2017年10月15日号
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artscapeレビュー

クリウィムバアニー『がムだムどムどム』

2012年01月15日号

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会期:2011/11/25~2011/11/27

シアタートラム[東京都]

イデビアン・クルーでもダンサーとして活躍している菅尾なぎさの振付・演出の本作。「遊覧型ぱふぉーまんす」と銘打っているとおり、会場となるシアタートラムは舞台と客席の枠が取り外され、周囲を観客が歩き回れる庭のような空間が設えられていた。その光景にまず驚かされた。白い下着のような衣装で踊るダンサーたち。舞台と客席の境界が消えると、彼女たちが近過ぎて戸惑うといったことが起きる。また普通だったら同じ方向を見ている観客が折々に視線を交差させてしまうので、自分の視線を他の観客に悟られてしまうこともあり、一層目のやり場に困る。「どきまぎしている場合か!」と、頑張って目をダンサーにやると、肌の白さに陶酔しそうになる。めまいのなかで見る者と見られる者との関係が浮きぼりにされる。夢遊病者のように空間を徘徊する彼女たちは、生々しい人形のようで、けっして観客と視線を交わすことはない。近いのに徹底的に遠ざけられている気分になる。突発的に音楽が鳴ると、踊りがあちこちで始まるものの不意に収束してしまう。明確なピークが訪れない。ゆえにダンサーと観客との一体感は、その予感だけ与えられたまま先送りされる。リハーサルのような本番はとめどもなく、そのうちに〈ダンサーという生物〉の生態を観察している気になってくる。妖精のようなダンサーは当然人形ではない。生命があるが故に、いつかこの美しさは(加齢によって)別のなにかへと変容を余儀なくされるはず。妖精としてのダンサーはつねに刹那的だ。その刹那が痛い。ダンサーの体は明らかに長年の訓育(察するに多くは幼少期からバレエのレッスンを受けている)の賜物だ。しかし、その輝きを十分に活かすことなく(きっとどんなに活躍をしても、ダンサー本人はそう感じることだろう)、その時期をやり過ごしてしまう。ピークなしに観客を無視しながら進む時間のなかに、彼女たちのいらだちをぼくは感じた。次第に白い肌には汗がにじむ。彼女たちのいらだちにひりひりした。一番際立っていたのは、そのひりひりした感触だった。

遊覧型ぱふぉーまんす!!『がムだムどムどム』とれーらー!!

2011/11/27(日)(木村覚)

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