キュレーターズノート

インターナショナル・ダンス・ワークショップ「ショーネッド・ヒューズ青森プロジェクト:プレゼンテーションSTAGE1」

日沼禎子(国際芸術センター青森)

2010年04月01日号

 青森を中心とした東北エリアのアートシーンをレポートするにあたって、歴史、北国特有の風土、文化との繋がりを拠り所としながら現代を眺めてみる試みをしてきた。本レポートでは、伝統芸能とコンテンポラリー・ダンスの対話を試みるプロジェクトについて紹介する。

ショーネッド・ヒューズ青森プロジェクト/stage1

 英国の振付家・ダンサー、ショーネッド・ヒューズが青森に滞在し、自身の新しいダンス作品を2カ年にわたり制作し、英国、日本の双方でその成果を発表するプロジェクト。青森、東京でのワークショップをあわせて開催し、リサーチの過程を共有しながらダンスを通した国際的な対話を試みようというものである。プロジェクトに参加するダンサーは、東京でのオーディションで選出。国際芸術センター青森(ACAC)においてヒューズとともに滞在制作を行ない、その第一ステージ(=2009年度。9月から約5カ月間滞在した)のプロセスを発表するプレゼンテーションが、ACACおよび森下スタジオ(東京)で開催された。
 ウェールズ出身のヒューズは、ラバンセンター(ロンドン)でダンスを学び、マース・カニングハム・スタジオ(N.Y.)などを経て、現在ロンドンを拠点にしながら、国内外での振付、ソロ活動を行なっている。近年はチャプター・アーツ・センター(カーディフ、ウェールズ)のシアタープログラマーであるジェイムズ・タイソンのコーディネートにより、各国での滞在制作を通した新たなダンス作品制作に取り組んでいる。青森プロジェクトの糸口となったのも、07年、タイソン氏が日本のダンスカンパニーおよびレジデンス施設のリサーチの際、雪に覆われたACACを訪れたことがきっかけとなりヒューズにリサーチを提案。翌08年の1月、1カ月のレジデンシーが実現。そこで出会った青森の気候、伝統芸能を取り入れたダンス制作への可能性を掴み取ったヒューズの強い希望が叶い、多くの人々からの支援を受け、2カ年のプロジェクトへ発展、継続することとなった。


2009年10月に開催したプロジェクト参加ダンサーのオーディション(森下スタジオ)

深い雪と津軽手踊りとの出会い

 降雪のほとんどない地域の方にはおよそ想像もつかないと思うが、ACACのある青森市は、30万人規模の都市のなかで世界一の豪雪地といわれている。なにしろ多い日では、1日80cmから1mもの雪が降り積もる。地域住民にとって、冬は除雪の重労働や閉塞感を覚える憂鬱な季節でもあるのだが、この雪が豊かな自然環境を持続させ、そして独自の文化をも生み出してきたことも事実である。
 さて、青森の伝統芸能といえば「津軽三味線」が全国的にももっともポピュラーであろう。三味線は中国から渡った三弦が日本各地で発展し、地域ごとに豊かな特色を持つが、おもに日本海沿いの地域を中心に伝承され、本州最北端の青森でも独自の芸能として発展してきた。もともと民謡の伴奏であったものが1960年代に起きた民謡ブームのなか、打楽器のように撥を叩きつける、あるいは速弾きなどの独自の奏法が注目され独奏として定着した。その津軽三味線と同じく、非常に特色ある芸能のひとつに「津軽手踊り」があり、三味線、民謡、太鼓の演奏とともに総合的なエンターテインメントというべき舞台に華を添える。津軽手踊りは重心を低く構え、特色のある手の振りに加え、時には扇子や傘をトリッキーに使った躍動感溢れる踊り。代表的な流派に「宗家石川流」があり、風にゆれる立ち木の動きや、渓流を泳ぐ岩魚の動きなど、自然の持つ繊細さと大胆さを踊りに取り入れている。その宗家師範である石川義野、そして夫であり津軽を代表する三味線奏者である長谷川祐二氏との出会いが、このプロジェクトの方向を決定づけた。厳しい冬を乗り越え、祝祭的に訪れる春、夏。そして山々を赤く染めながら足早に過ぎる秋、そして再びの雪を迎える冬。その四季折々の生活とともにある音楽と踊りの熱情は、ダンスの根源を探るヒューズの好奇心に強く訴えかけるものであった。

