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羊からじゅうたん!~秋の部 糸から織へ~

2011年11月01日号

会期:2011/09/10~2011/12/04

白鶴美術館新館[兵庫県]

関西屈指の高級住宅街、御影山手にあり、東洋・日本美術の秀逸コレクションで知られる白鶴美術館。現在、秋の所蔵品展として「深遠なる中国美術」(本館)、「羊からじゅうたん!」(新館)の2展が開催中だ。今回は後者の展覧会に注目してみたい。
 新館は、威風堂々たる日本建築の本館とは対照的にモダンな外観を有し、入口の扉を開けると柔らかな光に包まれた静謐な空間が垂直方向に広がる。この垂直性は1階展示室の床が入口のレベルよりも下がっていることでもたらされるのだろう。1995(平成7)年にオープンした新館は白鶴美術館のオリエント絨毯の所蔵品の展示を目的として建てられており、高い天井高を確保した空間は、絨毯の縦長の形状を考慮したものと思われる。
 それゆえ、この魅力的な空間では豪奢なオリエント絨毯が吊り下がっているだけでも十分なのだが、「羊からじゅうたん!」展ではさらなる試みが行なわれている。まず、1階には展示作品がなく、代わりに絨毯制作のおもな工程をわかりやすく解説した壁面パネルやパイル織の模型などが置かれている。部屋全体を支配するのは、来場者が「ノッティング(縦糸にパイル糸を結びつけて図柄をつくる作業)」を体験できるワークショップの空間だ。ワークショップは毎週末行なわれており、神戸学院大学人文学部の学生インターンがアシスタントを務めている。筆者が訪れた際、大勢の観客がいたが、学生たちが模型の前でペルシャ結びとトルコ結びの違いについて目を輝かせながら説明する姿がまぶしかった。
 2階にはおもに20世紀初期のオリエント絨毯が展示されている。作品の1点1点に解説文があるため、イラン、トルコ、コーカサスといった地域による図柄の違いや、おもな文様の意味などを知ることができる。一巡すればオリエント絨毯の地域的特色が体系的に掴めるのだ。つまり、1階と2階の展示はともに教育的効果という軸に貫かれており、そうしたやり方はオリエント絨毯を専門的に研究しつつ、一般の美術愛好者の目線にも立とうとする学芸員でなければできないだろう。また、ワークショップの場が大胆に展示空間に導入されることで、美術館の内部は活性化され、人の息遣いが空間に伝わる。とはいえ、建物が元来有する荘重な雰囲気や展示の美的効果が損なわれているわけではない。そのあたりのバランスのとられ方がじつに見事であった。[橋本啓子]


左=バクティアリー、ペルシア中央部、20世紀初頭、ウール
右=春季ワークショップ風景

2011/10/15(土)(SYNK)

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