artscapeレビュー

新井卓「Here and There──明日の島」

2012年04月15日号

会期:2012/03/14~2012/03/20

銀座ニコンサロン[東京都]

ダゲレオタイプはいうまでもなく世界最初の実用的な写真技法。1839年にフランスのルイ・ジャック・マンデ・ダゲールが発明を公表したこの古典技法を、新井卓はそのままの製法で再現している(ただし、カメラは8×10インチ判のビューカメラを使用)。銀板を磨き上げて感光性を与え、水銀蒸気で現像するという、手間と時間のかかる技法を、彼がなぜわざわざ用いるのかといえば、ネガとポジが一体化した画像に独特の物質的な魅力があるからだろう。
新井はそのダゲレオタイプで、東日本大震災後の2011年4月~2012年2月に、福島県南相馬市、飯館村、川内村など自主的避難等対象地域を中心に撮影した。今回の「Here and There──明日の島」展には、風景、住人たち、飼い犬、山百合の切り花などに、1954年にビキニ環礁の核実験で被爆した第五福竜丸の船室に残されたカレンダーを撮影したダゲレオタイプを加えて15点が展示されていた。
ダゲレオタイプは、先に述べたように大変な手間がかかるだけでなく、1回の撮影で1枚の印画しかつくることができない。それゆえ、ダゲレオタイプで被災地の光景を撮影するという行為は、いやおうなしにモニュメント(記念物)として成立してしまう。実は普段見慣れている写真にも、このモニュメント性は分有されているのだが、われわれはそのことをあまり意識することはない。今回の大津波や原発事故のような非常時になって、初めてそのことが強く浮かび合ってきたともいえるだろう。だからこそ、津波で流失した家の瓦礫をかき分けて、人々はまず写真を探し求めたのだ。その意味で、一点制作の印画としてのダゲレオタイプの緊張感を孕んだ画像は、「震災後の写真」のひとつのあり方を明確にさし示しているのではないだろうか。
なお、同時期に新宿ニコンサロンでは鷲尾和彦「遠い地平線」(3月13日~19日)が開催された。被災地に向かうときの私的な感慨を、率直に、日記のように綴ったモノクロームのシリーズである。

2012/03/14(水)(飯沢耕太郎)

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