artscapeレビュー

荒木経惟「過去・未来 写狂老人日記1979年-2040年」

2012年06月15日号

会期:2012/05/25~2012/06/23

Taka Ishii Gallery[東京都]

荒木経惟が元気だ。このところ、以前にも増して精力的に写真集を刊行し、写真展を開催している。IZU PHOTO MUSEUMでも、これまで刊行した写真集450冊(!)あまりを一堂に会する「荒木経惟写真集展 アラーキー」(2012年3月11日〜7月29日)を開催中だ。72歳の誕生日のお祝いを兼ねた「過去・未来 写狂老人日記1979年-2040年」のオープニングにも、元気な姿を見せていた。2008年に前立腺癌の手術を受けて以来、お酒や肉を控え、健康に気を使うようになっているようだ。まだまだ、やりたいことがたくさんあるということだろう。
今回の個展に展示されているのは、お馴染みの「写狂老人日記」のシリーズ。だが、単純に近作を並べているだけでなく、その構成には工夫が凝らされている。「過去」のパートでは、1970〜90年代の日付入りモノクローム・プリントが並ぶ。『荒木経惟の偽日記』(1980)、『写狂人日記』(1992)などに収録された名作のオンパレードだが、あらためて見直してみると荒木の前を通過していった人、事、物の膨大な集積が、実に味わい深い各時代の見取り図を描いていることが見えてくる。
「未来」のパートは、6,000枚近いというカラー・ポジフィルムを、自ら鋏でカットし、並べ直した三面マルチ作品。巨大なテーブルに蛍光灯を仕組み、内側からフィルムを透過光で照らし出すようになっている。これだけの量、しかも小さな35ミリポジフィルムの群れを見続けていると、頭がクラクラしてくる。女、空、食事、花、バルコニー、そしてふたたび空──飽きもせず同じ被写体を撮り続けるエネルギーには驚嘆するしかないが、ここにもいかにも荒木らしい仕掛けが凝らされている。最後のあたり、日付入りコンパクトカメラで撮影されたカットの、その日付の表示が「2040」になっているのだ。2040年といえば、荒木が100歳の誕生日を迎える年。ぬけぬけと「未来の写真」まで展示しているわけだが、それがあながち冗談とも思えなくなってくる。100歳の荒木が、なおも淡々と「写狂老人日記」を撮り続けていそうな気もしてくるのだ。

写真:荒木経惟「過去・未来 写狂老人日記」2040年、35mm カラーポジフィルム
Courtesy of Taka Ishii Gallery

2012/05/25(金)(飯沢耕太郎)

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