キュレーターズノート

高松次郎|鷹野隆大「“写真の写真”と写真」展/高松次郎:コレクション in Hiroshima──点、線、不在のかたち

角奈緒子(広島市現代美術館)

2009年04月01日号

 暖かい空気に春の匂いを感じる休日、九州は福岡県太宰府へと足を運んだ。その日、梅が咲き誇る太宰府天満宮境内では、平安時代の装束を身にまとった人々が歌を詠む「曲水の宴」なる催しが行なわれていた。タイムスリップしたかのような宴の舞台とそれを観覧する人々を横目に、宝物殿へ向かう。宝物殿の一角で開催されていた「太宰府天満宮アートプログラム」第5弾、「“写真の写真”と写真」が旅の目的。高松次郎の唯一の写真作品《写真の写真》と、鷹野隆大が高松次郎の作品を太宰府天満宮内で撮影した《太宰府の高松次郎》から構成された展覧会を紹介したい。

「“写真の写真”と写真」展、展示風景
Courtesy of Yumiko Chiba Associates

 高松次郎が残した唯一の写真作品だという《写真の写真》シリーズは、さまざまな実験的作品を発表した高松らしく、その名のとおり「写真」を被写体として写真におさめた作品である。人は写真と対峙するとき、その背後にあるストーリーを探すべく、印画紙に焼き付けられた対象がなにであるか、無意識にせよまず求めようとしないだろうか。旅先であるとか記念であるとか、記録または少し郷愁を帯びた想い出としての存在の写真の場合はなおのことである。高松は《写真の写真》で、ラジオ、室内の床、砂浜、ベランダなど、日常の一場面を背景にして、そこに配された「写真」に焦点をあわせる。しかしながら、被写体としてフォーカスされているはずの「写真」には、容赦なく光が写りこみ、その写真のストーリーを語りうる表象はかき消され、陰影のある印画紙へと姿を変える。高松は、なんらかのストーリーを含有する写真という存在を容認しないのではないか。高松の写真作品からは、真摯に写真で写真に向き合い、モノとしての写真を使った作品の可能性を見いだそうとした高松の実験を垣間見られるような気がした。
 鷹野隆大は、「軽やかに宙をただよう高松次郎を地面につなぎ留めるイメージがとっさに浮かんだ」とコメントしているように、高松の作品を太宰府天満宮の境内に置き、写真におさめた作品を発表する。鷹野の被写体である高松の作品は、手の動いたままにただそこに置いたかのように見えるが、写真を見れば見るほどに、それが実は緻密に計算されたうえでの配置だったのではないだろうかと思えてくる。境内の縁石の上に並べられたレンガ作品は、見落としそうになるほどその風景になじみながらも、ある瞬間からその存在を主張しはじめる。まるで室内から外出するかのような場面によって、あたかも人格を帯びたように見てくるコーラ瓶は、置かれた背景と瓶の口から放出するロープとの関係が絶妙である。大樹の裂け目に平行して配されたロープは、もはや物質ではなく、生命を帯びた有機体のようにエロティックな様相までも呈する。これは鷹野のねらいなのか、はたまた見る者の欲望か。被写体の配置という点における偶然性を装った緻密さは、高松のカメラの被写体である「写真」の配置にも見られるように感じた。意外な類似点の発見で思わず口元がゆるむ。
 展示室正面に掛けられた一番大きな写真も、鷹野による作品である。神殿を背景にのびる四つの長い影。影の主が石灯籠なのか、人なのかはもはや問題ではなく、ほのかに照らされた境内に浮遊するかのような影の幻想的な様子に目を奪われる。この作品が影の作家として語られることの多い高松へのオマージュ的作品であることはだれも疑わないであろう。

 高松次郎と鷹野隆大という異色の組み合わせ、一体どんな展示なのだろうかと、正直なところ実際に見るまで想像がつかなかった。しかしながら、コンセプチュアルということを写真においても試みたどこかドライな高松と、いまはなきコンセプチュアル・アーティストを意識しつつも、独特の繊細さで情を感じさせる鷹野との絶妙なコラボレーションであった。

高松次郎「写真の写真」シリーズ
Daiwa Press Collection
C/Yasuko Takamatsu
Couretesy of Yumiko Chiba Associates

鷹野隆大「太宰府の高松次郎」シリーズ(壁掛けの写真のみ)
Dazaifu Tenmangu Collection
C/Ryudai Takano
Courtesy of Yumiko Chiba Associates/Zeit-Foto Salon

太宰府天満宮アートプログラム 高松次郎|鷹野隆大「“写真の写真”と写真」展

会場:太宰府天満宮(宝物殿)
福岡県太宰府市宰府4丁目7番1号 太宰府天満宮社務所/Tel.092-922-8225
会期:2009年2月15日(日)〜3月15日(日)

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