2017年10月15日号
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artscapeレビュー

壺中天『壺中の天地』

2012年01月15日号

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会期:2011/12/16~2011/12/25

大駱駝艦・壺中天[東京都]

我妻恵美子が壺中天公演の「名シーン」を「アレンジ&リミックス」したという今作は、壺中天公演をミュージカル化、より正確にはレビュー化する試みに見えた。その試みは壺中天の魅力を増幅させることに成功していて、痛快だった。冒頭と終わりに登場するセーラー服姿の我妻によって、その間のもろもろの演目が「少女の夢の中の出来事」として枠づけられている以外は、さしたる物語も起承転結もない。その分、一貫した魔界性ゆえに各シーンはゆるやかにつながっているものの、それぞれ自由にダンサーたちの力量を発揮する場になっていた。そうした構成法を「レビュー化」と呼んでみたわけだけれど、全体でトータルなイメージを呈示しようとする、公演の「舞台芸術化」にはない可能性を感じた。なによりもそれぞれがリーダーとなる公演を行なっている田村一行、向雲太郎、村松卓矢のソロ・パフォーマンスが一度に上演されたのは画期的で、豪華だった。それに、以前から壺中天の公演は、男子ダンサーの公演と女子ダンサーの公演に二分されることが多く、それは今日のアイドルグループのあり方と相似的であり興味深いものの、両者の力をぶつけ合う機会が少ないのは残念でもあったのだが、今回は男子ダンサーが踊ると次は女子ダンサーの番という「紅白歌合戦状態」になっていて、ファンとしての積年の夢が叶った気がした。こういう形式をとることで自分たちの武器を再確認し、壺中天が壺中天を解釈し続けると本当にレビュー形式のもつポテンシャルを活かすことになるだろう。その方向の展開に期待したい。最後に、村松のパフォーマンスにはあらためて脱帽した。10年前のアイディアらしいのだが、村松は口に開口具を着けて、足の裏と手のひらにお椀を固定し、踊った。踊れば見事に踊れる男が、踊れないが不器用には動かせてしまう不具な体をくねらせる。滑稽さを涙流して笑っているうちに、観客の体に不具の体の身体性がいつの間にかしみこむ。NHKEテレの番組「バリバラ」に匹敵する、人間の身体への思考の転換がこの瞬間、観客に起こったとすれば、それは間違いなく村松のダンスの力ゆえだろう。

2011/12/22(木)(木村覚)

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