キュレーターズノート

北海道立体表現展

鎌田享(北海道立帯広美術館)

2010年05月01日号

 5月中旬から6月上旬にかけて、本郷新記念札幌彫刻美術館、北海道立近代美術館、札幌芸術の森美術館と、札幌市内の三つの美術館を舞台に、北海道内のアーティストが自ら企画・実施するグループ展「北海道立体表現展」が開催される。やや先取りになるが、今回はこの展覧会について触れたい。

 「北海道立体表現展」は、立体表現の今日的な可能性を探るという趣旨のもと、2001年9月に北海道立近代美術館で第1回展を開催した。この時は、木や石、金属を素材とした抽象系の彫刻家から、日ごろはインスタレーションを展開する作家まで、28名が参加している。その後、この展覧会は03年・06年・08年と同美術館を会場に回を重ねてきた。各回の参加人数はいずれも30名前後と大きな変動はないが、そのメンバーは必ずしも固定しているわけではない。出品作家の人選は十数名のコアメンバーによってなされ、毎回3分の1程度が入れ替わるかたちで続けられてきた。その年齢構成は、上は70代のベテランから下は20代の新鋭までと幅広い。また回を重ねるごとに、金属工芸や陶芸、テキスタイルといった工芸分野からの出品も増えている。といってもいわゆる伝統工芸的なものではなく、金属や繊維など素材の特性とそれへの関わり方を重視しながらも先鋭的な造形を志向する作家たちが選出されている。グループ展はともすれば回を重ねるごとにマンネリズムに陥りかねないが、出品作家の刷新と多領域化は、この会の活動に新鮮な風を送り込んできたといえる。
 またこの展覧会は、第5回展を一区切りとする時限的な企画としてスタートした。足掛け10年目となる今年はその区切りの回にあたり、従来よりも規模を拡大しての開催となる。総出品者数は56名と、これまでと比べると倍増している。北海道立近代美術館では29作家が展示室内で展示をし、札幌芸術の森美術館では19作家が展示室内で、8作家が屋外でそれぞれの作品を発表するという。さらに、三つ目の会場となる札幌彫刻美術館では、56作家全員の小品が公開される予定だ。グループ展の英名「HOKKAIDO THREE-DIMENSIONAL ART」が示すとおり、彫刻系・現代美術系・工芸系というジャンルの壁を越え、北海道における多彩な三次元表現・立体表現が競演する場なのである。


2008年展、会場風景

 既知の作家の新たな展開を知り、未見のアーティストと出会う展覧会として、著者自身毎回楽しみにしている企画である。しかしその一方で、このグループ展が大きな課題を抱えていることも、見逃してはならないと思ってきた。その課題とは、主として出品作家数と会場面積という物理的な要因に基づくものだが、立体表現、言い換えれば作品と空間との関係をテーマに掲げるこの展覧会にとっては極めて大きなものである。
 これまでの4回の展覧会では、北海道立近代美術館のおよそ1,000平方メートルの展示室に30名あまりが出品してきた。単純計算で作家あたりの専有面積は30平方メートル強、6メートル四方に満たない。さらに各作家の展示空間はパーテーションなどで区分けにされているわけではなく、比較的大きな室内に5〜8名前後の作品が並置されてきた。一方で出品作家の顔ぶれは前述したように、彫刻家からインスタレーション作家までと幅広い。
 ここでいう彫刻とは、フォルム(形)とマッス(量塊)を備え空間中に自己充足的に起立する造形形態のこと、伝統的な意味での「彫刻」と解していただきたい。こうした彫刻作品においては、作品自体の大きさと作品の展示により適した空間容積とは、相関的な関係にあるといえる。やや乱雑な言い方になるかもしれないが、30平方メートルという空間の限界値があらかじめ設定されているのであれば、それに即した大きさや動性を備えた彫刻を制作することは不可能ではないであろう。これに対してインスタレーションは、既存の空間中にさまざまな素材を置くことで、作者の意図に則してその空間を異化する作品形態である。まず特定の空間があり、そこから「場」としての作品が立ち上がるのである。また鑑賞者がこの異化された空間を感得するためには、自らがそのなかに文字通り足を踏み込む必要がある。制作面ばかりでなく鑑賞面においても、インスタレーションは行為や身体性と不可分な作品形態といえる。こうした特性を考えたとき、美術館の展示室というニュートラルな空間、他の立体作品との並置、30平方メートルという面積は、極めて過酷な制約といえるだろう。多領域の立体表現を一律に展示するこの展覧会においては、各作家の空間への取り組み方は、「彫刻」的な方向へと収斂されかねないのである。

 とここまで述べてきたが、じつのところこれらの課題に対して、出品作家たちは極めて自覚的である。札幌彫刻美術館で開かれる小品展は、「スカルプチャー・オマージュ」と題されている。彫刻やインスタレーションや工芸といったそれぞれの出自からくる空間への志向はすべて飲み込んだうえで、ここはあえて「sculpture=彫刻」的なアプローチに取り組んでみようというグループの明確な意志が、このタイトルからは汲み取れる。「立体表現展」はたんに北海道における立体作品の競演という舞台設定を超えて、そこに参加する作家たちの研鑽の場へと昇華されているのである。
 他県の例を熟知していないので直ちに比較はできないが、北海道においてはアーティスト自らが企画し開催する展覧会が数多くある。ときにそれらのグループ展は、今日的な造形課題をあぶりだしながら、自らの制作活動の新たな展開を模索する場となってきた。この状況は、北海道美術界の特徴のひとつであり、その厚みを増すために大きな役割をはたしている。

北海道立体表現展

会場:本郷新記念札幌彫刻美術館
札幌市中央区宮の森4条12丁目/Tel. 011-642-5709
会期:2010年5月15日(土)〜6月27日(日)

会場:北海道立近代美術館
札幌市中央区北2条西17丁目/Tel. 011-644-6881
会期:2010年5月29日(土)〜6月6日(日)

会場:札幌芸術の森美術館
札幌市南区芸術の森2丁目75/Tel. 011-591-0090
会期:2010年6月4日(金)〜6月13日(日)