2017年12月15日号
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キュレーターズノート

アートイン木町プロジェクト『つなぐ』'09──山口盆地午前五時/「Moids 2.0 - acoustic emergence structure」展

阿部一直(山口情報芸術センター)

2009年10月15日号

学芸員レポート

 山口情報芸術センター[YCAM]では、デザイナー集団semitransparent designによるアートユニット「セミトラ」による、文字デザインを時間の視点から展開した新作インスタレーション展「tFont/fTime」の展示(スタジオB、2Fギャラリー、ホワイエ)のほかに、ホワイエの左右に位置するガラス張りの中庭(4m×20mという特殊な敷地に高さが12mと20mという構造)で、音楽家の渋谷慶一郎とサウンドプログラマーevalaによる新作サウンドインスタレーションの展示がスタートした。この中庭には、地下に横1列に5個のスピーカーが仕込んであり、足下から音が沸き上がるような不思議な音場が生まれる空間だ。これまでに、テイラー・デュプリー&クリストファー・ウィリッツが、この空間のための委嘱作品を制作したり、展覧会関連で坂本龍一や池田亮司がサウンドインスタレーションを構成したりしている。
 その流れで、この空間専用に、渋谷慶一郎の作品が今回滞在制作されたが、これは、昨年亡くなった渋谷のパートナーmaria追悼に捧げられている渋谷による作曲・演奏のピアノソロによる最新アルバム「ATAK015 for maria keiichiro shibuya」のサウンドデータのすべて(全曲14トラック)を素材として、コンピュータプログラムによって独自の加工/解体/再構成を生成さていくサウンドインスタレーションである。
 オリジナルのピアノ音源は、CDの128倍の解像度を持つDSDレコーディングによって精緻に録音されているが、興味深いのは、14曲のオリジナル音源に対して、エフェクトはまったくかけずに、データ上の加工とカットアップを行なっている点である。まず1曲を、ピッチを微妙に変調して何レイヤーも作り出し、それぞれの細部をカットアップさせ多層重奏させる。部分的には波形の逆行プレイなども行なっている。そうして加工した各層の連携関係の形態を、時間の経過とともに、履歴を影響させるように層同士の関係形は変わらず、時間の前後の位置のみがずれていったりといった展開も行なう。さらに別の展開として、1曲からなる多層重奏を、別の何曲の多層重奏とも重ねていくようなケースも作り出すといった、複雑多岐なコンピュータプログラムによる加工・解体された音像が生み出された。それが横1列の5.1チャンネルで、より現実的な音場形成において、複雑立体的な移動をともない空間構成を生成するという、異常に密度の濃い作品に仕上げられたというプロセスである。各音源の組み合わせはただランダム再生は行なわず、そのシーンごとに、聴覚的にリファランスし、バランスや音色の取捨判断を行なっている。音源が一般的なフィールドレコーディングやコンピュータミュージックで使用されるものとは別次元の解像度を持っているため、この緻密な作業、一種の新たなコンポージングが功を奏したのだが、空間に充満する音響が、結果的に煙のような有機性をともない無限の変化を反復するよう設計されていき、同じ音楽の再生にはならず、来場者は、常に新しい音楽と音響に出会えるようになる。
 驚いたのは、渋谷が、自身で作り、演奏した、ある意味分身的なピアノ曲を、波形の細部に至るまで、題材として自分の手で加工、破壊し、再構成し尽くした手法である。部分はすべて等しい題材としての価値を持っていた。新しい音色や微細な音圧の変化を作り出すために、ここまで追求できるのかというほど、徹底的な作業が行なわれた。今更ながら、やはり非常に興味深く思われたのは、レコーディングされた音源であるこのようなピアノ演奏は、コンピュータを介しては絶対実現できないものであり、反対にインスタレーション化で生成される多層重奏の複雑さは、コンピュータによってのみ可能で、実演もスコアリングも不可能という事実である。このインスタレーションはこの特殊な空間の中にいないと、それこそ体験も疑似再生もできないものなので、興味を抱いた方はぜひこの場所に来て味わっていただきたいと思う。

渋谷慶一郎+evala「for maria installation version」
[新作サウンドインスタレーション/YCAM委嘱作品]

会場:山口情報芸術センター[YCAM] 中庭A・B m_00001618
山口市中園町7-7/Tel. 083-901-2222
会期:2009年10月1日(木)〜1月31日(日)

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