artscapeレビュー

アンダーグラウンド

2011年12月01日号

会期:2011/09/24~2011/11/25

シアターN渋谷[東京都]

かつてDVDはおろかビデオテープもなかった時代、シネフィルは固唾を呑んで映画を鑑賞していたという。自宅で再生できるわけではないから、いかなる一瞬も見逃すまいと、スクリーンに穴が開くほど視線を注いでいたそうだ。翻って飛躍的な技術革新を遂げたいま、私たちの視線は当時と比べると明らかに脆弱になっていると言わざるをえない。重要な台詞を聞き逃したとしても、いくらでも再生可能だから、あとで改めて確認すればいいだけの話だ。しかし、それがはたして私たちの文化や芸術を豊かにしたかといえば、そうともかぎらない。容易には見ることが叶わないからこそ「見る」意欲が高まり、ひいては批判的な感受性も敏感になるともいえるからだ。エミール・クストリッツァ監督の『アンダーグラウンド』は、DVDが廃盤になって久しく、見返すことが難しい名画のひとつだったが、このたび15年ぶりに上映された。記憶に残っていないシーンがないわけではなかったが、それでもブラスバンドの楽曲に誘われて思わず客席を立って踊りたくなる感覚が呼び起こされるところは15年前とまったく変わらなかった。しかも、ヨーロッパ中に張り巡らされた地下道のネットワークに示されているように、想像力によって歴史を物語る映画のありようがひとつも色あせていなかったところがすばらしい。虚構と現実を織り交ぜながら歴史を綴るという手法は、例えば大浦信行監督による『天皇ごっこ』がそうだったように、単に監督の自己表現というより、「歴史」というフィクションの本質に迫るために必要とされた戦術だったはずだ。であればこそ、私たちは『アンダーグラウンド』で描かれている、歴史をつくるために奔走し、その歴史に翻弄される人間たちの悲喜劇を、深い情動とともに受け止めることができたのである。バルカン半島のみならず、極東の島国が歩んできた歴史を想像的に物語る映画の日の出を待ちたい。

2011/10/24(月)(福住廉)

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