 ヒューズの初めての滞在時は、もっとも降雪量が多い1月。来る日も来る日も降り続く雪。そのなかに身を置く時間のなかで、やがて降り積もる雪と同化するように自然に地面に横たわる身体を発見した。そこで床に横たわったまま、代表的な民謡である「津軽じょんがら節」を踊る振付を試み、重力に対する垂直と平行の動きを分解するような動きへと展開させた(寝返りを繰り返している様を想像してほしい)。一方で、伝統的な民謡と三味線が響き渡る空間の中、石川義野は「津軽じょんがら節」「津軽あいや節」などの伝統の振付を独演で舞い、自由に空間を移動する。そしてさらに青森会場での発表では、ヒューズのワークショップに参加した一般の受講生たちも参加し、雪球で遊んだり、シャベルで雪かき作業をするなどの日常の動きから振付をつくり、ヒューズらダンサーと、石川師範との動きと平行するように構成された。


ACACにおけるワークショップ。雪の中での動きを振付に取り入れる試み

 伝統芸能と現代芸術との融合、といえばステレオタイプなオリエンタリズムを想像するかもしれない。しかし、ここで行なわれたことは、歴史、伝統、この地で生活する人々への深い敬意であり、古きを守りながら新たな表現を模索する者同士の親愛の念の表出であった。自然を含む私たち人間の営みは等しくあり、時には交差し、平行しながら同じ時間と場に存在する。それは伝統であろうが、現代であろうが、正規のダンス教育の有無にかかわらず。ヒューズは、それらすべての要素を融合しとりまとめた意図的な〈型〉をつくるのではなく、ただそこに存在する世界を静かに提示してみせる観察者の目としての役割であったように思える(それが結果として総合的な振付には繋がるのだが)。
 ACACでのプレゼンテーションは、レジデンスの成果を発表するにふさわしく、自然光の入る円弧状のギャラリーのなか、周囲をとりまく自然環境の気配をも存分に取り込みながら、のびやかなダンス、演奏が行なわれた。森下スタジオでは、よりプラクティカルなシチュエーションを作り出すために、来場者、ダンサーがともに参加して、石川師範による手踊りの指導を受けるところからスタートさせ、続いてプレゼンテーション、青森でのビデオ映像を紹介するなどレジデンスで行なわれた成果をいくつもの視点から発表した。



上=ACACにおけるプレゼンテーション(2010年1月30日)
下=オリジナルの「津軽じょんがら節」を、着物に着替えて披露。訓練されたコンテンポラリーダンサーにとって伝統の手踊りを習得することは、見た目以上に非常に難しい

 アーティスト・イン・レジデンス(AIR)というシステムは、アーティストが生活者となりその地に滞在することで、じっくりと時間をかけ、人々と対話し、表現を模索するなによりの機会となる。しかし、そうしたAIRであっても、今日的社会状況にあって、アーティストの表現に即効性のある成果を求められる傾向があるように思えてならない。強迫観念にも似た、つねに前進を求められる現代芸術の宿命。時に表現者自身が消費し消費されるスパイラルのなかに身を投げ出してしまうこともある。ヒューズの取り組みは、そうした現代の問題に一石を投じることになるだろう。第二ステージは2010年11月から始まる予定だ。春を迎えるいま、思いはすでに季節をめぐり、再びの雪の中にある。


森下スタジオにおけるプレゼンテーション(2010年2月3日)


左=右から、長谷川祐二、長谷川祐真、後藤清子
右=森下スタジオ会場)

インターナショナル・ダンス・ワークショップ「ショーネッド・ヒューズ青森プロジェクト:プレゼンテーションSTAGE1」

青森会場:国際芸術センター青森・ACAC
青森市合子沢字山崎152-6/Tel. 017-764-5200
会期:2010年1月30日(土)

東京会場:森下スタジオ(Cスタジオ)
東京都江東区森下3丁目5-6/Tel. 03-5624-5951
会期:2010年2月3日(水)

主催:ARTizan
共催:青森公立大学 国際芸術センター青森/チャプター・アーツ・センター/グリニッジダンス・エージジェンシー
助成:セゾン文化財団+EUジャパン・フェスト日本委員会(共同支援事業)/Arts Council of Wales/The National Lottery/Welsh Assembly Government