2017年08月01日号
次回9月1日更新予定

artscapeレビュー

壺中天『大正解』

2012年05月01日号

twitterでつぶやく

会期:2012/04/25~2012/04/30

大駱駝艦・壺中天[東京都]

大駱駝艦の壺中天公演はメンバーたちが交替で「振鋳」(振り付け)を行なうことで知られているが、今回は湯山大一郎が初担当。フライヤーには本人のドアップ写真、タイトルの「大正解」が気合いを感じさせる。二時間弱の公演のなかばが過ぎたあたりでわかってきたのは、湯山の狙いが「舞踏をやらないこと」にあるようだという点。冒頭、白塗りの本人が舞台中央で寝そべる。「立てない身体」に、この瞬間は舞踏を予感する。しかしそれは予感で終わる。数秒後、ざわざわと他の踊り手たちがタキシードや怪物的仮面をまとって現われ、ねじ巻き仕掛けのおもちゃのような機械的な動作を一通り展開する。暗転後、舞台に湯山がまた寝ている。その数秒後、同じ音楽とともに他の踊り手たちが再び同じ一連の動作を遂行した。これが計三回。ちょっとしためまいを見る者に起こさせる、ふざけたオープニング。おかしな道に踏み込んだとその後の期待が膨らむが、スローモーションで粘着質的な質の代わりにさらっと軽い、時に武術にも映る運動が続くと、次第に物足りない気持ちにさせられる。それでも中盤、湯山を除いたメンバーたちが、スローな動作も交えながらくんずほぐれずの連鎖的な動きを見せたあたりは、運動にいつもの質が生まれて、見応えを感じることもあった。黒い壁を黒板代わりにアルファベットや物理学の公式らしきものを書いたり、はっきりと意味の通る文を踊り手が口にしたりと、「人間以下」の存在が闊歩するこれまでの壺中天公演ではまず用いられなかった「知的」な要素が舞台に持ち込まれていることにはっとさせられもした。arterroの音楽はそれ自体見事で、とくにギターが抜群によかった(舞台がかすんでしまいそうなほど、その点で言えば「よすぎた」)。しかし、ラストで湯山が1人、爆竹や三角クラッカーを体に巻いて踊るシーンのように、ダンス自体に「質」が生じない分、たんにギミックにすがろうとしているように見えてしまって、残念だった。もしぼくの想定したように「舞踏をやらない」舞踏公演の可能性を湯山が追求しているのだとしても、やっぱり、ダンスの公演は踊りの強さが見所であるべきだ。踊らないことで、踊りの強さに拮抗する高みへ到達するつもりならば、その細道を歩き続けて欲しいけれど、踊りを極めるという真っ当な「正解」ももちろん残っているはずだ。

2012/04/26(木)(木村覚)

▲ページの先頭へ

2012年05月01日号の
artscapeレビュー

文字の大きさ