2017年11月15日号
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キュレーターズノート

風景に刻まれた記憶──マイケル・ケンナ写真展

鎌田享(北海道立帯広美術館)2009年11月01日号

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 釧路市の北海道立釧路芸術館で、写真家マイケル・ケンナの作品展が開かれている。会場では、世界各地を巡って撮影した風景、日本に取材した作品、そして北海道を舞台にした2002年以降のシリーズ、あわせて130点余りが紹介されている。

マイケル・ケンナ写真展、チラシ

 ケンナは、1953年にイギリス北西部の工業地帯に生まれ、ロンドン芸術大学で学んだ。1977年にはアメリカにわたり、現在はシアトルを拠点に世界各地の風景を撮影している。数多くの写真集を刊行するほか、日本では2006年に東京都写真美術館で個展「IN JAPAN」が開催された。
 デジタル全盛の今日にあって、その作品は中判カメラに銀塩プリントというクラシカルな技法で撮影される。展覧会チラシのフロントを飾るのは、2002年の冬に北海道東部の屈斜路湖で写されたもの。雪に覆われ霧の立ち込める湖畔にたつ樹木がとらえられている。特徴的な樹形をファインダー内に巧みに配した構図。モノクロームの世界のなかに対象をシンボリックに浮かび上がらせるべく計算されたシボリやシャッタースピード、レンズの選択。熟練したプリントテクニックが生みだす緻密なトーンバランス。いずれも卓越した写真技術を伺わせる。
 加えてその作品を特徴づけるのは、画面より立ち上がる瑞々しい感性であり濃密な精神性である。先の作品にしても、冬の北海道の清澄さや起立する樹木の峻厳さを映し、あたかも一遍の詩のごとき印象を与える。ケンナ自身は自らの作品について、日本の俳句から多大なインスピレーションを得ているという。たしかに画面の構成要素を切り詰め禁欲的なまでの構造美を示しながら、そこに深い詩情をたたえた作品は、少ない字数で場面を切り取る芭蕉の句にも似た鮮烈さをみせる。
 冷厳な北海道、神秘の日本、荘厳なるサン=ミシェル、幻想のイースター島……。ケンナの作品が醸成するイメージは、すでにわれわれがその土地々々に抱いているものと重なり合う。しかしそれは、彼が既存のイメージに沿ってその地を撮影しているということではない。ケンナの作品は通俗性や、あるいはトリッキーなコンセプトとは無縁であろう。一方でまた、極私的な記憶や経験や感情の振幅を、制作の動機としたタイプの作品でもない。対象とできる限りニュートラルに向き合う、彼の言葉を借りるならば風景と対話するなかで生まれたものであり、例えばイギリスの水彩画などにも通じる姿勢であろう。
 技術的側面にしても制作姿勢にしても、ケンナは極めてクラシカルなタイプの作家である。しかしそれゆえに、というわけでもないのだろうが、その作品は骨太の強度を備えている。ある意味でそれは、風景写真、風景表現のひとつの極みを示すものではないだろうか。


展示風景

風景に刻まれた記憶──マイケル・ケンナ写真展

会場:北海道立釧路芸術館
釧路市幸町4-1-5/Tel. 0154-23-2381
会期:2009年8月29日(土)〜11月11日(水)

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鎌田享

1969年生まれ。1993年から美術館学芸員。現在、北海道立帯広美術館学芸課長。

2009年11月01日号の
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