか、二人は日本海に面した地域に関心を持ちリサーチを行なってきており、アウトプットの方法は異なるが、土地・海とその地に生きる人への敬意、背後の歴史・過去に対する意識に私は共通点を見てきた。

田代一倫は2017年に新宿のphotographers' galleryで開催された個展で発表した「ウルルンド」を福岡会場用に再構成した。「ウルルンド」は、日本と韓国が領有権を主張しあう竹島への唯一の航路を持つ島としても知られる鬱陵島に生活する人々を撮ったもので、展覧会と同じタイミングで写真集も発行されている。ところで、田代は2010年より、北部九州と韓国南部を撮影するシリーズ「椿の街」に継続して取り組んできた。それは、福岡に生まれ2009年まで同地を拠点としていた田代の「九州と朝鮮半島は海峡で隔てられているのではなく、それによって深く結びつけられている」という実感に基づいている。そして「ウルルンド」もまた「椿の街」と同じ問題意識から発想されたと言える。本展では、田代が作品を12点に絞り、写真集、そして田代が撮影後に鬱陵島での撮影を振り返りながら自らの立ち位置を記した書き下ろしのテキストを加え、「ウルルンド」のエッセンスを凝縮したかたちで展示した。

山内光枝は2010年ごろ、海辺に裸の海女が佇む様子をとらえた1枚の古い写真を目にして以来、海に生きる人々とその文化を追いかけてきた。山内のアプローチが独特なのは、自らも済州島の海女学校で素潜りの技術を習得し、海女たちと関わりを持ち続けていることだ。福岡・鐘崎と対馬に軸足を置いた海人文化のリサーチは近年海洋アジアまで広がり、いまでは山内の人生と不可分なものとなっている。過去作が、海女たちの漁における身体的動作を断片的にとらえたものだったのに対して、本展で発表された「つれ潮」はドキュメンタリー的手法が取られた。長く山内の作品を見てきた福岡の観客も、対馬・曲に住む現役の海女おばちゃん(山内の師匠でもある)の先人たちの原郷、福岡・鐘崎への里帰りに寄り添った本作で初めて、山内が各地の海女と築いた個と個の関係や、実際に見ている風景を目にすることとなった。「海女のおばちゃん」のカメラを意識しない自然な語りと表情は、山内にしか引き出せないものといえるだろう。

二人展のタイトルは「その海のあぶくの」と名付けたが、これは森崎和江『海路残照』(朝日文芸文庫、1994)のあとがきから引用したものだ。かつての植民地朝鮮で生まれ、第二次世界大戦の勃発とともに日本に戻った森崎が海に生きる人々の伝承と語りを求めて玄界灘や日本海岸を歩く『海路残照』は、海女文化を調査し始めた山内が福岡の鐘崎という地域に目を向けるきっかけとなった重要文献である。加えて田代と山内の作品の舞台が鬱陵島、対馬、鐘崎という、森崎が本書でも言及している対馬暖流に面した地域であること、そして両者の作品に、森崎があとがきのなかでも述べている、過去の歴史を引き受けたうえで自ら思考・行動する態度を重ね合わせた。

川辺ナホ「In Other Words/言い換えると」展示風景[撮影:山中慎太郎(Qsyum!)]

第2期は、川辺ナホの個展を開催した。2年前より川辺からは、アポロ計画のコンピュータのソフトウェアプログラムを開発した科学者マーガレット・ハミルトン、彼女の渾名「ロープマザー」の元にもなったコアロープメモリ、そして銅線(ロープ)を裁縫の技術を用い編み込むことでそのメモリを製造した女性工員たちに興味を持ち調べているという話を聞いていた。それは女性の活躍と労働、織物と技術、ネットワークシステムといった現代社会にも通底する問題への関心とも言える。本個展に向けて川辺が取り組んだ新作《月には行ったんだっけ》は、会場にロープを張り、巨大な四角の面をつくるという彼女にとっても初めての試みだったが、織物の技術を用いることで移動のためのデータの小型軽量化に一役買ったコアロープメモリの発想に端を発している。普段ハンブルクに居住し作家活動のためドイツと日本を行き来する川辺にとっても、荷物の小型軽量化は不可避の問題だからだ。一風変わったタイトルは、フォレスト・マイヤーズがアンディ・ウォーホルら当時第一線の芸術家たちにドローイングを依頼し、NASAの目をかいくぐってアポロ12号の着陸モジュールに忍ばせ月に密輸したとされる(もはや誰も確かめることができない)「月の博物館(moon museum)」のエピソードが元にある。ロープから垂れるオブジェも「月の博物館」のドローイングモチーフをもとに、川辺の手によって編まれたものだ。もうひとつのインスタレーション《One Day Lap》では、炭の粉で描かれた花々の上を、まるで地球の周りをまわる月のように、羽根がゆっくりと旋回する。羽根は木炭の花畑を崩しながら円を描く。木炭の粉が描くその線は会場の床の歪みのおかげもあって、きれいな正円にはならず時に左右にずれながら、新たな形をつくっていった。

川辺ナホ《Eine echte Frau löst jeden Knoten/真の女性はすべての結び目を解く》

川辺は福岡での個展と同時期に、東京でも個展を開催した(「Save for the Noon/昼のために」WAITINGROOM)。東京展で発表され、福岡でも一夜のみスクリーニングを行なった映像作品《Eine echte Frau löst jeden Knoten/真の女性はすべての結び目を解く》では、とある女性が木炭を器用にも麻紐でひとつにまとめてゆく様子が映し出される。女性は時折、昔の記憶を語る。東西が分断されていた1956年、市電に乗って東ドイツから西ドイツに亡命したときのこと。亡命後も彼女の母親は、日用品ほか物資を東の友人に向けて郵便で送っていたこと。映し出されるその手つきに魅了されながら、彼女がその梱包の技術を会得した背景に東西ドイツの分断があることや、窮屈な暮らしのなかにもいくつかの抜け道が存在したことなどが示唆されていた。ベルリンの壁の建設とアポロ計画の開始がどちらも1961年であったのは偶然だろうか。そして現在、いくつもの分断が生まれ、また月への旅行計画が始動している。二つの展覧会の開催によって川辺は、半世紀前の情勢と現代社会を比較考察する複数のレイヤーを仕掛けた。



ギャラリーという限られた空間での展示ではあったが、美術館の外だからこそ可能となる即興的な部分も含め、作家の現在の思考を追いかけ、あらためてその活動に目を向ける機会をつくる(と言ってしまえばあまりにも当たり前のことだけれど)ことができたのではないかと思う。個人活動も継続したいけれど、これから数ヵ月は福岡市美術館のリニューアルオープンに向けた追い込みに集中しなければならない。次回は美術館の活動についても触れられればと思う。

konya-gallery 10周年企画 ゲストディレクタープログラムvol.2 正路佐知子
[第1期]「その海のあぶくの(田代一倫「ウルルンド」、山内光枝「つれ潮」)
[第2期]川辺ナホ「In Other Words/言い換えると

会期:[第1期]2018年10月12日(金)〜10月28日(日)
   [第2期]2018年11月2日(金)〜11月18日(日)
会場:konya-gallery(福岡市中央区大名1-14-28)
公式サイト:http://konya2023.travelers-project.info/

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