artscapeレビュー

気狂いピエロの決闘

2012年09月01日号

会期:2012/08/04~2012/08/24

ヒューマントラストシネマ渋谷[東京都]

まったくもって無茶苦茶な映画である。オープニングからラストシーンまで、文字どおり片時も眼を離すことができない。笑い、泣き、恐怖を感じる、人間の五感を強制的にフル稼働させるような映画だ。その暴力性がなんとも心地良い。
物語の骨格は、ひとりの女をめぐって、ピエロとクラウンが争うという、いたって単純なもの。だが、そこにスペイン内乱という歴史的文脈が接続されることで、物語の厚みが増し、しかしそれとはまったく関係なく、物語が奇想天外な方向に展開していくところがおもしろい。クストリッツァの「アンダーグラウンド」は、政治的な歴史と個人的な歴史を相互関係的に描いたが、アレックス・デ・ラ・イグレシアによる本作はそれらを相対的に自立したものとして描写した。いや、むしろ人間の悲喜劇を描写するために政治的な歴史を素材として扱ったというべきだろう。たくましい想像力によって物語を展開していく点は共通しているが、本作のほうがよりいっそう逸脱している。平たく言えば、狂っているのだ。
だが、この狂気こそ、現在のアートにもっとも欠落しているものではないか。正気の沙汰とは思えないほど現実社会が狂いつつある一方、非現実的な想像力を披露するはずのアートが、おしなべて大人しく落ち着き払っているからだ。この現状は、それこそ倒錯した狂気というべきかもしれないが、現実に追いつかれたアートは、さらにもう一歩前へ踏み出さなければ、アートたりえない。その一歩を記した本作は、近年稀に見る大傑作である。

2012/08/15(水)(福住廉)

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