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artscapeレビュー

大正の記憶──絵葉書の時代

2012年05月01日号

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会期:2012/04/05~2012/06/09

学習院大学史料館[東京都]

明治末期から大正期にかけて、絵葉書ブームがあった。流行は世界的なもので、その背景には、国際郵便制度や交通網などのインフラストラクチャーが整備されたこと、戦争や交易、植民地経営、ツーリズムの興隆によって人の移動が増えたこと、写真・印刷技術の発展が指摘されている。日本では1900(明治33)年に郵便法の制定により私製葉書が認められ、絵葉書のやりとりが拡がる。そして、1904(明治37)年から1906(明治39)年にかけて、ブームは最高潮を迎えたという★1
 実際、新聞記事データベースを検索してみると、1905年、1906年に「絵葉書」に関する記事、広告が非常に増えていることがわかる。現代の感覚では、絵葉書といえば風光明媚な観光地の写真や美人画などが想像されるが、当時はあらゆる題材が絵葉書として刊行されたようだ。たとえば、新聞には春画の絵葉書が摘発された記事がしばしば掲載されている。それも個人の蒐集品として売買されていたばかりではなく、郵便局の窓口でも押収されているのである。ブームを牽引したのは、逓信省の発行した戦役紀年絵葉書であった。1906年6月に発売された折には多数の人々が未明より郵便局前に列をなし、開門とともに局内へとなだれ込み、一部暴徒と化した大衆が投石をしてガラスを割るなどし、混乱のなかで失神した人物が病院に運び込まれた。また、絵葉書を高価で買い取り転売する業者があったことも報じられている。絵葉書は手軽なコミュニケーションの手段として利用されたばかりではなく、蒐集自体が目的化していたのである。
 この時代の絵葉書は美術的芸術的な題材、あるいは見て楽しいものとは限らず、私製葉書の規格を満たしてさえいればどんなものでもありえた。そのなかでも、本展は絵葉書がニュースを伝える一種のメディアとしての役割をはたしていた点に着目する。それを明らかにするのは、同時代のイベント、事件を扱ったさまざまな絵葉書である。明治天皇の崩御に際して宮城前に座り込む大衆の写真絵葉書。大正天皇即位を記念する絵葉書。皇太子時代の昭和天皇が1921(大正10)年3月から半年にわたってヨーロッパを外遊した際、新聞各社の同行が許可され、新聞、映画でその様子は伝えられたが、同時にさまざまな絵葉書が発行された。大正時代の東京では、慶事、祝祭の折りに花電車が運行されたが、そのときにしか見ることができない花電車の姿もまた、絵葉書の題材として人気を集めた(展覧会場にはNゲージの花電車が走っている!)。関東大震災では、新聞発行が停止するなかで、被災地を撮影した多くの写真絵葉書が発行された。
 こうした絵葉書は、現代の私たちに過去の出来事を写真や図像で伝えてくれるばかりではない。戦勝記念、講和記念に官製絵葉書を発行した政府の意図はどこにあったのか。皇室の行事や外遊を伝える絵葉書は、国民の皇室に対するイメージをどのように変えたのか。震災で崩れた建物や被災者を撮した写真絵葉書を購入した人々は、そこになにを求めていたのか。絵葉書は明治末期から大正期にかけての人々の心性を証言する貴重な史料でもあるということが、この展覧会が示すもうひとつの視点である。[新川徳彦]

★1──向後恵理子「日本葉書会──日露戦争期における絵葉書ブームと水彩画ブームをめぐって」(『早稲田大学教育学部学術研究(複合文化学編)』第58号、2010年2月)

2012/04/12(木)(SYNK)

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