2024年03月01日号
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artscapeレビュー

What's 電子書籍?──新しい読書の時間がやってきた

2012年05月01日号

会期:2012/03/31~2012/05/27

印刷博物館P&Pギャラリー[東京都]

米国ではアマゾンがKindleを発売して可能性が拡がり、アップルのiPadによりその利用が一気に拡大した電子書籍であるが、日本ではようやく既存の出版社が重い腰を上げようとしている。事態がなかなか進展しない背景には著作権保護や流通形態の変革を巡る議論があるが、印刷会社にとっても大きな問題であろう。この展覧会は、読むという行為に焦点を当ててて、印刷媒体と電子書籍のそれぞれの特性と相異を来場者に体験してもらおうという試みである。
 展示は、電子書籍の過去、現在、未来に分かれている。電子書籍はけっして新しい存在ではなく、PCの普及とともに、モニタ上でテキストを読むという行為は一般化してゆく。「過去」のコーナーには、Macintosh Plusや、PC上でテキストを読むためのソフトウェア「T-Time」、各社の電子手帳、携帯電話、草創期の電子ブックなどが展示され、機器の小型化、軽量化の歴史を追う。「現在」のコーナーでは、書籍、新聞、雑誌、写真集、辞書、図鑑、コミック等々について、印刷媒体と電子媒体で同じコンテンツが並べられており、実際にタブレットやスマートフォンを操作して、現時点での両者の違いを徹底的に比較できる。そして「未来」では、電子ペーパーなどの新しい技術や、読書体験の共有などのコミュニケーションにおける革新の可能性が示唆される。
 印刷媒体と電子書籍の比較という視点は、凸版印刷が運営する印刷博物館P&Pギャラリーの企画ならではのものであると思う。展示を見て改めて印象に残ったのは、小説や辞書、写真集、雑誌など、コンテンツの性格により、同じ印刷媒体といえども構造が異なり、電子媒体との親和性も異なっているという点である。私見では、もっとも早く電子化が進んだコンテンツは辞書。専用端末が先行し、オンライン版がそれに続いているので昨今の電子書籍の展開とはやや文脈が異なるが、検索性という点で電子媒体との親和性が高い。また今回の展示にはなかったが、検索の利便性もあって電子化が進んでいるもうひとつの分野は、マニュアルである。分厚い紙のマニュアルがなくなり、ソフトウエアのパッケージは劇的にコンパクトになった。逆に、電子書籍への移行がよく見えないのがファッション誌などの雑誌である。展示されていたコンテンツはいずれも誌面をそのまま変換したもので、タブレットでは読めるが、スマートフォンの小さな画面で見ることは困難である(そもそも対応していないものもある)。情報伝達という側面では、今後ウェブ記事のようなスタイルに変わるのかもしれないが、そうなると写真やイラスト、縦組み・横組みのテキストを自在に駆使した神業のようなレイアウトは、失われていくことになろう。
 すでに辞書の世界ではブリタニカ百科事典が書籍版の廃止を表明している。経済的には、印刷媒体と電子書籍を両立させていくことは困難なのだ。紙の書籍がすべて消えてしまうことはないと思うが、木版、活版同様、私たちは印刷そのものが「伝統工芸化」する様を目撃しているのかもしれない。[新川徳彦]

2012/04/04(水)(SYNK)

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